第二章

第5話 寝取られの虫が騒ぎ出す

 噂通りの味に感嘆する綾乃と亮介だったが、妙に旨い豚キムチは予想以上だった。こんな3人での楽しい食事なんていうのも久しぶりで、気がつくと二軒目で本格的に酒を楽しみ出していた。


 亮介は小声で綾乃に耳打ちする。

  

「ねえ、もしもの話なんだけどさ」


「うん? なになに?」


「もし、もしもT君に抱かれるってなったらどう?」


「うふふ……実はあたしも同じこと考えてた」


 想定外の綾乃の反応に絶句する亮介。しかしその顔はすぐに歓喜の色に変わった。


「じゃ、ちょっと聞いてみていい?」


「うん。でも、いきなりこんな話して大丈夫なのかな。ていうか、あたしすごく恥ずかしくなってきちゃったんだけど……」





 

 お手洗いから戻ってきたT君に亮介が声をかける。


「次、何飲みます?」


「ありがとうございます。うーん、じゃレモンサワーにします」


 綾乃が呼び出しボタンを押すと、ちょうど通りかかった店員が声をかける。注文を取っている間神妙に押し黙っている亮介がシュールに見えて綾乃はプッと吹き出す。


(ドリンクオーダーいただきました〜)


 店員が言い終わらないうちに食い気味で亮介が尋ねる。


「T君は彼女さんとかいないんですか」


「あ〜、今いないんですよね〜。出会いも無いし……」


「そっか。じゃあ寂しいですよね……」


「そうですね、いなくなるとぽっかり」


 誘導尋問のような亮介の合いの手に感心する綾乃。


「ですよね……。あの、例えば綾乃とかどうですか?」


「そんな質問ダメでしょ、面と向かって言えないよね。ほら、困ってるじゃない」


 慌てて綾乃がツッコミを入れる。顔も真っ赤だ。しかし、意外にもT君は狼狽せずに答えてくれた。


「……すごくかわいいですよね。女性らしいっていうか」


「ありがとうございます。ただ、あの……ちょっと変なこと話してもいいですか?」


「え、あ……はい。どうぞ?」


 キョトンとした目で返事をするT君。


「あの……寝取られって、わかります?」


「寝取られ……? なんか聞いたことあるような無いような……うーん……」


 ドン引きされなかっただけでもラッキーだ。

 亮介はT君の横の席に移動し、耳打ちを始める。説明が進むにつれて彼の切れ長の目がどんどん丸くなっていく。

 

「……はい、……はい。……え、え〜? うそ、マジで……すか……ん? ……なるほど」




 

 亮介はコソコソ話を終えて綾乃の隣の席に戻るとレモンサワーが届いた。店員が去るまで全員沈黙した後、亮介が言う。

 

「とまぁ、こういうジャンルというか、趣味の人がいるわけです」

「いや、びっくりですね……」

「そりゃ、びっくりするよね〜? ごめんね、変なこと教えちゃって」

 綾乃がフォローする。

「ははは、いいんですよ。下ネタ嫌いじゃないですから」

「でもね、実は俺がそういう趣味なんです」


グラスを置いたT君の手が止まる。


「……それって、まさか……」


「そう、ご想像の通りです。あの、もしよかったら……俺の目の前で綾乃を抱いてもらえませんか……」


「――!!」


 ポカンとしているのか衝撃で固まっているのかもわからないほど身動きしなかったのはたったの数秒だったはずだが、亮介と綾乃にはその何倍にも感じられた。



 

「ちょ、……ちょっと考えさせてもらえませんか……」


「はい、もちろんです。無理しなくていいですから、遠慮なく断っていただいても問題ないですよ」

 

「……わかりました。あとで連絡しますね」

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