婚期を逃した婚活カウンセラーの私が政略結婚で没落寸前の悪役令嬢に転生しちゃた物語

月亭脱兎

プロローグ

 婚活業界——それは、まさに戦場だ。


 表の面では、愛を求める人と人を結びつける場所。

 しかし、その裏には打算や計算が渦巻いている。


 結婚カウンセラー佐藤真奈美は、それを誰よりも理解していた。


「もう、誰も信じられないわ」


 結婚相談所を経営する真奈美は、数々のカップルを成立させてきた。

 天才カウンセラーと称される彼女の手腕は業界でも名高く、彼女の相談所は今や2年先まで予約待ちの人気だった。雑誌やテレビに取り上げられるほど成功を収めているが、華やかな表舞台の陰で、彼女が見てきたのは冷徹な現実だった。


「贅沢は言いません。でもあえて言うなら……」


 相談者のこんな言葉を何度も聞いてきた。


 その『あえて』には、己の身の丈や状況と釣り合わない容姿、年齢、年収、実家、資産といった『打算』と『欲望』が多分に含まれていた。


 結婚とは本来、愛によるものだと信じたかった。だが、現実は違った。

 真奈美はその言葉を聞くたびに、心のどこかが冷えていくのを感じていた。


 結局仕事を通じて見えてきたのは、人々が互いの欠点を隠し、条件の合致を計算する無機質な交渉だった。


 そのうえ、自分自身の婚期は遠のくばかり。結婚を「商品」として捉え、冷静にビジネスを進めるほど、異性を信じられなくなっていた。


「自分の感情に正直に生きる人間なんて、この世にはいないのかもしれない」


 そう考えるようになってから、恋愛なんてものは馬鹿らしくて、自分には関係のないものだと思うようになった。


 だが、それでも時折、孤独が胸を刺す。

 仕事ではこれ以上ないほど大成功しているのに、心の中にはぽっかりと穴が開いている。


 そんな夜、彼女は一人、ワインを片手にぼんやりと考えていた。


「何が天才カウンセラーよ……自分のことすらままならないのに」


 その疑念が胸に浮かびながらも、次の日も仕事に追われる日々だった。


 そんなある日、彼女の元に一人の男性客が訪れる。


 彼は真奈美の手によって婚約者を見つけたが、結婚寸前で破談に至った人物だった。


 逆恨みともいえる言いがかりをつけられ、激しい言葉を浴びせられる。


「お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ! あんな女、結婚相手として紹介するなんてどうかしてる!」


 冷静に対応しようとしたが、彼の怒りは収まらなかった。真奈美は顧客を失うことよりも、彼が一線を越える危険を感じていた。


「もうお引き取りください」


 そう言って強引に話を終わらせたが、その出来事がすべての始まりだった。


 数日後、仕事帰りに遅くなった真奈美は、夜の街中でその男に再び遭遇する。彼の目には、常軌を逸した光が宿っていた。


「お前みたいな悪徳コンサルタントは、消えた方が世の中のためになる」


 そう言うや否や、男は彼女を道路へと突き飛ばした。

 全身が宙に浮く感覚。真奈美の心臓が激しく鼓動し、車のヘッドライトが間近に迫る。


 恐怖が一瞬にして彼女を包み込んだ。


「これで、終わり……? 私の人生って、何だったの……」


 その瞬間、彼女の視界は暗転し、すべてが消え去った。


 かに、思えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る