日本人ってだけで異世界の魔女のモルモットになった話

おもいこみひと

第一章 異世界転生と西の森の魔女

第1話 西の森の魔女との出会い

○登場人物

主人公:日本人の女子高生。冷静で卑屈。魔法に興味アリ。

西の魔女:白髪の幼女。博士口調。とにかく魔法が好き。


 私にとって、言葉というのは呪いに他なりません。


「バカ」と言われたから、私はバカになりました。


「ブス」と言われたから、私はブスになりました。


 はい、前言撤回。実際、私はバカでブスなので、最初からそうだったということでしょう。事実を突きつけられて「言葉は呪い」だなんて、バカバカしい話ではないでしょうか。だって、仮に天才だったり秀才だったりすれば、バカとは言われないでしょう。可愛かったり美しかったりすれば、ブスとは言われないでしょう。私だって、スタイルのいい人にデブとは言いません。


 そんな、バカでブスで性悪な私に、まともな居場所などあるはずもなく。仮に言葉に呪いがあるとすれば、その輪の中に私の居場所があるのでしょう。そこは、暗く、湿っていて、臭く、それでいて強固なもの。外側からも、内側からも、簡単に壊せるものではありません。


 そう。それこそ、異世界転生トラックでもなければ。


*****


 目を覚ますと、薄暗い部屋にいました。トラックに跳ね飛ばされたというのに、全く痛みがありません。座り込んだまま見回すと、四方には灯火があって、その奥には何もなくて、足元には奇怪な模様があります。魔法陣でしょうか。


 そして目の前にぼんやりと、幼く綺麗な顔が浮かんでいます。碧い宝石のような目に、薄く赤に染まる長い白髪。特徴的なとんがり帽子をみるに、この子は魔法使いで、私は召喚されたのでしょうか。


 その子はぐるぐると歩き回って私を観察し、何やらぶつぶつと呟いています。それから目の前にちょこんと座って、問うてきます。


「やぁお嬢さん。こんばんわ。君は何処から来たどなたさんかな?」


 気だるげに、その子は言います。あと、外国の方が話すような訛りです。私は少し迷ってから、慎重に問い返します。


「ここは、何処ですか? あなたは、誰ですか?」


 初対面とはいえ、自分よりもずっと年下であろう相手にも敬語を使ってしまう私なのでした。しかしその子はスルー。「これは失礼」と咳払いをして。


「ここは……。そうだね、とりあえずは『異世界』と言っておこうか。無論、僕にとっての『世界』はこの世界をいうのだがね。まあ、君のそれとは別の世界ってことさ」


 赤信号トラックに跳ね飛ばされて、気が付いたらファンタジーな空間にいて、二次元でしか見たことないような美少女がいて。まあ、うすうす気づいてはいました。人って、突飛にキテレツな状況に置かれると、案外冷静になってしまうものなんですね。


「ところで、私を呼び出したのは、お師匠さんですかね?」


「言っとくけど、こう見えて僕は君よりもずっと年上だよ?」


 見た目と実年齢が酷く乖離しているパターンでした。私が「いくつですか?」と聞いても彼女は「内緒」と。ともかく、敬語使っといて正解でした。

 こほん、と彼女は咳払いをして。


「そう、この転生魔法陣でね。いやあ、こんな可愛い子が来てくれて嬉しいよ」


 まあ、おませさん。お世辞が上手ですね。私は愛想笑いで「で、あなたの名前は?」と。こんな綺麗なガキに言われると、実年齢関係なく、なんだか腹が立ちます。この世界が、どうやら例によって魔法の世界らしいとか、そんなことはどうでもいいのです。いや、どうでもよくはないですけど。転生魔法陣とか、とっても気になりますけど。でも、可愛いとかそんな悪質な嘘つかれるのと比べれば、些細なことです。

 その子は「そうか」と、一つ息を吐きつつ。


「僕は西の森の魔女さ。ニッシーとでもよんでくれ」


 なんじゃそりゃ。すかさず本名を問い質しますが、その子ははぐらかすばかり。結局、魔女だからといって女の子とは限らないけど、それはそれとしてその子が女の子ということしかわかりませんでした。僕っ子でした。


「じゃあ、私も言わないです。名前」


 呆れて、ぷい、とそっぽを向く私。彼女は困ったような声で言います。


「だったら、なんて呼べばいい?」


「好きにしてください。第一、この世界が私がいた世界とは違うのなら、私が何処の誰かと懇切丁寧に説明したところで、意味はないでしょ?」


 つい、まくし立てるというか、吐き捨てるように言います。しかし彼女は意に帰していないという様子で、それでいてさも当然というふうに、こう言い放ったのでした。


「意味はある。それどころか、とても重要さ。なんせ、君が何処から来た何者かを知らないことには、僕の研究は進まないのだからね」


「……研究? 魔法、の?」


 私はどうなっちゃうのでしょうか。なんだかんだ興味がないではないですが、しかし思わず身構えます。すると、彼女は「まあまあ」となだめすかします。こいつ。


「何も取って食ったりはしないさ。研究とはいっても、話を聞くだけだからね」


「話を聞くだけ?」


「そう、話を聞くだけ」


「話を聞いて、どうするんですか?」


「どうもしないよ」


 私は首を傾げます。話を聞くだけの研究というものに、シンプルにピンとこないのです。

 もしかして、魔法の研究であることがミソなのでしょうか。


「……呪文?」


「そう。君にとって魔法がどういうものかは知らないけれど、少なくともこの世界の魔法は、言葉の組み合わせがものを言うんだ」


 ぱあっと嬉しそうにそう言った彼女は、身にまとうローブの裾から大判の書物を取り出して、あるページを開いてみせます。少なくともひらがなでもアルファベットでもない文字が、びっしりと羅列してありました。


「この呪文で君を呼び出したんだ」


 得意げに何やら説明を始める幼女。途中途中、何だか重要そうなところで訳の分からない単語が挟まれます。この世のものとは思えない……、いえ恐らくはこの世界の言語かなにかなのでしょうが、それに対する解説もありません。「&#$#&が、$%&#$%で、&#%$なんだよ」とか、そんな感じ。まさに、自身が崇拝するものを語るオタクのごとし。前世にもいたな、こんな人。


「~と、いう訳なんだけど、ここまで何か質問はあるかい?」


「はい先生。何もかもわかりません」


 幼女は困った顔。いや困ってるのはこっちです。


「まあ、要は君の世界の言語を研究して、新しい呪文が生み出せないかな? ということさ」


「あ、そういうことなんですね」


 初めて知りました。彼女からすればさっきの話を要約したつもりなのでしょうが、私からすればまったくの新情報です。


 そしてふと、なんだか違和感を覚えます。


 いわゆる『異世界転生もの』を言語の観点でみた場合、①現地人もしれっと日本語をしゃべってるパターンと、②現地語をアイテムか何かで翻訳するパターン、それから③主人公が頑張って現地語を習得するパターンがあると思います。今回の場合、現地語の概念が存在するっぽいことから、②か③になってくるでしょう。


 しかし、そうなると……。


「二つ、質問いいでしょうか」


「いいよ」


「では。まず、なんであなたは日本語を話せるんです?」


 研究の話になって、現地語の存在を知るまでは、なんの疑いもなしに①の『しれっと日本語パターン』を受け入れていました。しかしそれを知った以上、当然この疑問は出てきます。


「前にも日本人を呼び出したことがあるからだよ」


「なるほど。……ちなみに、その日本人の方はどちらに?」


 魔法幼女はニコ、と微笑んで答えません。……やっぱり私、実験体として薬漬けとか呪い漬け? にされちゃうのでしょうか。

 身構えると、幼女はふっと笑って。


「冗談だよ。ちゃんと送り返したさ」


 深呼吸。こいつ。……まあ、いいです。話を戻しましょう。


「こほん。では次に、私を呼び出した理由はなんでしょうか。問題なく日本語を話せているようですし、はっきり言えば必要性を感じません」


 ましてや、前にも実験体がいらっしゃるのなら、その方にみっちりと聞き取りをされているでしょうし。


「そりゃあ、日本語以外の言語も調べるためさ。さっきも言ったじゃないか、転生魔法というのはとっても難しくて、制御が難しいんだって。何を呼び出すかは、どうしてもガチャになっちゃうんだよ」


 なるほど。どうでもいいですが、ガチャという単語はその日本人から聞いたのでしょうか。まあ、そんなことはどうでもいいんです。今、とんでもないことを口走ったことに気が付いたのです。


 私は、恐る恐る問います。


「私を、送り返したりは……」


「しないよ」


 しかし、幼女はきっぱりと。


「でも……」


「言っとくがね、ネイティブに話せることは研究しつくしたことにはならないさ。ほら、日本人だって日本語を研究するだろう?」


 まあ、確かに? とりあえず、ほっとします。向こうでは死んじゃったし、そうでなくても戻りなくないし、送り返されても困ります。本当に私が必要でなかっらどうしようかと思いました。


「それに、今のところ日本語じゃまったく魔法が発動しない。研究とはいっても、まだまださ」


 彼女は肩をすくめます。それから、手を差し出します。


「だから、まあ、これからよろしく」


 私は戸惑います。彼女の意図がわからないわけではありません。ただ、この胡散臭い魔法幼女の手を取っていいのか、迷いどころではあるのです。まだ彼女が魔法を使うところを直接見た訳ではありませんし、何よりいけすかない。彼女の小生意気な物言いもありますが、何より、本来の理に反して生かされているというのが、なんだかなという感じ。


「……でも」


 私は、その白く小さな手を取りました。「でも」とか呟きましたが、そう呟いた理由も、そして手を取った理由も、実のところよくわかっていません。


 ただ、こうして真正面から向き合って話をしたのは、久しぶりのことでした。


「あ……」


 そういえば、彼女は最初から日本語で話しかけてきました。日本語以外で、どうして私が日本人だってわかったのでしょう。ふとそう思って、彼女に問います。

 すると彼女は、こう答えました。


「そりゃあ、その長く美しい黒髪と、その可愛い童顔を見ればわかるさ」


 綺麗なお顔で、相変わらずそんなことを言いやがるのでした。


 

 


 

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