第14話 魔女の視線①

 馬車の中、セレーナは窓の外を見つめながら考え事をしていた。


 バイオレット・グレイスフィールドとの会談に向かう途中だ。街並みが徐々に変わり、グレイスフィールド邸が近づいてくる。


 隣に座るアリサが、心なしかそわそわしているのが視界に入った。彼女はしばらく口を噤んでいたが、何かを言いたそうな表情を浮かべている。セレーナは気づかぬふりをしていたが、やがてアリサは耐えきれなくなったのか、ぽつりと声を出した。


「あの……セレーナ様……最近、以前とすごく違いますよね」


「どう違うのかしら?」セレーナは微笑んで聞き返した。


「その……なんていうか、以前は他人に興味は無いって感じでしたけど……。最近は良く人を観察されているような……なにか、理由があるんですか?」


(この子は、ぼーっとしてるようで案外鋭いのよね)


 セレーナは軽く微笑み、アリサに視線を移した。


「私はね、魔女の目をもってるの。この目で見ればどんな人なのか分かってしまの」


「え?またまたご冗談を!」


「……じゃあ、ちょっと当ててみましょうか。アリサ、あなた、北方の農村部、それも山岳地帯の出身でしょう?」


 アリサは驚いて目を見開いた。


「えっ……!? はい、そうですけど……どうしてそれを……?」


 セレーナは肩をすくめ、当たり前のように答えた。


「簡単よ。あなたの歩き方を見ればわかる。足をしっかり踏みしめて歩くから、山の多い地域で育ったんだなってすぐに感じたの。それに、手の荒れ具合。北は寒いから肌も乾燥しがちよね。農作業もしていたでしょう?その手の感じからも見て取れるわ」


 アリサは自分の手を眺め、しばらく言葉を失っていたが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「それに、あなたがよく袖口を気にする仕草。これは、昔、安物の衣服を着ていた頃、袖が破れていないか気にしていた名残り。つまり、生活が苦しかった証拠ね。だからおそらく……村の教会で働いていたのでしょ?」


 アリサは、ますます驚いた様子で口をあんぐりと開けた。


「……すごい! その通りです、セレーナ様……でも、どうしてそんなことまで……」


 セレーナは軽くため息をつき、楽しそうにアリサに向かって微笑んだ。


「あなたの礼儀作法よ。農村部の出身なのに規律正しいお辞儀の仕方や、祈りの時に見られる動作が自然に出るから。教会での仕事は厳しいものだから、姿勢にも細かく指導が入るでしょ。あなたの立ち振る舞いを見る限り、教会で長く働いていた人の特徴が出ているわ」


 アリサは驚きながらも、純粋な好奇心に目を輝かせた。


「わあ……セレーナ様って、本物の魔女みたいですね!」


 その言葉に、セレーナはクスリと笑った。


(悪役令嬢から魔女に出世ね……結局どちらも最後には狩られる運命だけど)


「違うわよ。ただ、人を観察するのが得意なだけ」


 馬車が揺れながらゆっくりと進む。セレーナはアリサとのやりとりの余韻を残しつつ、ふと窓の外に視線を移した。


(バイオレット・グレイスフィールド……)


 セレーナはバイオレットの名を心の中で繰り返しながら、昨夜の舞踏会での出来事を思い出していた。バイオレットがアルトに見せたわずかな未練、それは普通の目には見逃されるほどの微細な感情だったが、セレーナにははっきりと見えた。


(彼女はまだアルトを愛している。でも、アルトは……)

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