ⅩⅢ 陰謀の闇に眠る

「んぁ……」


 血の匂いの不快感にヘレンの意識が戻る。周囲で多くの魔物の腕やら足やらが散らばり、体や頭が転がっていた。血だらけの大地を作り出したのは自分自身。


 周囲では兵士達が駆け抜け、魔物目掛けて突撃を敢行していた。その戦いぶりは昨日の比ではない。その眼は敵を求めて飢え、口々に何かぶつぶつと呟いている。味方が殺され、自身が傷を負おうが彼らは怯まずに向かっていく。


 そのあまりに人間らしくない動きにヘレンは眉を潜める。故郷を散々魔族に蹂躙された経験――その中で多くの死を見てきた彼女は、自分の命を無駄にする行動を何よりも嫌う。 

 

 眠気が未だ残る中、ヘレンは前線の兵士を救うべく突貫、大斧(ハルバード)を右手に、戦斧(サマリー)を左手に持ち、左右から斬撃を繰り出し、迫りくる魔物(モンスター)を薙ぎ払う。だが、味方の兵士達はその隙に引く事無く、どんどん前へ前へと出て行ってしまう。ヘレンはそれを追って更に前へ出る。


 魔狼(マーナガルム)に跨ったゴブリンやスケルトンが馬上槍を手に突っ込んでくる。正面から来たスケルトンの突撃をヘレンは脚を軸にして回転し、返す手でハルバードの刃の裏側にある鍵爪を首に引っ掛けて、地面に叩き落とす。間髪入れずにハルバードの天辺に付いている槍状の刃を頭に突き立てて無力化した。


 続けて突っ込んできたゴブリンを真っ向から大斧(ハルバード)の刃で持っていた武器ごと両断、戦斧(サマリー)で跨っていた魔狼(マーナガルム)の頭を頭蓋ごと叩き斬る。荒れ狂う嵐のように、ヘレンは縦横無尽に飛び回り、その度に血飛沫が雨のように大地に降り注いだ。


 それでも兵達の進軍は止まらない。


 逃げる隙を作った。味方を助け出す猶予を与えた。だが、立ち止まることすらしない。ヘレンは違和感を覚えるだけの余裕すらなかった。


 かつて故郷のレムノスの森で多くの男達が命を落とした戦いが頭の中に鮮明に思い起こされ、心がざわついていたからだ。


 更に迫ってきていた魔物(モンスター)を黒い雷撃が薙ぎ払い、ようやくヘレンは我に返った。ア・シュラ・シュバリエの騎馬が、彼女を追い越し馬上から短槍を構えて突撃していく。通常、騎兵槍は長大な柄の長さを活かした攻撃を行う。彼の持つ短槍――サンダーランスは、魔法によって鍛えられており、雷撃によって騎兵槍以上のリーチで敵を穿つことが可能となっている。『黒龍一閃』と称されるその『武術』でもって彼は騎士団長にまでのし上がった。


 周囲の騎士が長大な柄を持つ騎兵槍(ランス)を始め、長剣(ロングソード)騎兵斧(バトルアックス)等、各々の得物で魔物(モンスター)を薙ぎ払っていく。


 その熟練した動きは、周囲の歩兵とは一線を画していた。


「何をそんなに必死になっているんだい? ヘレン・ワーグナー」


 馬上からア・シュラが尋ねた。ヘレンは無言で騎士団長を見つめ返した。兜の間から覗くその瞳は涼し気で、我が身を顧みずに向かっていく雑兵には見向きもしない。


「へぇ、まさかあんな動きできるなんてなぁ」


 と、同じく黒い甲冑に身を包んだ騎兵が声を掛けてくる。兜で目元しか見えないが、確かロランとかいうア・シュラの腰巾着みたいな人だった筈――と、ヘレンは失礼な思い出し方をする。


「寝てばっかの役立たずかと思いきや、少しはやるじゃねぇか」


 下卑た笑い声を聞いてもヘレンは動じなかった。いつもの無表情に影が落ちる。


「皆、何かがおかしいー……気がするんだけど。まるで何かに操られてるみたいに戦って――」


 ヘレンの言葉にア・シュラが息を呑み、対してロランは舌打ちする。


「――お前、もしかして効いてないのか?」


 その言葉の真意を測りかね、ヘレンは怪訝に首をかしげる。


「効いてないって何のこと――」


 大斧が落ちて、激しい金属音が鳴り響く。唐突な脱力感に、意識が薄れて膝を突いた。いつもの眠りの呪いとも違う感覚。


「問題ありませんよ、目が覚めたら、『エクリプス』を殿下に掛けて貰えば良いのですから」


 聖職者らしい男が騎士団長の後ろにいるのが、視界の隅に見えた。意識を強制的に奪う魔法か何かを掛けられた。完全に油断していたヘレンは防ぐことも回避も出来ず、気力だけで抗う。


 空が急に暗くなり、彼方から幾つもの光が尾を引きながら落ちてくる。それは森へと落ちて、魔物の群れを丸ごと呑み込み、浄化していった。

「星の魔法」――それがコレットの魔法であるとイズルから聞いていた。


 聖職者風の男はヘレンに掛けている魔法を更に強めながら、ア・シュラに報告する。


「団長、国王陛下の部隊が敵陣への突貫を敢行したとの事ですよ」


「そうか――これで……」


 言いかけて、未だにヘレンが意識を保っていることに気づきア・シュラは口をつぐむ。


「団長――この者、対人失神の魔法では気を失いませぬ故……」


 予想外の粘りを見せられ聖職者風の男は戸惑っていた。対してア・シュラはますます好意を抱いたようで、馬から降りてヘレンに目線を合わせるように片膝を突き、その頬をそっと撫でた。


「生身でこれ程の耐性とは驚愕に値する、君は本当に面白い――だが」


 体内を電流が駆け抜け、全身を焼かれるような痛みに襲われ、ヘレンの意識と関係なく背筋がぴんと伸びる。


「手荒な真似を許してくれ――これも、殿下の為、あの方の理想実現の為」


僅かに残っていた意識が薄れていく中、ア・シュラの声が頭に反響していた。



――その後、アストレア村は王国軍によって解放されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る