第8話 ああ、絶対に諦めない。それが俺の可能性だ

 異能(アーク)を得られるのは可能性に満ちた子供の間だけ。まるで大人は行けない子供の楽園(ネバーランド)のようだ。そんな夢のような話を、けれど彼女は厳然と言う。


「しかし」


 だから、その後に続く彼女の言葉に唐突さはなかった。


「君たちは知ることになるだろう。上には上がいるということを」


 絶対の真実を語るように、上級生である生徒会長は新入生(ルーキー)に告げる。ここでの掟を。


「社会は弱者に甘くない。それが現実だ。君たちがなにを求めてアークアカデミアの門に足を踏み入れたのか私には分かる。理想の実現。夢の追求。布団の中で思い描いた妄想の続き。表現はなんでもいいが、それらを求めて君たちは異能(アーク)を欲したはずだ。君の世界を楽園に変える箱舟(アーク)だ。しかし、本当に楽園へ行けるのは一握り。ここにいる全員が今や異能(アーク)を持っている。ならば異能(アーク)とはもはや特別でもなんでもない。私たちの中ではそう、君と同じ者などいくらでもいるのだよ」


 特別を求めた者たちへ告げる、それはあまりにも夢も希望もない言葉だった。


「すべての者が特別になるということはあり得ない。故に、ここアークアカデミアは選定するだろう、真の特別を」


 特別も百人集めれば凡人に成り下がる。その群れの中で、さあ、輝けるかと彼女は言った。


「我々が求めるのは真の特別のみ。現実に理想が入り込む余地などない。夢でも妄想でもない、今こそ現実を直視しろ。そして知るがいい。生まれ持ったランクこそが、特別への切符なのだとな」


 ランク。異能(アーク)を区分けするもの。


「入学生の諸君。ようこそ、現実(アークアカデミア)へ。すべての者が特別になれるなど、そんな可能性はどこにもない」


 生徒会長の女性は会釈するとマイクから一歩下がった。壇上を去っていく後ろ姿は強烈で、入学生はもとより上級生すら唖然と彼女の背中を見送っていた。そこに反論しよう者など一人もいない。


 彼以外は。


「そんなことはない!」

「ん?」


 彼女の足が止まる。その足を止めた大声、その人物に視線が集まった。


「人間に、可能性はある!」

「信也君?」


 姫宮も列から顔を出し声の主を見つめる。


 信也は列を掻き分け檀上へと近づいていく。その猛然とした歩みに前の人から道を開けていった。


「おい、なんだあいつ?」

「なにをする気だ?」


 信也の行動にざわざわと話し声が聞こえ始める。


 信也は檀上の下にまで辿り着いた。見上げる先には冷たい刃を思わせる生徒会長の女子生徒。


 対して、信也は瞳に情熱を宿した。


「可能性がないなんて、俺は認めない!」


 目の前で可能性を否定した生徒会長へ食い下がる!


「誰しもが自分の夢を成し遂げ、理想を実現する可能性がある!」

「なに?」


 彼女の表情が歪む。信也の登場に眉を吊り上げた。


「そんなものはない」

「ある!」

「ない」

「ある!」

「ない」

「俺は知ってる!」

「私は知らん」

「人間に可能性はある!」

「そんなものはない」

「ある!」

「ない」

「ある!」

「ない」

「ならば証明してやる、人間の可能性を!」

「お前が?」

「俺がだ!」

「名前は?」

「神崎信也」

「…………」


 信也と彼女で無言の睨み合いが起きる。


「ランクは?」

「Aだ」

「ランクA? あり得ん」

「あり得る!」

「あり得ん」

「あり得る!」

「あり得ん」

「あり得ーるだろ!」

「あり得ん」


 彼女にとって信也という存在はよほど意外だったようで(実際こんな絡み方をされるのは想定外だろうが)さらに険のある顔つきになる。


「ランクAの称号を持ちながらお前はこの世界に異を唱えるのか?」

「違う、お前たちの考えを正すんだ」


 信也は右腕を大きく横に振るう。世界を変えたいわけじゃない。人間には可能性がある。それを否定しようとする考えを変えたいのだ。


「おもしろい」


 そんな信也を見てどう思ったか、生徒会長は薄く笑みを浮かべた。


「お前がこの学園でいつまでそんな妄想を貫けるか見物だな」

「俺は諦めない。絶対にだ」

「そうか。ならば見せてみろ。もしお前にそれが出来るなら」


 そう言うと生徒会長は踵を返すと今度こそ去っていった。黒い髪が優雅に流れる最中、最後に次の言葉を残して。


「せいぜい信じてみるがいい、自分の可能性を。はぐれ者(イレギュラー)」


 彼女の後ろ姿が遠ざかっていく。信也はその場を動かず見送った。拳を丸め意思を漲らせる。


「ああ、絶対に諦めない。それが俺の可能性だ」


 たとえ誰に言われ否定されようと、神崎信也は諦めない。自分を信じる心、人間の可能性を。


「神崎信也さん」

「あっ」


 そこへ牧野先生がやって来た。


「やってくれましたね、覚悟はあるようなのでこのまま連行します」

「ちょっと待ってくれ! 俺はただ人間の可能性を――」

「言っている意味が不明です。続きは職員室で」

「くそー、俺は諦めないぞぉおお!」

「静かにしてください、停学にしますよ」

「はい……」


 そうして信也は牧野先生に引っ張られ職員室へと連れて行かれるのだった。ちなみに新入生代表挨拶は取り消しとなった。

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