あすナロ
あすナロ
人を信じる。
人間でいる限り、そうして他人との信頼関係を必要としないと生きてはゆけない。
人を疑う。
人間でいる限り、誰しも自分の為の嘘をつくのだから、そうでないとバカを見る。
だから人を信じることは難しい。
信じて裏切られた時の落胆はかなりのものだ。
だから疑う。
だけどずっと疑っていては、自分の心が醜いみたいで、悲しくて虚しくて、疲れる。
それなら、私は……
…
明日美は人が溢れるグラウンドを誰もいない教室から見下ろした。
始めは明日美もグラウンドにいたのだが、なかなか見つからなくて諦めたのだ。
今日はもう会えないかもしれない。
胸に花のコサージュを付ける卒業生。
色紙と花束を抱えて、写真をせがむ後輩達。
高校生の卒業式に保護者は淡白なのか、友達と盛り上がりたい子供の気持ちを察してか、式が終われば早々に帰っていった。
グラウンドは生徒達ばかりで集まっては、はしゃぎ、泣いて、笑っている。
明日美はどの感情を持ち合わせているのか、自分でもよくわからない。
「あす」
すぐに耳に届いた。
胸にコサージュをつける卒業生。
今日、卒業する先輩。
大学に合格した先輩。
この春から東京へ行ってしまう南朗がそこにいた。
「あす」
笑っている南朗が教室の中へ入ってきて、明日美の目の前まで来る。
「……卒業おめでとうございます」
明日美は持っていた花束を南朗に差し出した。
南朗は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔で「ありがとう」と受け取った。
「……大学合格もおめでとうございます」
「まぁ、国公立はやっぱり落ちたけどな」
しかし東京の私立は受かって、地元ではなく東京へ行くことになった。
「先輩……帰ってくることあるんですか?」
南朗は一瞬、首を傾げたあとフッと微笑んだ。
「どうだろう……ね?でもまぁ、実家はこっちにあるわけだしー」
「ゴールデンウィークは…戻りますか?」
「……」
「……そうですか」
「いや……余裕が出来たら帰ってくるかもだけど」
「……」
「夏休みは帰ってくるよ、絶対」
「夏は……」
「……ん?」
「笹山先生が結婚するみたい……ですね?」
「……知ってるよ」
南朗は花束を肩に掛けて笑っているが、眉は歪むように下がった。
「でもだから帰ってくるわけじゃねぇぞ?お盆だからだぞ?」
それは嘘?
本当?
明日美はざわついたグラウンドをもう一度見下ろした。
外がうるさい空間だけど、明日美と南朗の周りだけ……静かなような気もする。
「あす」
南朗が明日美の頭に手を置いた。
「お前は?」
「は?」
「お前は来ないの?東京」
「…………は?」
明日美はただ瞬きを繰り返していると、南朗はニッと笑った。
「東京遊びに来たら案内してやるぞ?」
「……」
それは本音?
それとも社交辞令?
たかだか後輩の明日美に何故そんなことを言うのか。
明日美は深く息を吸った。
「ナロ先輩」
これで、さようならなんだ。
明日美はもう会えない南朗に最後の挨拶をしようと南朗を見上げた。
「ーで、どうなんだ?あす」
「え?」
しかし南朗に先に言葉を越された。
「東京来るの?来ないの?」
「え……っと、」
「うん」
「……わかりません」
「ふーん」
わからない。
わからない。
明日美の頭に置かれている手に力が込められた。
「明日美も来れば?」
南朗の目が明日美を離さない。
「お前も東京来たらいいよ」
「東京……ですか?」
「俺のところに来い」
「……え」
南朗の手が明日美の髪をわしゃわしゃと撫で掻きまわした。
「受験、頑張れよ?」
何故、南朗がこんなことを明日美に言うのか
わからない。
わからない。
信じるか
疑うか
どちらも出来ないなら
それなら、私は……
「受験……頑張ります」
「うん」
「東京の……大学頑張ります」
南朗の目が一瞬見開いた。
「ふーん…」
だけどすぐに目を細めた。
信じるか
疑うか
どちらも出来ないなら
騙されよう。
その言葉をそのまま鵜呑みにするわけじゃないけど、疑ったって、何も生まれないのだから
だから行くしかない。
明日はわからない。
信じられない。
疑いたくない。
だから騙されたつもりで前へ進み続けるしかない。
明日は何になってもおかしくないのだから。
明日にはヒノキになってるかもしれない
なんてね。
「ナロ先輩」
「なんだ?」
「卒業おめでとうございます」
「ん、サンキュ」
「ナロ先輩!!」
「ん?」
「好きです」
「……」
「……」
「……俺のことが?」
「はい」
「ふーん?」
南朗は目を細めて笑った。
「そっか」
「はい」
「じゃあ、待ってる」
「はい?」
「来年、待ってる」
「……」
「……」
明日美も笑った。
「はい」
あした なろう
何になろう?
明日にならなきゃ
わからない。
でも
「あす?」
「はい」
「……なんでもねぇ」
でもきっと。
ーfinー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます