魔王の娘
秋草
第0章 魔王の娘とその旅の始まり
プロローグ
何故奪っていく?
何故笑っている?
血が噴き出し、涙を流し、許しを請うモノを何故執拗に攻撃するのか。
「また一体撃破~。これで、賭けは俺が一歩リードだな」
「は? ざけんなし、まだまだこっからっしょ」
そこは、この世の悪意を煮詰めたような場所だった。
数年、数十年積み重ねてきた命が、一振りで消えていく。慈悲もなく、そこにあるのはただの快楽による殺戮。
逃げるモノ、隠れるモノ、戦意のないモノ。
それらを無差別に破壊しつくして、人間たちが我が物顔で闊歩する。まるで庭園でも散策するかのようにぞろぞろと歩くその様は、滑稽で、しかし恐怖以外の何物でもなかった。
破壊による破壊。
暴力による暴力。
知性の欠片も感じられない、人の姿を模した化け物。
醜悪で、邪悪。
魔のモノよりも歪な異形たちが、そこにはいた。
「よくもやってくれたな、勇者ども。魔王城に入ったこと、配下を鏖にしたこと。そしてこの魔王に挑んだことを後悔させてやろう」
荘厳な声が響く。しかし、多分に隠し切れない憐憫が含まれている。
ここは魔王城。
そして、勇者連合軍の前に現れた巨体は、魔獣を統べる王。
人間が魔王と呼んでいる存在だ。
「アンタが魔王か。実は俺たち勇者はさ、賭けをしててよ。魔王を殺したやつが賭けの金を総取りできるんだわ」
「……愚かな。命を、生命をまるで理解していない」
「こっちは世界中から依頼されて来てんだよ。そういう説教は、各国のお偉いさんに言ってくんねえ?」
「……最早言葉による説得も無理か。ならば仕方ない……、少し痛い目を見てもらう」
その魔王の声が、戦闘開始の合図となった。
魔王と勇者たちの戦いは熾烈を極めた。
炎はうねり、水は猛る。
雷は荒れ狂い、暴風が破壊をもたらす。
空間は破れ、時は狂い、天地は揺らめいて。
そうして。
三日三晩続いた戦いは、魔王が自ら首を切り終わりを迎えた。
これが魔王軍討伐記として、人間たちの間で語り継がれることとなる。
そして勇者たちはそれぞれの依頼元へと戻り、多大な功績を讃えられて悠々自適な暮らしを送るモノもいれば、王となるモノまで現れた。
世界が、魔のモノを殺す。
人間の偉業を担ぎ上げ、脳から魔の存在を消し去ろうとしていく。
何も、残らない。
魔獣の残党は当然のように狩られていき、その数を減らす。
魔王城は既に廃墟と化し、新たな生命も生まれない土地となった。
やがて十年の月日が流れて、魔王という存在を誰もが忘却した。その脅威を、その行いを、その記憶を。
時間が、ゆっくりとすり潰すように薄めていく。
魔王は滅ぼされた。歴史となったその事実は世界中を漂い、根付き、おとぎ話となり果てる。
しかし、忘却に抗うモノもいた。
誰よりも近くで見ていて。誰よりも魔王を想っていて。誰よりも助けたかった。
忘れられるわけがない。忘れていいわけがない。例え世界中が忘れようとも、自分だけは憶えていなければならない。
その思い出、その背中、その顔、その魔術、その声。
今は、胸の内に秘めておこう。
そうして、誰も彼もが王の存在を忘れていく中。
魔王の意思は受け継がれる。
ただ一人の、娘へと――
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