第40話 夢は見つかった?

 信也は地面に横になりながら両頬を押さえ痛みに足をバタバタ動かした。


 そんな信也に姫宮が叫ぶ。


「分からないよ! 分かるわけないじゃん! わたし信也君のこと好きだけど、まだ会って三日しか経ってないんだから!」

「ん……」


 姫宮の言う通りだ。信也は口を噤む。


「でもね、その三日間で知ったことあるよ。信也君は誰よりも人間の可能性を信じていて、絶対に諦めない人だって」


 姫宮の口調が穏やかに変わる。信也は座り込み、横目で姫宮を見上げた。


 その表情は、優しかった。


「信也君はなにに憧れたの? 錬司君に憧れたの? それとも絶対に諦めない人に憧れたの?」

「俺は……」


 視線を落とす。自分はなにに憧れたのか? それをもう一度思い出す。


「自分の夢を見失わないで!」


 叫ばれた言葉に信也は顔を上げた。そこで見る姫宮は笑っていた。


「わたしもね、アイドル部の入部試験の時諦めそうになっちゃった。でもね? 信也君がそばにいてくれた。わたしの夢を応援してくれた」


 彼女は明るい。どんな時だって。まるで誰にでも光を与えてくれる太陽のように。


「だから、今度はわたしが信也君の夢を応援してあげる!」

「応援?」

「うん!」


 姫宮は言う。笑顔で。


 誰からも愛される笑みで言う。


「アイドルはみんなを笑顔にするものだから」


 そう言うと姫宮は小走りで離れていった。立ち止まると足を肩幅に広げ表情に気合を入れる。


 そして歌い出した。信也を応援するために、精一杯の歌とダンスを披露する。


 愉快なリズムに体躍らせて。明るいビートに声弾ませて。時には声を張り上げて、時には腕を振り上げて。姫宮は体いっぱいにアピールしていた。自分の思いを表現するように。


 夢を実現するのは困難だ。並大抵のことじゃない。


 けれど、夢を追うのは楽しい。


 そして、夢を叶えた時は嬉しい。


 どんなに難しくても挑戦することに意味はある。


 姫宮の諦めないその姿勢に、なにより楽しそうなその顔に、信也はいつしか見入っていた。


 そして気づいたのだ。


「そうか……」


 姫宮の夢。それは誰のものでもない自分の夢だ。誰かになりたいわけじゃない。理想の自分になりたい。決して誰かの真似じゃない。


「そっか」


 信也は呟いた、感慨深く。まるで噛み締めるように。


 姫宮は自分の理想に向かって進んでいる。なら自分は? その夢は、いったいどこに向かっている?


「ねえ、信也君。ここで諦めるの?」


 姫宮が聞いてくる。ダンスは続いてる。


 信也は思い出していた。


 進路に迷った時、


 いじめに遭った時、


 信也は錬司に憧れた。


 夕焼けに照らされたあの横顔を覚えてる。


 まっすぐな眼差しで夢を語るあの瞳を覚えてる。


 どんな困難にも諦めず、己の道を貫く姿勢。


 それをかっこいいと思ったから。


 信也は、憧れた。


「わたしは諦めないよ、絶対に」


 憧れたのだ。


 諦めなければ道は開ける。己を信じる心、人間の可能性。


 今の姫宮と同じ、あの、まっすぐな眼差しに――


「分かったよ、俺」


 信也は姫宮に言った。


「俺は、自分の足で立っていなかったんだ。錬司という憧れに支えられてきただけなんだ」


 以前の自分を振り返る。自分の理想に走っているようで、その実それは錬司の背中を追っているだけだった。


「俺はけっきょく空っぽのままだったんだな」


 自分ではなにも出来ないから他人に憧れた。自分では駄目だったから錬司になろうと思った。

 諦めていたのだ、自分の可能性を。


 幼稚な変身願望。自分なんかよりも他人になりたいという考え。


 まるで違う。錬司とは天と地だ。なんて皮肉だろう。錬司になろうと頑張れば頑張るほど錬司から遠のいていくなんて。


 信也は他人を求めた。


 錬司は、特別(オリジナル)を目指していたというのに――


「夢は見つかった?」


 姫宮はダンスを終え信也の正面に立っていた。少しの汗と荒い呼吸が残るが表情は明るい。


「ああ」

「聞かせてくれるかな? 信也君の夢」


 信也は一度視線を下げた。開いた自分の片手を見つめる。


「俺の夢は……」


 その手を握り締め、信也は顔を上げた。


 自分はなにを求めていたのか。人間の可能性、それは誰かになることじゃない。


「そんなの決まってる!」


 己の証明だ。


「俺の夢! それは、人間の可能性を証明することだ! 諦めなければ道は開ける。自分を信じる心、人間の可能性! 俺は、絶対に証明してみせる!」


 かつて憧れた夕日の横顔と同じように。今の信也は輝いていた。


「うん、がんばって」

「おう!」


 姫宮からの声援に力強く頷いた後信也は笑みを浮かべた。


「ありがとな、姫宮」

「いひひぃ。アイドルはみんなを笑顔にするのが仕事だからね!」

「そうだったな」


 彼女の底抜けの笑顔に苦笑した。そして胸の中でもう一度礼を言う。


(ありがとう、姫宮)


 信也は取り戻した。失った理想を。


 たとえ屈してしまってもそれは何度だって蘇る。


 可能性はあるのだから。


 誰にでも。


 なら諦めなければ叶うはず。


 道は開かれ達成しよう。


 信也は歩き出した。屋上の扉を開ける。


 さあ、その時だ。


 己の可能性を証明しよう。


 ロウランクの冷遇に屈した敗者よ歓喜するといい。

 生まれつきの才能に絶望する弱者よ喝采するといい。

 ランク至上主義の終わりの時だ。


 これは、平凡なランクAが時代を変える物語――

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