Ⅺ エフィルミアの閃き
早朝、夜明け前。ヘレンはパチリと珍しくすぐに起きることができた。ふと横を見るとエフィルミアが横になっていて涎を垂らしながらぐーすか眠っていた。
「エフィルミアー……起きて、朝だよぉ」
誰かよりも先に起きて起こす側になることなど、滅多になかったヘレンはどことなく楽しそうにエフィルミアを揺する。エフィルミアの反応は瞬時だった。凄まじい勢いで身体を起こして周囲を見回し、ヘレンが傍にいることにほっとする。
「ひ、ひどいですよぉ、ヘレンちゃん! さっさと寝ちゃうし、全然起きないし!!」
肩をぽこすか殴られヘレンは「うぅ、、ごめん」と素直に謝った。せっかく早起きできたというのに、これでは台無しだ。
「火も夜中で消えちゃって、べっくし! 寒かったし……」
震えるエフィルミアを見て猶更ヘレンは罪悪感を感じた。見ると焚火はすっかり消えていた。火の起こし方を知らないエフィルミアは、ヘレンの荷物の中にあった毛布を全身に巻いて寒さを凌ごうとしたらしい。
「めんぼくない……おわびに何かする」とヘレンはしょげながら、イズルのバックを漁る。イズルが見たら「自分の失態は自分でなんとかしなさい」と叱られていたことだろう。
そうして見つけたのは。赤い鉱石――透明な石に炎を閉じ込めたかのような印象を受ける不思議な鉱石だ。魔光鉱石(マナ・オーア)と呼ばれる貴重な物で、イズルからはこれを使うのは本当にどうしようもなくなった時だけ聞いていた。
(今がきっとその時だなー)
絶対その時ではない。
だが、ヘレンは躊躇なくその鉱石を取り出すと、こつんとそこらへんにある石で小突く。魔光鉱石(マナ・オーア)が赤く光り、鉱石の先端から火が走る。それを炭化しながらも未だ燻る焚き木に添えると、ボッと真っ赤な炎が辺りに温もりの風をもたらす。
「これ……きちょーだから、あんまり使えないんだけど……エフィルミア?」
ふとエフィルミアの方を見ると、彼女はヘレンが持つ魔光鉱石をじっと凝視していた。そんなに気になるんだろうかとヘレンは思った。魔法に富んだエルフの国なら魔光鉱石なんて飽きる程見ているんじゃないかという勝手な想像があったからだ。
――だが。
「初めて、見た。人間の国にそういう鉱石があるって話は聞いた事はあったけど、でも……」
「エルフの国にはこういうのないのー?」
エフィルミアは首を横に振った。魅入られるようにその鉱石を見ていたので、ヘレンは「見てもいいよ」と彼女の手にそっと渡した。ヘレンと同じ物をみているようで、まるで違う見方をしている。そんな気がした。
「私の国ではね……魔力の高さこそが権力の象徴。魔法を使えない者は低い地位に落とさて、労働者として生きるか、国を追われてしまうの」
魔光鉱石等は、魔力の低い人間が魔法を使おうとして絞った浅知恵に過ぎない――と、エルフの国では過小評価されているのだという。発見には採掘という重労働が伴うこともあり、エルフが積極的に魔光鉱石を研究することはなかったのだそうだ。
「けど……この鉱石、上手く使えばすごい物が生み出せる気がするの」
そう言って彼女はガントレットを取り出した。腰のベルトに装着されていたもので、革と金属を加工して打突に重きを置いていると思われる形状をしていた。エフィルミアの雰囲気とは真逆の無骨なデザインをしているが、装飾として鉱石が手の甲の位置に嵌めこまれていて、薄く文字が刻み込まれていた。
エフィルミアはベルトのポーチから、ヘレンが見たこともないような独特な形状の工具を取り出すと、ガントレットを分解しだした。そして装飾品を取り出して、魔光鉱石を組み込もうとして――ヘレンの方に向き直る。
「あ、ちょっとだけ試したいことがあるから、借りてもいいかなー……出来ればもう一個あればいいんだけどー」
実は後二個ある。エフィルミアにもう一個渡してしまうと、手元には一個しか残らないわけだが――。
(一個残るならいっか)
ヘレンは呑気にそう考えた。イズルがこの場にいれば一旦止めたことだろう。だが、何も考え無しにヘレンもエフィルミアに魔光鉱石(マナ・オーア)を渡そうと思ったわけではない。彼女が熱中する姿、魔法を使えないエルフが酷い扱いを受けるということを聞いてのことだ。
「いいよー……何かいいこと思いついたんでしょ? 使いなよ」
イズルの鞄から取り出したもう一つの魔光鉱石を取り出してエフィルミアへと渡す。
「ありがとー! ……これ、魔力の勢いが心なしか低い気がする――もしかしたら魔力全部使い切っちゃうかもしれないけど、大丈夫かな……」
魔光鉱石は天然の〈マナ〉が鉱石へと宿り、結晶化したものでありその魔力は無限ではない。特に日用品として使われる物は粗悪品が多く、数回の魔法を使用するだけで尽きてしまうものもある。魔法使いであれば、魔力を充填することもできるらしいのだが。
「うん、全部使い切っちゃっていいよー」
イズルにバレたらまた頬を抓られることだろう。それでもヘレンはエフィルミアが何をしようとしているのかを見届けたい気持ちの方が勝った。
魔光鉱石を組み込み、再度組み立てられたガントレットをエフィルミアが装着する。刻まれた文字が赤く輝き、左右の拳を突き合わせると、魔法陣が浮かび上がった。
「魔光鉱石が発した魔力をルーンの羅列で増幅、魔法陣が魔力の流れを作れば――」
焔がガントレットから吹き上がる。宙で弧を描き、龍と成った。それは魔法でしか成し得ない技であった。東から登る朝の陽ざしが、煌々と昇る炎龍を照らし、鎌首をもたげて、エフィルミアを見つめる。
「やった! 私が考えて私が作った魔法!! できちゃった!!」
「おー……すごげふ」
ぱちぱちと静かに拍手しているヘレンにエフィルミアは抱きついた。嬉しさのあまりか、まるで加減が無く、ヘレンはエフィルミアの腕と豊満な胸に抱かれて泡を吹いた。
「安らかな眠り――天使のお迎えが見える」
「ぎゃあああ! ヘレンちゃん、ごめんね!? 大丈夫!? 起きてぇえ!」
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