第4話 愛を語り偽りを繕う

 アルトは取り繕うように、無理やり笑顔を取り戻そうとした。しかし、その笑みはどこかぎこちなく、セレーナには彼の焦りが明確に映っていた。


 彼女はすぐにその表情を見逃すことなく、優雅にカップを手に取り、ゆっくりと紅茶を一口含む。


 優美な仕草の中に、隙など微塵も感じさせない。まるでこの状況すらも彼女の計画通りであるかのように——。


「そうね、アリサ。大きなお屋敷だと確かに準備に手間がかかるわね。でも、アルト様ならきっと素晴らしいものを見せてくれるでしょう?」


 セレーナはアリサの意見に同調し、アルトに対する期待をさらに高めた。彼女の冷静な笑みは、一見したところ全く疑念を抱いていないように見える。


 だが、その裏で彼女は確実に彼を追い詰めていた。


「え、ええ……もちろんだとも。僕は完璧な状態で迎える主義でね……君が満足出来るようにしっかり準備したいんだ」


 アルトは言葉を選びながら答えるが、セレーナは彼の動揺を見逃さない。彼が隠しきれない焦りは、次第に表情に浮かび上がっていた。


 そこで、セレーナはさらに一手を打つ。


「では、アルト様。せっかくですから、私のメイド、アリサにもお手伝いさせてもらえませんか? 彼女はとても器用ですし、きっと準備が捗ると思いますわ」


 アリサは目を丸くして驚いたが、褒められた事に感激しているようで顔を真っ赤にしている。


 そしてセレーナの表情は微笑みのままだ。

 アルトは、一瞬驚愕の表情を浮かべた。


「そ、そうかい?……いや、でも、それは……」


「遠慮なさらないで。アリサは本当に有能で、きっとお役に立つはずよ。そうよね、アリサ?」


 セレーナがアリサに振ると、彼女は急に背筋を伸ばし、慌てて頷いた。


「は、はい! お嬢様がそうおっしゃるなら、このアリサ、メイドの誇りにかけて精一杯お手伝いします!」


 セレーナは心の中で笑みを浮かべた。アリサは何も考えずに無邪気に頷いているが、その行動がアルトをさらに追い詰める効果を発揮していることは確かだ。


 もしアルトが本当に隠し事をしているなら、彼がアリサを受け入れるわけがない。


「あら、アリサ頼もしいわね。将来はアルト様のメイドにもなるのですから、遠慮は要らないですわ」


 アルトは明らかに困惑し、言葉を失っていた。彼の目が左右に泳ぎ、汗が額ににじむ。無邪気なアリサの純粋な申し出が、彼にとっては最も厄介なものに変わっていた。


(あらら彼、もう限界が見えてる。でも、ちょっと脆過ぎるわね……なんだろうこの違和感、背後で誰かが手を引いてる?)


「ちょっと、戻ってから家の者達と相談してみるよ……返事はその後でもよいかな?」


「そうなのですね。では、いつでもお知らせください。私は楽しみにしていますわ」

(ここで追い詰めすぎず、もう少しこの軽薄男を泳がせて……裏に何が潜んでいるのか、透かしてみようか)


 アルトは笑顔を取り戻し、何とか体勢を整えようとするが、内心では焦り始めていた。セレーナの無邪気な顔の裏に、何かしらの冷静さを感じ始めていたのだ。


「もちろんだよ。君に失礼がないように。完璧な状態で君を迎えるためにも、少し時間を頂くよ。」

(おかしいな……もっと簡単に落とせると思っていたのに……今日のセレーナは、とても聡明な女に見える)


 アルトの自信が少しずつ揺らいでいるのをセレーナは感じていた。彼は、まだセレーナを手中に収めたと思っているが、どこかで違和感を覚え始めているだろう。


「アルト様、今日は少しお疲れなのでは?」


 セレーナは微笑みを絶やさず、甘い声で問いかける。


「え?いや疲れてなんて、君と話す時間はまるで夢の中にいるようだから、惚けてしまったのかな」

(この女、何を考えているんだ……。俺の魅力に夢中になってるはずなのに。そもそも世間知らずの令嬢だ、俺を試そうなんて、できるわけがない)


 アルトは内心で自分を鼓舞しながら、再び落ち着きを取り戻そうとする。


 セレーナはカップをゆっくりとテーブルに置き、彼の目をじっと見つめる。彼女の瞳には一切の疑念がなく、ただ優雅な微笑みが浮かんでいるだけだった。


 だが、その背後には、アルトを見透かすような冷静な判断力が隠されていた。


「では、アルト様。また近いうちにお話しましょうね。楽しみにしていますわ」


「あ、ああ、愛しのセレーナ。今日はこれで失礼するよ」


 するとセレーナは立ち上がり、優雅に挨拶をしてその場を後にした。アルトは、その背中を見送りながら、内心は乱れていた。


 今までの経験からも、相手が自分に夢中になることに疑いの余地はなかったからだ。


 ——だが、セレーナの無邪気な微笑みの裏にある知性と、瞳の奥に宿る冷静さ。彼女が自分を探るように見つめてくるたび、その確信が揺らいでいくのを感じた。


 そして、自分がセレーナの得体の知れない魅力に、引き込まれていることに気づき始めていた。

(なんだ?この気持ちは、セレーナって……こんないい女だったか?俺はどうしちまったんだ)


 そんなアルトの困惑を他所に、セレーナは内心で冷笑しつつ、次の手を考えていた。


(さあ、次はどう出る?アルト、それとも背後にいる誰か?どちらにせよ、もう少し楽しませてもらうわ)

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