ⅩⅩⅣ 偉大なる使命と小さな想い

 浮遊する剣が二人を取り囲む。半分は魔法を放ち、半分は刺突、ヘレンは直感的にそれを無傷で躱すのは不可能だと悟り、大斧(ハルバード)を力強く振るい、魔法の光を刃で受けて偏向、風圧で剣を吹き飛ばした。


 イズルはその背後で戦槌を大地に突き立て、星天の神霊の力が優しい雨のように降り注ぐ。木々に茂る葉のように、髪に雫を受けると、力が体の底から湧き上がってきた。

 

ソルの魔法攻撃は苛烈さを極めたが、ヘレンはその全てを間一髪のところで、防ぎ、逸らしていく。まばゆい光の中から、金色の装飾が施された真っ白な甲冑に身を包んだソルが突っ込んでくる。


「お前の事も買っていたんだがなっ!!」


 二振りの剣が稲妻のような速さで煌めき、ヘレンは大斧(ハルバード)をもぎ取られそうになった。柄を斜めに構えて刃の連撃を逸らし続けるも、距離を縮められてしまい、大斧(ハルバード)のリーチを活かせず反撃は叶わない。


 イズルが援護をしようとするも、浮遊する剣が一斉に襲い掛かり、阻まれる。


「期待外れで悪かったね」とヘレンは淡白に返す。ソルの剣が灼熱の赤い光を発し、受けた柄越しに、掌に凄まじい熱が走った。長時間の鍔迫り合いは危険だ。だが、ソルはヘレンに後退させる隙を与えてはくれなかった。


「哀れな奴だ……。勇者に見捨てられ、こんな辺境で貴族の雑兵扱いとは!」


 二対の剣が大斧を挟んで抑える。熱が柄を伝い、皮膚が焼けて煙を上げる。ヘレンは唇を噛んで苦悶の声を押し込み、柄を回転させて巻き込むように剣を弾き、その隙に距離を取った。


「何故私に歯向かう? 何の責も持たぬ卑しい身分のお前がっ!!」


 ソルが二本の剣を合わせると、灼熱の焔が竜巻のように天に向って吹き荒れる。辺りの空気を巻き込みながら、ヘレン目掛けてそれは落ちてきた。


「誰かがその手を取らねば、動くことすらしないだろうお前に!」


 その言葉はヘレンの心に圧し掛かる。かつては勇者ジェイソンに、そして今はイズルが手を取らなければ、今の自分はここには無かっただろう。或いは今は亡き幼馴染のリヒャルトもそうだった。


「今この場に私がいるのは」


 身体を地面に沈みこめるように構え、迫りくる焔に対して刃を振りあげる。暴風を巻き起こし、熱風が森に広がり、辺り一面を炎の海へと変貌させた。


「私がそうしたいから」


 きっかけは誰かが手を引いたからだろう。だが、今この瞬間、ヘレンは自らの意志でここに立っている。ソルを止めるべく、コレットを悲しませない為に。そしてイズルを助ける為に。


「その程度の小さな意志で、我が使命を止められるとでも思ったか」


 爆炎を切り裂き、双剣から放たれた幾つもの衝撃波がヘレンに向かう。柄を伸ばし、遠心力のままに大斧を振るい、相殺する。


「思いに大きいも小さいもない――!」


 イズルの声がヘレンに届く。浮遊する剣が2本、叩き折られて大地に突き刺さっていた。彼に付いていくと決めた時はこんな戦いになるとは思いも寄らなかった。同じ人間――それも一国の王子を止める為に戦うなどとは。けれど彼女に後悔はない。


 ヘレンは跳躍して懐に飛び込むと同時に、大斧を構え、くるっと回転すると同時に腕を伸ばした。双剣がソルの手から叩き落とされ、追い込まれるも、王子は宙に手を伸ばした。その腕の周囲を羊皮紙が舞い、闇が濁流のように周囲へと広がり、周囲に倒れている魔法使いへと流れ込んだ。


「それが儚き夢幻であると知るがいい――!!」


 これまで言葉のみで発動させていたエクリプスの魔法だったが、ソルは高い魔力を行使して、強引に意識を奪い取り、意のままに操ろうとしていた。魔道部隊にはコレットの加護は無く、抗う術はない。魔法使い達はヘレンへ杖を向け、隊長のエメリナも抵抗しきれず、イズルへ炎の魔法を放とうとしていた。


「ヘレン!?」


「イズル……!」


 ヘレンは、エクリプスの魔法への対抗手段として、ソルが盛っているであろう魔導書の破壊を考えていた。だが、それらしきものはどこにも無かった。


 魔導書さえ破壊すれば魔法は行使できなくなる。だが、それをソル本人は今この場に持っていない。魔法の羊皮紙を媒体とし、魔導書その物はここではないどこかにあるのだろう。


 イズルを焼き尽くさんとする炎が、術者の意志に関係なく膨れ上がる。エメリナは必死に抗おうとしていたが、無駄だった。


「す、まん――うらむ、な、よ」


 しかし、火球が放たれることは無かった。ヘレンを取り囲んでいた魔法使い達は糸が切れた人形のようにバタバタと倒れ、魔法の羊皮紙が独りでに燃え上がり炭と消える。


「馬鹿なっ――本書が破壊されただと……コレット!?」


 王子が宙を仰ぐと、空に一筋の光が尾を引いた。姿が見えるよりも前に、ヘレンはその温かい光が誰なのかに気づいた。


 聖旗をはためかせ、星々の輝きを纏い、星の乙女は降る。



「王子――ソル、もう止めましょう」

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