アヴィリオン  ー世を統べる女神と蓋世怪傑の支配者ー

葛原桂

第1話 視えない世界

 世界にはまだ、解明されていない問題が山積みだ。人間の寿命では解決できるはずがない。


 しかし、その【問題】が全て明らかになった時、内なる世界と外なる世界の真実を理解することができるだろう。


「……運命を握る人、は何処にいるんだろう……」


 ビルの上で謎の少女が風に髪をなびかせて立っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 夕方の光が差し込むリビングで金髪のショートヘアに金色のアクセントと黒いジップアップジャケットに黒いズボンを履いている夏桜恵一なざくら けいいちはソファに座りながらテレビをぼんやりと眺めていた。


 隣では青髪のツインテールに青と白を基調とした制服風の服装に金色のボタンが付いたフィット感のあるボディス。袖にはフリルがあしらわれて更には青いリボンの耳のようなデザインのカチューシャを付けている鳴間紗彩なりま さあやが雑誌を読んでくつろいでいた。


 台所の机では黒いインナーの上に赤いフード付きジャケットを着用して、シルバーのファスナーが開けっ放しである西園寺神楽さいおんじ かぐらがノートパソコンを広げて高校に提出する為の原稿を作成していた。


「今日も良き一日だったなぁ~」


 恵一がぽつりと呟いた。


「世界の何処かでは戦争が起こっているけどな。 今の幸せは奇跡みたいなもんさ」

「神楽、そんなこと言わないでよっ!!」


 紗彩が顔をしかめて抗議するが神楽は肩をすくめるだけだった。そんな二人のやり取りを見ていると過去の記憶が頭に溢れ出した。


 高校生である恵一達は本来、家を持つ筈なんて無かったのだ。


 本当はそれぞれの家で毎日もっと笑えていたかもしれないだろう……


 さかのぼること数十年前、この世界は崩壊した。


 正確に言えば『世界戦争』が終わった頃に産まれた恵一は少し不自由だったが両親のいる幸せな家族に生まれた少年だ。


 しかし、そんな当たり前が奇跡だと感じるようになったのは丁度、五才の誕生日が来た頃であった。


 世界もより良く発展してる最中、まるで神から天罰が下されたのかと思うほどいきなり世界を揺らす大地震が起こったのだ。


 その大地震によって各地に嵐や津波、場所によっては火山が噴火して多くの人が亡くなってしまった。


 数え切れない程に…………


 そして、世界が止まってしまったかのように静寂に包まれたのだ。


 しかし、まだ幼かった彼にとっては何がなんだかわからなかったが意識を取り戻すと瓦礫に埋もれていた為、隙間からい出たら異様な光景が目に焼き付いたのだ。


 空は黒い雲に覆われ、灰が雪のように降り注いでいたのだ。


 ふと恵一が振り返ると瓦礫で潰れなかったのは両親が守っていたからだと気付いたのだ。


「お父さん、お母さん……!!」


 恵一は必死で叫び続けた。けれど、両親が帰ってくることは無かった。


 血だらけで息もしていない。それでも彼は声を掛け続け、泣きながらその場に座ってずっと声が枯れても呼び続けていた…………。


 しかし、帰って来ることなどありえなかった。していたことが全て無駄だったと気付いてからは一歩踏み出す力も無いまま寝転んで重い瞼を閉じてしまったのだ。


 それからは親戚の人に助けられ、愛情を沢山注いで育て上げられた。いつかまた少しでも笑顔になれるようにと願って親戚の人達は幼い恵一を養った。


 だが、彼は子どもがよく見せる太陽のような笑顔一つせずこれ以上の幸せを願うことだって無かった。


『夏桜 恵一』名前の意味は


 恵まれていたという自覚も一番大事にされていたという思いだって彼にはあった。


 一人にすることなんて一秒たりとも無かったが今は「寂しい」という言葉だけが彼の心を黒く、むしばんでいった。


 ずっと時が止まっても良いと思えるくらい伝えたいことが何万、何億とあった恵一にとって「いつもいつも、ありがとう」という一言さえも伝えられなかった昔の自分を彼は拒絶し続けた。


 小学生に上がった頃には世界は安定してきて普通に学校に通って、学んで、遊んで、の世の中になっても彼は孤独で生き先も見えない人生を歩み続けていたが、そんな彼に手を伸ばしてきたのは神楽と紗彩であった。


 二人が恵一と話すようになってからは絶対に彼を手放さなかった。


 恵一自身から避けようとしても紗彩と神楽は毎日話しかけて来ては会話を弾ませていた。それで彼はふと、大事なことに気付いたのだ。


 自分はまだ、見捨てられてないと――


 小学校を卒業してからも中学生になっても、高校生になった今でも二人は変わらない笑顔で恵一に話しかけては自然と笑顔になって自分からも会話に混じるようになっていた。


 東京に上京じょうきょうしてからは両親と親しかった人に家を建てて貰い、三人で家事と勉学を両立させてる。


 そんな他愛の無い日々を三人は過ごしてた。


 今日までは…………


 すると突然、室内の温度が一気に下がって何かが近づいて来る感覚が三人を包み込んだ。


「……なんだろ?」


 紗彩が不安げに声を漏らすと恵一も不穏な気配に気づき、ソファから立ち上がった。


「冷房付けたか神楽?」

「んな訳ねぇだろ!」


 すると恵一が警戒の眼差しを部屋の中央に向けた瞬間、部屋の中央に青紫色の光が渦を巻くように現れた。光はだんだんと形を変えていき、人の姿へと変わった。


「ようやく見つけたわよ、夏桜恵一なざくら けいいち!!」


 現れたのは鮮やかな青紫色の長髪に青色、白、ゴールドを基調としているコルセットのようなボディスには星の装飾が付いていてトップはふんわりとした白い袖にレースの縁取ふちどりが施された魔法使い風の衣装。


 ネックラインは開いていて長く流れる白色のマントを身に纏い、頭の上には青白く光る王冠のような輪が浮遊した小学生のような小柄の少女だった。


「誰…?」

「え、けいちゃんの知り合い??」

「いや、知らねぇなぁ〜」


 紗彩の誤解を解くように恵一は手を左右に振る仕草を見せた。それを見ていた女神は脇腹に手を当てて強い口調で言い放った。


「私は創造の女神 エマよ! 偉大なる神の降臨に頭を下げなさい!!」


 エマは胸を張りながら誇らしげに言うがその見た目に圧倒される者は誰もいなかった。


「すごいコスプレだね! でもお家帰んないと親が心配するよっ」


 紗彩がぽつりと呟くとエマは怒ったように足を踏み鳴らした。


「子供扱いしないでよ!! 力を見せれば分かるわよね?」


 そう言ってエマは指を鳴らした瞬間、部屋全体が一瞬で闇に包まれた。次の瞬間、彼らは見たこともない場所に立っていた。


「ゑ?」

「何処ココ!?」

「高校の資料がッ……!!」


 驚きながら辺りを見渡す恵一達。


 周りは暗闇だが、微かに何かがうごめいているのがちらほらと視えた。地獄とは言い難いが虚空に等しい空間だった。


 慌てふためく三人を落ち着かせる為にエマはコホンと咳払いをして注目を集めた。ようやく三人の注目が集まった所でエマは口を開いた。


「これは貴方たちがまだ知らない。 そして、この虚空で彷徨い続けているのは今、現実世界に影響を与えている【幻影魂げんえいこん】」

「幻影魂って何なんだ?」


 神楽が眉をひそめながら聞く。その質問にエマはそっぽを向きながら答えた。


「簡単に言えば生と死の狭間で暮らす異形たちね。 彼らは形無き存在とも言えるから己の器を探してるの。 そして、ここからが本題……」


 エマが言葉を止め、静かに恵一たちを見つめた。


「貴方たちにはこの全世界の真相を知ってもらう必要があるってことよ」


 恵一は一瞬、言葉を失った。だが、次の瞬間にはふざけた笑みを浮かべて肩の力を抜いた。


「マジかよ……俺たちじゃないと出来ないのか?」

「そうね!」


 エマが微笑むと再び青紫色の光が彼らを包み込むと元のリビングへと戻ってきていた。そして、エマは近くの椅子に腰掛けると真剣な顔つきで口を開いた。


「じゃあ今度はなぜ私が貴方たちのところに来たか教えてあげるわ」


 恵一がソファにどっかりと腰を下ろし、興味深そうにエマを見つめる。


「俺たちが特別だからか?」

「ある意味正解よ」

「マジ?」

「そこが重要なポイントなの! 実は、貴方達には特別な潜在能力ポテンシャルが眠っている。 それを引き出す為に私が必要ってこと! それにさっきも言った通り、全世界の真相を知る者も必要だったからね」


 エマがそう言うと恵一は顔をしかめた。


「潜在能力……? 俺たちにか?」

「そうよ。 貴方たちの中には神に並ぶ才能を持ってるわ。 異形たちもより優れた素材を狙っている。 貴方たちだけじゃなくての人間の力も利用しようとしているのよ」

「俺たちも狙われるってことか……」


 恵一が眉をひそめ、視線を落とす。現実感のない話だがエマの真剣な口調は嘘をついているようには見えない。


「だけど、それだけじゃないわ。 下界では異形や怪異が暴れ始め、の存在が人間を襲って次々と犠牲者が出てるのよ。 そして、天界でも異常事態が起きているわ」

「天界があるのか?」


 神楽が興味本位にエマへと問いかける。


「勿論。 だけど、今では天界のバランスがおかしくなっているの…… このままだと天界と下界、両方に支障がでるわ!」

「そんなぁ……」


 紗彩が不安そうに呟く。


「そこで、貴方たちにお願いがあるの。 世界を救う手助けをしてほしいのよ! 貴方たちは特別な存在だからそれができる!」


 エマは真剣な眼差しで恵一達に訴えかける。


「俺たちが……?」


 恵一は少し戸惑いながらも神楽と紗彩の方を見た。二人の表情は困惑しつつも何かを決心したように見える。その表情を見た恵一はもう選択肢が無いと気付いてため息をついた。


「……わかったわかった。 俺たちが力になれるならやってみるけど、具体的に何をすればいいんだ?」


 恵一が肩をすくめながら言うとエマはにっこりと微笑み、恵一を見ていた神楽と紗彩の口元も少し緩んだ。


「協力してくれて嬉しいわ! まずは異変の源を突き止める必要があるの。 今はまだ手がかりが少ないけど異形たちの動きを追っていけば見えてくる筈なの……!」


 エマが説明している最中、突然として脳内に奇妙な気配を感知した。


「……!? マズイわ!!」

「どうした?」


 神楽が戸惑った顔でエマに尋ねる。


「街の方で異変が起きてる! 何か強力な存在が動き出した――!!」


 するとエマは目を閉じ、集中して何かを感じ取っている。瞬時に目を開けたエマは額に汗を浮かべながら血相を変えた。


「恵一、神楽、紗彩! 急いで東京の街へ向かうわよ!! 何が起きているか確認する必要がある!!」


 エマの言葉に、恵一達は即座に行動を開始した。


「……なんだか、忙しくなりそうだな」


 恵一が苦笑いを浮かべながら立ち上がると神楽と紗彩はすでに玄関で靴の紐を結び終わっていた。


「ふざけてる暇はないぞ恵一、準備しろ」

「はいはい、分かってるって……」


 恵一達は急いで東京の街に向かう為に玄関を飛び出すと異常な光景が目に飛び込んできた。


 空は真っ黒な虚空のように雲一つすら無かった。


 街の明かりはすっかり消え去り、建物は崩れ落ち、車はひっくり返って炎を上げている。


 焦げた匂いが鼻をつき、胸の中に不安が広がっていく。


「これ、何が起きているんだ……?」


 そして、一瞬だけ恵一の視界に灰色の花弁はなびらが舞い落ちる景色がノイズ音と共に視えたのだった。













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