第27話 グレイント……

「ありがとうね、信也君」


 アイドル部入部試験を姫宮は無事通過。二人はお決まりとなった屋上にいた。信也はフェンスにもたれ、姫宮は隣で座り缶ジュースを飲んでいる。


「わたし、また信也君に助けられちゃったな」

「なに言ってるんだよ。それでいいもの見れたんだ。感謝なら俺がしたいくらいさ」


 信也は素直な感想を言ったつもりだが姫宮はジュースを拭き零しながら見上げてきた。

「それって、もしかして私のダンスのこと!?」

「もちろん! すっげえ良かったよ! アイドルとかあんまり興味なかったけど、アイドルってみんなを笑顔にするものなんだな。姫宮のダンスを見てたら俺、分かった気がしたよ!」

「そうだよ! そして時にはお姉さんの幽霊に体を乗っ取られたりバイクに乗って歌を歌い世界を救う、それがアイドルなんだよ!」

「…………あれ、やっぱり俺が間違ってるのかな?」


 アイドルは思っているよりも奥が深い。


「ともかく姫宮のダンスはみんな喜んでたし、三木島さんだって最後は拍手してたぜ?」

「え!? そうだったの!? うわー、わたし夢中でそこ見逃してたよ~」


 心底残念そうに姫宮は下を向く。ジュースをちびちび口に運ぶ様は本当に残念そうだ。


「でも同じ部活になったんだ、機会はまたあるさ」

「? ふふ、そうだね!」


 姫宮は下げていた顔を上げ笑顔を見せてくれる。


「優しいね、信也君は。それに強くて、行動力もあって。もしかしたら」


 そこで姫宮は少しだけ遠い目になって、信也を見つめてきた。


「信也君こそが、『グレイント』なのかもしれないね」

「グレイント……」


 姫宮の口から言われた響きに信也も小さく呟いた。


 グレイント。その言葉の持つ重さを噛み締めるように。


「信也君知ってる? グレイント?」

「ああ、知ってるよ。アークアカデミアのおとぎ話だろ」


 信也はフェンスにもたれながら赤みを帯び始めた空を見上げる。白い雲も装いを赤くし幻想的な風景が広がっている。


「ランクは生まれた時からすでに決まっている。ならば異能(アーク)だけでなくあらゆる面で生まれた時から特別な人間がいるはずだ、というアークアカデミアの仮説だったかな。だけど人によって定義はバラバラで、マルチアークの獲得とか初代アークホルダーとか様々で。根拠もない幻想なのに誰もが知っている伝説のおとぎ話。グレイント。たしか偉大(グレイト)の人称だっけ?」

「そう。偉大なる者、先天的高位者。グレイント。わたし、信也君がグレイントだと思うな」

「俺が?」

「うん!」


 信也はまさかといった感じで返事をしたのだが姫宮からの答えは力強いものだ。


「だって、信也君はわたしを何度も助けてくれた。わたしにとって信也君は特別だもん」

「ははは……、俺がグレイントか。俺はそんなたいした人間じゃないよ」

「そうかな~?」

「そうだよ」


 否定するがなかなか頷いてくれない。ずいぶんと買い被られているんだなと思う一方で、それだけ強く思ってくれていることを嬉しく思う。


 しかし自分がグレイントであるはずがないのだ。信也は目を細め自分の人生を振り返る。


 それは、決して偉大などと呼べるものじゃない。自分はなにもしていない。


 進路に迷った時も、


 いじめに遭った時も、


 それを解決したのは自分じゃない。


「俺なんかまだまださ。あの人には遠く及ばない……」


 なにも出来なかった自分。そんな己が偉大だなんて思えない。


 代わりに浮かぶのは、いつだってまっすぐな目をした一人の男だ。


「あの人? もしかして、信也君が人間の可能性を信じて頑張ってるのって、その人の影響なの?」

「ああ」


 確信した表情で信也は頷いた。思い出す度に胸が熱くなる、憧れの人を思い浮かべる。


「俺なんかとは全然違う。本物だよ」

「その人の名前は?」


 ランクAの信也ですら絶賛する。その人は記憶の中で常に輝き、信也の意識に絶対的な存在として刷り込まれた。その人物の名は――


「獅子王錬司。俺の憧れの人なんだ」


 獅子王錬司。ただの人間なのにただ者ではない少年。信也に人間の可能性を教えてくれた友人は今も憧れの象徴として信也の中で生きている。


「え、獅子王錬司って、あの錬司君かな? 白い髪してていつもニヤ~って笑ってる人」

「その人!」


 信也は勢いよく振り向いた。


「姫宮、錬司を知ってるのか!?」


 驚いた。まさか姫宮から憧れの人の名前が出てくるとは。信也は驚きながらも興奮していた。


「うん。だって、わたしが中学の頃に転校してきた人だもん。教室は違ったけど……」

「そっか!」

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