第21話 アイドルがバイクに乗るなんて常識だよ、当たり前のことなんだよ!
アークアカデミア二日目。今日も天候には恵まれ温かな陽気が降り注いでいる。信也は未だ残る眠気から大きな欠伸をし桜のトンネルを通っていく。
「おーい、信也くーん!」
「ん? 姫宮?」
声が聞こえてきた背後に振り向けば姫宮が土煙を上げながら爆走していた。
「信也君の隣、とーちゃく!」
「俺はバス停か」
隣で姫宮が立ち止まる。「おはよう!」と元気いっぱいなあいさつに信也も明るく「おはよう」と応える。
「姫宮はいつも元気だよな。ていうか、朝からそのテンションなんだ」
「そうだよ! アイドルは一日中、どんな時だって誰かを笑顔にする存在だからね。そうだ! 信也君は『アイドル絶対なります!』略してアイゼツ知ってる!?」
「いや、だから俺はそういうアニメはあまり見なくて……」
「アイゼツはね、主人公が悪の組織トテモ・ワルダと歌唱勝負を繰り広げながら世界を救うアニメなんだよ!」
「へ、へえ~……」
信也はあまり乗り気ではないが朝から元気ハツラツな姫宮はぐいぐい寄ってくる。
「舞台は未来都市で、時代が進むごとにアイドルも形を変えたんだよ! そう、近未来のアイドルはバイクにまたがり走りながら歌を歌う、次世代アイドル、ネクストとなったんだよ!」
「え、バイクに乗りながら歌うの? 危険じゃない? どうしてバイクに乗るんだ? どう考えても不自然だろ?」
「なに言ってるんだよ信也君!? アイドルがバイクに乗るなんて常識だよ、当たり前のことなんだよ!」
「そ、そっか、そうだよな……………………あれ、おかしいな、俺が間違ってるのかな?」
信也は小首を傾げながら姫宮と一緒に教室に向かっていった。
「あ、そういえばなんだけどね……」
昇降口で上履きに履き替えていると、姫宮は恥ずかしそうに話し出した。
「ん、なんだ?」
「えっとー、そのー」
「?」
姫宮にしては歯切れが悪い。視線は自分の靴を見ていて信也と合わせようとしないし、緊張しているのか体の動きもじゃっかん固い。
「実は、今日の放課後アイドル部の入部試験があるんだ。それを通過できればアイドル部に入れるの」
「そうなんだ!」
「アイドル部は芸能プロダクションとも提携している本格的な部で、卒業前にアイドルデビューした先輩もたっくさんいるんだ」
「へえー」
アークアカデミアのアイドル部。アイドルになるのが夢でここへ来た姫宮としては最初の大勝負というわけだ。
「でも、アイドル部の入部試験はものすごく厳しいって話だし、受かるかどうかは分からないんだけどね」
「いいや、姫宮なら受かるさ。姫宮のアイドルに掛ける情熱はすごく伝わってくる。それが審査員にも届けばきっと受かるさ!」
「うん、ありがとう!」
緊張していた顔が、信也の言葉で明るくなる。
「私頑張るよ!」
その笑顔に信也も嬉しくなった。
(そっか、夢の第一歩か)
信也は言葉にしなかったが、もう一度だけ胸の中で応援した。
それから学校の日程は終わり今は放課後。空にはまだ青さが残る中、信也は教室で自分の席に座っていた。
姫宮はさきほどアイドル部に向かっていった。応援の言葉と共に見送り、その結果をこうして待っているわけだ。
「姫宮の話だと二時間くらい掛かるらしいから先に帰っててねと言われたが、そうもいかないよな~」
友人の大事な試験、その結果を明日まで待つなど出来ない。
「それにしても二時間か。試験内容が多いのか受験者が多いのか。どうしようかな」
二時間。それを無為に過ごすには惜しい時間だ。家に帰ればやれることはたくさんあるが教室となればそうもいかない。信也は悩むが、そこであることを思い付き窓際に近づいた。そして空に向かって手を合わせる。
「姫宮が試験に受かりますように!」
祈りを捧げる。信也に出来ることは神頼みだけだ。全身全霊を掛けて祈りまくる。
「うおおおおお! 思いよ届けー!」
「ねえ、あの人なにしてるの?」
「しっ、聞こえるわよ」
「うおおおおおお! 俺のすべてを出してやるぅう!」
「なあ、あいつどうしたんだ?」
「きっと便秘だろ」
「うおおおおお!」
そんなこんなで十五分が経過した時だった。
「うおおおおお! 俺は諦めないぞぉお!」
「あいついつまでやってるんだ?」
「きっと(ウンコが)出ないんだろ」
「うおおおおお!」
周りからの冷ややかな視線を浴びながらもなお祈り続ける。すると廊下から激しい足音が聞こえ始めた。
「うおおお――ん? なんだ?」
ドドドドッ、と廊下を走る音。信也は振り返り廊下を見る。
音の正体。それは姫宮だった。
「姫宮!?」
姫宮はそのまま走り過ぎて行ってしまう。
「おい、待てよ姫宮!」
慌てて追いかける。教室の扉を勢いよく開け彼女の後を追いかけた。
(どうしたんだ? まだ十五分くらいしか経っていないのに。それに今、泣いていた……?)
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