Ⅲ あなたの失くした斧はこれですか?
アリエス国、リュミエール城下の町は賑わいを見せていた。工業都市とも言われる程に、武器鍛冶や魔法道具の精製に始まり、硝子細工、鉱石加工等の貴族や富裕層向けの工芸品、農具や工具等の日用品まで。
誰が言ったのかは定かではないが、この町において手に入らない道具は無いとまで言われている。馴染の鍛冶屋からは鉄と煙、そして熟練工共の活気ある声が独特の熱気を醸し出していた。
魔王軍を始めとした魔物や魔人との戦いが激化する中で、王国の兵士は勿論の事、魔物、魔人退治を生業とする冒険者達向けに武器鍛冶は需要が高い。
一般的な剣、槍、弓、盾、ハンマー、斧等は勿論、一風変わった武騎種もある。が、その多くは見掛け倒しの派手な物ばかりで、実用性に乏しい。物好きか、伸び悩んでいる者が一時の気の迷いで買うくらいだろう。
「おぉ……」
その『見掛け倒し』の武器を前にヘレンの目は輝いていた。
魔力の込められた薬品が動力源、巨大な刃を回転させて敵を切り裂く最強の斧――等と触れ込まれた逸品……否、奇物と言っていいだろう。
ゆっくりと慎重な手つきでヘレンはその武器を手に取る。自身の身長を優に超える物だったが、軽々と持ち上げる。イズルからすると見慣れた光景なのだが、周囲からは驚愕の声が上がっていた。
「な、なんだ、あの娘――あんなごっつい武器を」
「女の姿した化け物なんじゃ」
「ひょえぇえ……」
イズルが一睨みすると野次馬は蜘蛛の子のように散った。当のヘレンは奇天烈な構造の武器に夢中で気が付いていない。
「ねー! イズル、この武器すごいよ!」
「……すごいのは分かったけど、ちゃんとよーく考えて買うんだよ……?」
ぎゅいんぎゅいんと耳が痛くなるような騒音、魔法の薬が放つ刺激臭をまき散らすこの斧(?)が失った手斧の代わりとして釣り合っているようには思えない……。
値段はべらぼうに高い癖して、隠密性は皆無だし、こんなもので一体何と戦うというのか。製作者(おやかた)の顔が見てみたい。
「よぉお! そいつに目付けるとはお客さんは、いい目をしていらっしゃる!」
騒音をも超える大声、商魂魂逞しい幼馴染の男の声を聞いて、イズルは振り向いた。
「やぁ、ジーク……これのどこがいいんだい? 趣味が悪いの間違いじゃないか?」
「な、イズル!? おめぇなんでここに――」
ヘレンは回転する斧(?)を止めて「ほぇ?」とそちらに視線を向ける。
太陽のように燦々(さんさん)とした金髪、情熱に燃える赤い瞳。骨組みの逞しい精悍とした体つきの青年。その腰にあるのは二振りの剣。工房の街は表向きで老若男女問わず町人全員が傭兵の側面を持っており、商工ギルドは傭兵ギルドを兼ねており、王国の護り手を担う。彼は鍛冶屋であり、戦士でもあるわけだ。
父名をシモン、母姓をファン・レーヴェンといい、その名はペルゼィック。
長いのでイズルはジークの愛称で呼んでいる。幼い頃からの親愛なる友。
「おしりあい……?」
「あぁ、そうだよ、ヘレン。彼はペルゼィック……ジークって俺は呼んでるけど」
首を傾げるヘレンにイズルが紹介すると、ヘレンは斧(?)を元の位置に置き――形容しがたい匂いの煙が未だ吹き続けてる――ペルゼィックことジークに自己紹介する。
「ヘレン・ワーグナー……ヘレンでいいよ、ジークくん」
「俺はシモン=ファン・レーヴェン=ペルゼィック様だ。あだ名で呼ぶな、女」
あぁ……とイズルは額を手で抑えた。ペルゼィックは身内以外に愛称で呼ばれることを極端に嫌う。あからさまに嫌悪感と拒絶を示されて、ヘレンは、
「じゃあ、ペル君がいっか……」等とズレた感性で応じた。
「なんでそうなるっ!?」
キレるペルゼィックことペル君(ヘレン称)の肩をイズルはどうどうと抑える。
「俺達――というかヘレンは武器を探しに来たんだよ、客だぞ? 雑な事すると親父さんにどやされるんじゃないか?」
そう諭されてペルゼィックは、うーむと振り上げた拳を下した。そして渋々と言った様子で、ヘレンが先程まで弄って、未だ動き続ける斧(??)を取り、どうやったのか分からないが制止させた。
「こいつを軽々と持ち上げたのはお前が初めてだ、女」
ペルゼィックの言葉にヘレンは自慢げに「ふふん」と口角を上げる。戦士としての矜持らしきものはあるらしい。イズルの感覚としては、ヘレンのそれは、お手伝いが上手くできた子どもが褒められた時のものだが。
「こいつは俺が手掛けた物だ――どこぞのお貴族サマには良さが分からないらしいが」
「やっぱジークか……ほんと君は何か無駄なギミックを付けないと気が済まないらしいね」
互いに好き勝手言う仲を見て「喧嘩してるのかな?」とヘレンが互いの顔を見るが、怒気を感じなかったのか、言わせるだけ言わせて見守っている。そして、その見解は当たっている。
「忘れてるようだから思い出させてやるけど、神材の戦鎚、《狂気(フロル)の涓滴(けんてき)》も俺が作ってやったやつだぞ?」
「作ったのがジークだけだったら、変形武器になってたところだよ」
あーだこーだと言い合いを初めて手持ち無沙汰になったヘレンは近くにあった武器を取る。巨大な斧の形状をしていたそれをやはり軽々と持ち上げる。刃は幅が広いように見えるがよくよく観察してみると2つの刃が折りたたまれている。柄の部分に付いていた突起を押してみると、折りたたまれた刃が立ち上がり、巨大な剣となる。
「すごいよイズル―、これ斧から剣に変形できるー」
斧から剣に変形。
斧から剣に変形???
ぴたりと言い合いを止めたイズルはその無駄に洗練された無駄な動きに茫然とする。
「それは本当に必要な機能なのか……?」
「間合い(リーチ)を自由自在に変えられるんだ、強いに決まってるだろ」
尚、使用者はこの無駄に重い鉄の塊を軽々と使え、状況に応じて戦い方を変えられる器用さを持つ者に限る。イズルが知る限りそんな戦い方が出来るのはヘレン、強いて言うなら次点で王国の近衛騎士団の団長くらいだろうか。だがどちらにせよ、間合いの違う武器を別々に使えばいいというか、ヘレンも団長もそうしているという事は、そういうことである。
少なくとも一般向けに売れるものではない。が、ヘレンが褒めたことに気を良くしたペルゼィックは倉庫の奥から更に武器をもう一つ取ってくる。長い刃と長い柄の剣だった。どうせ碌なものではないとイズルは冷めた視線を向け、逆にヘレンは純粋無垢な輝いた瞳を見せる。
「こいつは普段は剣だが――」と柄が伸び、剣は三又に分かれ、刃の間から回転する無数の突起の付いた刃が出現し、回転を始める。
「変形後は長い柄と回転する刃を持った回転斧を兼ねた槍と化する!!」
魔法瓶から得た魔力で回転するその武器は喧しく、刺激臭のする煙が辺りに立ち込めさせた。
「おぉっ!」
「はぁっ……」
感嘆の声と落胆の溜息が両者から同時に漏れた。作成されたキワモノ武器から分かる通り、ペルゼィックの武器鍛冶としての才能は尖っている。尖りすぎていて普通の人間が使える武器を作れない。より正確に言うのであれば、普通の汎用性高い武器種を作ると、精度が悪い物ができてしまうらしい。
これはイズルの想像も込みになるが、ペルゼィックは武器を作ろうとすると感情が昂ってしまう傾向があり、それが完成度が粗くなる要因なのだろう。その能力は決して悪くはない。実際、彼は武器鍛冶においては平凡だが、紆余曲折を経て今は、硝子(ガラス)細工職人としての才能を発揮している。また彼は剣士としての才能にも恵まれている男だが、その剣術は粗削りながらも容赦が無く素早い連撃を得意とする。
「ヘレンと言ったか……お前見る目がホントいいな。どうだ? 隣の訓練場で俺の武器を試してみたくはないか?」
「おぉ……『おためし』ってやつだ。いいの? ペル君」
「ペル君は止めろ」
そんなわけで最初にヘレンが手に取った刃が回転する斧 (???)を持ち出し、訓練場へと移る。訓練場は円状に防護魔法の施された壁とその中に六つの柱が並び、弓兵や魔法使いの為の的も点在する。
回転する斧 (???)の使い方を教えてもらいヘレンは大斧(ハルバード)を持った時と同じ構えを取っていた。それを見てイズルは、
(あれ買ったら大斧と一緒に使うつもりなんだろうか……)
と要らぬ心配をしていた。さしものヘレンもあんな得物を2つ同時に扱えるとは思えないし、絶対に使い辛い。
「こいつのコンセプトは腕力で打ち出す魔法だ! 魔法瓶の魔力を消費し、お前の筋力がバネとなって打ち出される魔力の衝撃波を回転刃から射出する!……名付けて『衝撃刃』は遠距離の敵をも攻撃できる――戦士にとっちゃ画期的な戦法だ!」
ヘレンは単なる投擲だけで遠距離攻撃ができるのだが、ペルゼィックの説明に「スゴイ!」「便利!」と完全に呑まれてしまっている。
(決めるのはヘレンだけど、後で後悔はしてほしくないからな……)とそこまで考えたところで、イズルはペルゼィックの説明にちらっと嫌な予感が浮かぶ。
「さぁ、見せてみろ、こいつを全力で使った奴は未だかつていない! 俺の武器が最強であることを今こそ見せつけ――」
刃が高速で回転し稲妻を帯びる。店で試した時とすら比にならない程の轟音――回転軸が軋んで、限界を知らせてくる。長い柄にまで異常な振動が伝播し、ヘレンはそれを制御しようと僅かに眉を潜める。
「ヘレン、待」
「馬鹿にしたやつを見返してやってくれぇええ!」
斧 (??????????)が振り下された。
地面が抉れる。衝撃が全てを巻き込む嵐となり、龍となって柱を全て吹き飛ばして巻き込みながら進み、魔法で防護されている壁と激突して爆炎が訓練場を包み込んだ。
鍛冶屋での大騒ぎは、魔道部隊を出動させるまでに至った。訓練場に立ててあった柱全部木っ端微塵に。衝撃刃が通った地面は抉られたとかいうレベルではなく、地割れができていた。極めつけは魔法で防護されていた壁の一面が丸ごと崩壊。ちなみに回転する斧(?)は攻撃の反動に耐え切れずに刃は割れて基幹となる魔法を注入、射出する部品は粉々に砕け散った。
魔道部隊の隊長、魔女のエメリナ・ベルリーニは最初は唖然としていたが、それをやったのがヘレンと知り、妙に納得した。
「手斧の代わりになる武器に探しに来た?……へぇ――で、お前は“手斧”に変わる新しい武器で一体何と戦うつもりなんだい? あ! なんなら合わせて対城塞用の斧でも買っていったらどうだい?」
手斧の代わりになる手軽な武器を探しに来たんじゃないの?という皮肉たっぷりの言葉にヘレンはしゅんとなる。エメリナの言葉は至極ごもっとも過ぎて、反論の余地は無い。壊れた壁にはエメリナがとりあえず魔法結界を張って応急措置とし、抉れた大地は四大精霊魔法の大地の魔法を用いて元通りに塞ぐ。跡形も無くなった柱と壁の修復の費用は、話し合いの結果、ペルゼィックとヘレンが半々で支払うことになった。
その額を見たペルゼィックとヘレンの二人は空を仰いだ。ヘレンに関しては派兵時に得た報奨金を殆ど使い切る程の額だった。二人が縋るようにイズルの方を見てきたので、彼はそっと顔を逸らした。
「おぃっ、薄情だぞ!!」
「いや……俺、関係ないし」
「イズル……お金無くなっちゃいそ」
「あっそ」
二人それぞれ違ったアプローチで情を訴えてるが、イズルからしたらどっちも自業自得なので、助ける義理は無い。ここで甘やかそう物ならどっちも反省しない。敢えて突き放していく。
事態がとりあえず収束し、イズルと落胆するヘレンの二人は鍛冶屋を後にした。ヘレンは軽くなった巾着袋を手にぐすぐすと泣いていた。
結局武器を買うことも出来なかった。壊れた回転する斧 (ではない)の弁償をペルゼィックに請求されそうになったが、タイミングよく帰ってきた親父さんがペルゼィックに拳骨を落として事なきを得た。
――曰く一度振っただけで壊れるようなクソ武器に代金なんざつけるなとの事。
とはいえ、である。あんなにはしゃいでいたヘレンを見たのは初めてだった。それが自業自得とはいえ、事故で金だけ失ってしまうことになるとは。イズルはふと自分の腰にある短剣(ダガー)をベルトごと身体から外した。
「ねぇ、ヘレン」と話しかけて振り向くと、ヘレンの潤んだ瞳がこちらを見つめていた。そんな彼女にイズルは短剣(ダガー)を差し出す。
「前の手斧の代わり……にならないかもしれないけど、もしも良ければヘレンに受け取って欲しい。こいつはそこそこ刃が広くて、小回りが利く」
「あ……けどー」とヘレンが迷うのを見て、イズルは安心させるように微笑む。
「いいんだ。元々今回の買い物で、ヘレンが気に入ったの買うつもりだったからさ」
感謝の気持ちだよと、イズルは付け加える。ヘレンはそれ以上拒まず短剣(ダガー)を受け取る。すっと抜いて軽く振るってから再度鞘に戻す。
「これまで持った剣の中で一番使いやすい――ありがと」
ヘレンが笑い、イズルは満足そうに空を見上げた。ふとその青い空から何かが降りてくる。
――伝書鳩が手紙を脚に括り付けている。
伝書鳩は賢いが、人間を個別に選んで手紙を運ぶようなことは無い。恐らくは魔法か何かの手段で誘導されているのだろう。伸ばした手に止まったそれから手紙を受け取り、宛名が自分であることを確認する。王家の紋章である黄金の羊の刻印が施されていた。
「ヘレン、ごめん。もう少し付き合って欲しいんだけど」
「いいよー……どこ行けばいいの」
先程の悲壮感はどこへ飛んだのやら、ヘレンはどこかうきうきとした様子で短剣(ダガー)のベルトを調整して装着しているところだった。
「アリエス王城――レイ国王陛下が直々に俺達をお呼びになってる」
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