握手がしたい

握手がしたい


「な…何、何してんの?なんで…えっ?…えっと、何でいるの?」


「何って、こっちのセリフ。片付け終わったの?」


「え?…うぇ…っと、まだ!!だけど、みんな…行っちゃった…です。」



タマがゆっくりこっちに歩いてくる。


会えなかったタマが今、目の前に。


やっと会えた。



その時、言い表せなかったことがやっと出てきた。



「…切ない。」



終わることが…


会えなかったことが…


なんだか切ない気持ちだったんだ。


すごく胸が絞られている。



「…は?」



タマがいぶかしげにこっちを見た。


え…あ、


切ないって一人言を思いっきり口にしてた!?


慌てて喋りまくった。



「いや、ほら!!夏休み前から準備してた桜光祭が今日で終わりか~って思うと、ね。それに夕焼け空が更に助長するっていうか…それに、ほら…」


「…」


「ほら…その…」


「…何?」



口が乾いているのに唾を飲んだ。



「それに、タマとも久々に会えたし。」



タマは一瞬、目を見開いたあと首を傾げた。



「朝、会っただろ。」


「え…まぁ、そうなんだけど……うん。」


「ポチって、変。」



…タマに言われたくないし。


でも言い返せなくて、俯いた。



「クラスの人いないなら片付けはもう明日だな。」


「…うん。」


「じゃあ、後夜祭行くか。」


「…う、うん。」



先に歩き出すタマの背中を見ながら、私も歩き出した。



「あの…タマ。」


「何?」


「…今朝はありがとう。」


「…?」


「あの、ほら、おかげでシヅと話すことが出来たよ。」


「…あぁ。よかったな。」



ずっと聞いてほしかったことが言えて、ホッと息をついた。



「ウッチャンとも、前より仲良くなれたような気もする。」


「…」


「それは、タマもそうなんだろうけど。」


「…そうだな。」



タマはただ、頷いてくれた。



「多分…タマがいなかったら、私一歩も前に進めなかったと思う。」


「…」


「その…なんていうか…。ありがとう。」


「…なぁ、ポチ。」


「ん?」


「それって遺言?」


「ん…って、はい?」


「なんか最後の言葉みたい。」


「は…はぁ!?あんた、せっかく人が真面目に…」


「別に真面目にお礼なんかしなくてもいいのに。」



タマはいつものシレッとした顔でしゃあしゃあと喋る。


思わず眉間に皺が寄る。



「私が言いたかったから勝手に言っただけなんです!!」


「そう。」



…なんで私って、こうも可愛げない感じにしか言えないんだろう。


いや…私ってより、これはタマが悪いよ絶対。



若干、不機嫌になっているところでタマがチラッとこっちを見た。



「ところでポチ。」


「何よ。」


「結局ウッチャンに告白しなかったのか?」


「…へ?」



タマが足を止めて振り返った。


歩くのやめてまで聞くこと?


タマの気まぐれはいつものことだけど…。


そっぽを向きながら答えた。



「…告白してない。」


「…ふーん。しないの?せっかくの学校行事なのに。」


「な…別に…私は…その、なんでタマに言われて告白しなくちゃいけないのよ。」


「……まぁ、別にポチの自由だけど。」


「そうでしょ。私は…ウッチャンに告白するつもりないし。なんでタマにそんなこと…」


「しないの?」



タマに聞かれて自分でも『あれ?』と思った。


ウッチャンに告白…


想像つかない。



ウッチャンのこと…


確かに良い人で、好きって思ってたけど…


…けど?



言葉の続きをなかなか言わなかったら、タマは飽きたのか、また歩き出した。


慌ててその背中を追う。



「タマ。」


「何?」


「…」


「何?」


「タマこそ告白しないの?」


「誰に?」


「…シヅとか。」


「なんで?前にも言ったけど、別に詩鶴にそんな感情ないし。」


「…」



会わない間はなんかタマにすっごく会いたかったけど、こうして会うと…やっぱ冷たい。


淡々と喋る感じやどこまでマイペースなのが。


なんでこんな奴に切ない気持ちになったのかすらわかんない。



思わずフンと鼻を鳴らした。



「何よ、真っ赤だったくせに。」


「何が?」


「シヅにキスされて顔真っ赤だったくせに!!」



途端にタマがその場で止まるから、タマの背中にぶつかった。



「痛…ちょっ、急にな…」



次に目に入ったものは信じられないものだった。



「…タマ。」


「…」


「顔真っ赤…」


「…」



赤い顔のまま、タマがこっちを睨んできた。



「…覗いてたの?」


「なっ!?違う!!たまたま通りすがりに…ってか、あんなジチシコ前で堂々としてりゃ誰だって…」


「別に堂々となんかっ…」



タマが珍しく大きめな声を出すから、ビクッと震えた。


タマ自身もその自分らしくなかったと思ったのか、言葉の続きを言わずにそこで止めて、再び歩き出した。



もちろん着いていくように私も歩き出す。


いつもと違う感じのタマを初めて見た。



その背中にモヤモヤした。



だってタマのその顔はシヅが引き出したもので…。



シヅはあのキスを何とも思ってないのに。


タマは狼狽うろたえて…多分、ドキドキとかもしたんだろうな。



体育館に向かって階段を下りていくその後ろ姿に、モヤモヤが晴れない。



「…バカみたい。」



何気なくこぼした一人言。


何に対して、そう思ったのかは私自身よくわかってないけど、ポッカリとした苛立ちを空気にして吐き出さないと苦しくなりそうだったから。



階段を下りていたタマが足を止めて、振り返り、こっちを見上げた。



「…何が?」


「…え?」


「何がバカなの?」


「…え、」



…えっ、聞こえてた!?



タマは顔をしかめている。


…それとも怒ってる?



「もしかして俺?」


「な…え…、ごめ、」


「俺が慌ててるのが可笑しい?」


「ち…違う、違う違う!!」



…多分。


でも、慌ててるタマは確かに変。


タマは頭を掻き出す。



「誰だって突然あんなことされたら、驚くに決まってんだろ?」



何て言えばいいのかわからない。



「冷静に対処出来るわけない。したこともないのに。」


「…え?」


「…何?」


「タマ…初めてだったの?」


「…悪いか?」



タマはブスッとした顔つきでやっぱりこっちを見る。


初めて…


そうか、それはそうか。


って、納得するのも変だけど、初めてなら誰だって慌てるよ…ね。




また気持ちがモヤッとした。


何これ。



なんかタマは睨んでくるし、自分のよくわからない気持ちだし…なんかこの空気…嫌だ。



この感じを変えたくて笑った。



「は…ははは、良かったね。初キスが可愛い子でさ!!」


「…」


「でもキスでテンパるとか、タマも…あれだね。普通だね。実はわりと。」


「…」



空気、変わった?


変えられた?



とりあえず先に進んでしまいたい。



「さ……てと、後夜祭始まっちゃうよね。行こうか。」



階段を下りて、タマと並ぼうとした途端



「ポチは平気ってわけ?」



タマに腕を掴まれた。


「…え?」


「ポチはいきなりキスされても、別に普通なんだ?」



掴まれている力が少し強い。


タマのその手に心臓が反応する。



「何?タマ…お、怒って…るの?」


「…」


「怒ってないなら…離してよ、手…痛い。」



タマはゆっくりと手を離してくれた。



「別に…ちょっとムカついただけ。」



そういうタマはやっぱり目付きが悪い。


タマは私より一段下にいるから、目線が近い。


顔も近い気がする。


思わず視線を反らした。



「む…ムカついたって…、シヅとキス出来て良かったのはホントのことじゃん。それにちょっと冗談言っただけでしょ…。それに…」


「……何、早口になってんの?」


「な…は…別に、焦ってるわけじゃ、」


「…ふーん。」


「ほら…は、早く行…」



言い終わる前にタマの手が伸びてきた。



別に素早いわけでも、気付いてなかったわけでもないのに、避けられなかった。



その手は私の首を支えられ、体がピリッと痺れた。



真顔のタマが少しずつ近付いてくる。



「た…ま…」


「…」



その場の空気に耐えられず、力一杯ギュッと目を瞑ってしまった。



キス



そんなイメージが頭に過ったが…



…けど、いつまで経っても何も起こらない。


ゆっくり目を開けると、至近距離でタマが見ているだけだった。



タマの手がゆっくり離れた。



「…悪い。からかおうと思ったけど、冗談が過ぎた。」



完全に目を見開いてポカンとした。



「…え?……は?」


「ポチも目ぇ瞑んなよ。」



カッと熱くなった。



「な…は…ば……だって…タマが、」


「あぁ、うん。だから冗談が過ぎた、ごめんて。」



いつもの顔で淡々と謝ってくる。



ムッカ~ッッ!!!!



苛立ちもだけど、恥ずかしさが半端ない!!!!



「ポチ、行くぞ。桜光祭はまだ終わってないんだから。」


「わかってるわよ!!」



地団駄に似た足取りでタマと並んで歩いた。



隣のタマを見上げた。



キスするイメージ…出来てしまった。



そんな自分が恥ずかしい。



シヅとタマがキスしていた映像を自分に置き換えてみたり…



恥ずかしすぎる!!



…だって、勝手に想像出来ちゃったんだ。


そしてタマに触られるの…嫌じゃない。



もっと触れてくれても…。





…私は一体どうしちゃったんだ?


タマひとつで妄想に浸りすぎやしませんか?



階段を降りきってタマを再度見上げたら、タマと目が合った。



「…何?」


「いや、俺のセリフ。」



ウッチャンに告白なんて、ましてやキスなんて想像出来ない。


シヅとキスしているなんて…思い出しても嫌だ。




シヅの含み笑いを思い出した。




『自分で気付いて、初めて意味があるんだから。』





気付いて



しまったら?



タマは怪訝そうにこちらを見てくる。



「…だから何?」



その視線だけで、胸が締め付けられた。


これも吊り橋効果の名残?



でもタマと手を繋ぐイメージが頭をよぎる。


それは私がしたいから。



私はタマと手を繋ぎたい。



「…ねぇ、タマ。」


「何?」


「…何でもない。呼んでみただけ。」


「…」



なんでタマなんだとか、タマのどこがいいのかわからない。


でもわからないままでもいい。



結局は…そういうことなのだ。



「…ポチ。」


「何?」


「…何でもねぇ。…呼んだだけだ。」



私はタマのことが好きかもしれない。


それぞれの


絆や想いを深め


秋が終わり


冬が始まる。



私達の


ジチシコ最後の


冬が始まる。

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