第26話 人を感動させるのに、歌さえあればなにもいらない。

「今の俺はトップシンガーだ、だからあんたの動きを見て分かる。あんたは常に自分を異能(アーク)で偽っている。その肉体は練習で身に付けたものじゃない。ただの張りぼてだ」

「くぅ……!」


 信也は能力を解くと姫宮に近づいていった。姿はいつもの制服姿に戻っている。


「信也君すごい! すごい! すごい! わたし感動しちゃったよ!」

「ありがと。でも喜んでる場合じゃないだろ」

「へ?」


 子犬のように喜ぶ姫宮はいつもの彼女だ。愛らしい仕草が彼女には合っている。


 そんな彼女へ、信也は悪戯っぽく言ってやった。


「試験、これからだろ?」

「……うん!」


 姫宮は大きく頷いた。


 姫宮は信也の横を過ぎてスペースへと駆けて行く。そこにはさきほどまでの不安も悲しみもない。


 誰よりも明るい笑顔を取り戻した姫宮がいた。


 姫宮はスペースに立つ。試験が再開されテーブルには試験官が座っている。


 しかし雰囲気は最悪だ。ランクFという偏見は未だにある。加えて三木島を負かした相手の友人だ。試験を受けたところで落とされるのがオチだ。周りから向けられる視線も冷たい。


 どうする、姫宮。


 この逆境。


 これは試験と同時に試練だ。ここで果たして証明出来るのか。周囲を魅了するというアイドル足りえるかどうか。


 姫宮詩音の、アイドルの資質が試される。


 そんな重圧の中、姫宮が話し出した。


 それは意外な一言だった。


「いまさらなんですが、私、実は三木島沙織さんの大ファンなんです!」

「え?」


 それは三木島のことだった。


 あまりにも唐突な話題に本人もぽかんとしている。周りもぽかんとした。


「わたし、三木島さんのデビュー時からのファンなんです! 歌もダンスもすっっっごくお上手で、すぐにファンになりました!」


 姫宮の言葉は嘘とは思えない。本当に好きだった。


「三木島さんのデビュー時、インタビューで言っていたこと覚えてますか? 歌とダンスが大好きで、アイドルになれてとても嬉しいって、お客さんよりも楽しそうに言っていましたよね?」


 姫宮は明るい笑顔と声で想いを語っていく。


「そんな三木島さんも今ではトップアイドル。応援していたアイドルが、どんどん有名になっていく。どんどん活躍していく。ファンとしてこれ以上嬉しいことがありますか!? 三木島さんの頑張りに、その歌に、わたしはたくさんの喜びと勇気をもらいました!」


 本人を前にして、その想いをぶつけるのだ。


「三木島さんのドラマ出演が決まった時、めちゃくちゃうれしかったです! 出演する番組はぜんぶ見てました! CDはシングルもアルバムも全部持ってます! だから、こんな状況でしたけど、目の前で三木島さんの生ライブ見れて、胸の中ではめちゃくちゃうれしかったんです」


 出会いは敵だったけれど、それでも憧れのアイドルが目の前にいるのだ。嬉しかったという自分の気持ちに嘘は吐けない。


「でも、反面残念でもあったんです」


 そこで、姫宮のトーンが寂しそうに変わった。


「今の三木島さんの歌とダンスには、昔にあったキレがない。わたしファンだから分かるんです! 三木島さんは最初の方が歌もダンスも上手かったって! だから、今の三木島さんを、わたしはファンとして、三木島さんだと思いたくないんです! あんなに歌とダンスを愛していた人はこんなんじゃないって!」


 思いを叫んだ、憧れを前にして。


「有名になっていって嬉しかった。でも、そうなる度に歌とダンスの腕が落ちていった。わたし、今の三木島さんが歌とダンスが好きなように見えないんです。わたしは、歌とダンスが大好きだった頃の三木島さんがもう一度見たい! 戻って欲しいんです!」


 姫宮の叫び。情熱が宿った言葉を憧れの存在へとぶつけた。


 彼女の思いを聞いてどう思ったか。三木島はしかし、険しい表情で聞いていた。


 今にも、泣きそうな顔で。


「そんなの、無理よ……」


 唇が震えている。両手は力強く握られている。強い想いを耐えるように、三木島は姫宮を睨みつける。


 そして叫んだ。姫宮の思いに対して、己の思いを叫び反論するのだ。


「あなたもいつか分かるわ! どんなに歌が上手くたって、ダンスが上手くたって、そんなの誰も見てくれない! 私がどれだけ歌を愛していたって、求められるのはいつだって異能(アーク)だった! プロデューサーだって監督だって! 皆が求める偶像を演じる、それがアイドルなのよ!」

「違います!」


 けれど、それすら反論した。


「アイドルはみんなを笑顔にするんです! 自分自身も! だって」


 姫宮は大声で否定すると、両手を広げ、とびっきりの笑顔で言い切った!


「わたしは、この瞬間が一番楽しいから!」

「あなた……」


 その笑顔を、三木島は見つめていた。まるで昔のアルバムでも見るように。そこに、自分が失くしてしまったものを見つけたように。


 驚きと納得が同時に現れた、それは――憧れのような顔だった。


「受験番号十一番、姫宮詩音! 夢は、アイドルです!」


 そして姫宮のライブが始まった。持参した曲を流し、それに合わせてダンスを披露する。


 懸命だった。真剣だった。それでいて誰よりも楽しそうだった。


 楽しんでいるのだ、誰よりも。ここにいる誰よりも。


 雰囲気が変わっていた。誰よりも楽しそうに歌い踊る姫宮に、なんだか不思議と見ている方まで楽しくなってくる。


 気づけば、ここにいる皆は魅了されていた。手拍子で合わせ、姫宮のライブに参加していた。

 認めざるを得なかった、ここにいる全員が。彼女の持つ無限の可能性を。


 笑顔を振りまき、その場にいる人までも笑顔にさせる明るさを。


 姫宮のライブが終わった。正確には自己アピールでしかなかったそれが。それでもここは大きな満足感に包まれていた。


「イェイ!」


 姫宮は汗をかいた笑顔で振り向き、みなへとピースサインを送るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る