料理しか能がないと言われてフラれたアラサーOLの私が、偶然出会った駆け出し俳優の年下男子のためにごはんを作り始める話
水卜みう🐤3/10青春リライト発売
第1話 恋のウーバーイーツ
「――お前、メシ作る以外は全然ダメなんだな」
元彼にそんなことを言われた私は、ハハハと愛想笑いをしていたと思う。他人事みたいな感想になっているのは、自分を押し殺してしまっていたからだろう。
でも実際のところ、そんなに頭も良くないし、仕事だってできるわけじゃないし、可愛いとか美人だとかいう類の人間でもない。
ちょっときつい口調だったかもしれないけれど、彼のいうことは事実で間違いないのだ。だから私は反論なんてする気も起きなかった。
まあでも、そんな言葉を少しずつ毎日浴びる生活がだんだん辛くなってきたことは事実。
どこかで別れを切り出したほうが良いのかなとぼんやり考えているうちに、彼の方から私を振ってきた。
別れ際にひどいことをたくさん言われた気がする。けれども、ほとんど覚えていない。
いちいち聞いていたら辛くなってしまう。彼の言っていることは事実で、おそらくすべて正しいから。
根本的に私じゃ彼と釣り合わない。最初からこの恋愛が成就する見込みなんてなかったんだ。
独り身に戻るのはなんとなく不安だ。でももう、こんな惨めな思いをしなくて済む。
これからは地味で平穏に、慎ましく生きていければそれでいい。
もう恋愛なんてゴメンだ。と、私は元彼の言葉を聞き流しながらそんなことを思った。
※※※
趣味は料理を作ること、それを食べること。たまに映画を観ること。
私のプロフィールを書き出せと言われたら、この二行くらいで事足りてしまう。それくらいどこにでもいるような、普通のOL。
そんな平凡な私だけれども、ちょっと前まで一緒に住んでいた同い年の彼氏がいた。上場企業勤めのサラリーマン。仕事熱心でエリート。
人当たりも良かった彼。でも、私がつまらない人間だったおかげで愛想を尽かされてしまった。
そういうわけで同棲していた部屋を引き払い、私は都心からやや離れた郊外にある小さな部屋を借りて一人暮らしをすることにした。
ワンルームで風呂とトイレは別。ちょっと狭いのでここにするか悩んだのだけれども、キッチン周りがしっかりしているのと大きなスーパーが近くにあることが決め手となり住み始めた。
オートロックまではついていないけれど、画面付きのインターホンがあるのでそれなりに安心感がある。
通勤時間も以前より長くなるけど乗り換えがいらないので問題はない。給料が高くない分、家賃が安く収まったので助かった。
今までのことを忘れて一から再スタートを切るには申し分ない環境だった。
これからはマイペースに生きていこう。それくらいが私にとってちょうどいいのだ。
新しい部屋に住み始めて二ヶ月くらいが経った。
最初は通勤時間の長さに苦労したけれども、電車で座れるポジションやタイミングがわかってきたおかげですぐに適応できた。睡眠をとったり、本を読んだり、料理のレシピサイトを眺めたり、意外と充実している。
早起きも大変なのかなと思っていたけれど、よく考えたら以前は多忙な元彼の朝ご飯を作っていたからそんなの慣れっこだ。というより、自分の分だけ用意すれば良くなったので、むしろ朝の時間には余裕ができたくらいだ。一人暮らし様々という感じ。
休日はサブスクで映画でも観ながらのんびり過ごす事が多い。
今日も今日とてテレビを付け、再生ボタンを押して観たかった映画の世界にのめり込む。
百万部売れたという恋愛小説が原作のその映画は、今の自分にはちょっと眩しく見えた。
こんな風にドラマチックな出会い方で素敵な人と過ごせたならば、どれほど人生が輝いただろうか。
まあ自分には到底無理だなと思いながら、私は買ったばかりの液晶テレビを眺めるだけ。
結局、これくらいの生活が私にはちょうどいい。
正午を少し回ったところだった。
ちょうど映画を一本観終えたので、お昼ごはんを作ろうと立ち上がった。
するとその刹那、滅多に鳴ることのない部屋のインターホンが鳴る。
「はーい、どちら様?」
私はインターホンの通話ボタンを押す。
画面の向こうには、大きな箱型のリュックを背負った男の人。スポーティな格好と自転車用のヘルメットを被っているあたり、フードデリバリーの配達員だろう。
基本的に自炊をするのが当たり前……というか料理自体が趣味な私にとって、フードデリバリーというものは全く縁がない。
呼んだはずもないのにインターホンを鳴らされるなんて一体どういうことだろうと私は首をかしげる。
『……
「い、いえ、山村さんはお隣の方です」
『……す、みません、……間違えました』
疑問の答えは簡単。どうやら配達員さんは隣の人と間違えてインターホンを押してしまったらしい。
画面越しの彼はカメラに軽く会釈をして隣の部屋へ向かった。
その姿に私は少し不安な気持ちを感じてしまった。
隣の部屋へ向かう彼の足取りが、なんだかとてもよろよろとしていたのだ。
おまけに、さっきスピーカーから聞こえてきた声も随分苦しそうだった。
そういえば今日は猛暑日を記録する暑さになると天気予報で言っていたのを思い出す。
炎天下の中自転車を漕いで配達するとなれば、必然的に体力を消耗する。下手をすれば脱水症状とか、熱中症という事態になりかねない。
もしかしたら彼はかなり消耗しているかも。
そんなことを考えていると、ドスンという何かが倒れるような音が聞こえてきた。
急に心配になった私は、勢いよく玄関のドアを開ける。
嫌な予感が的中した。
そこには、先ほどインターホンを押してきた配達員の彼が倒れていた。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
私は彼のもとへ近寄り、肩を叩いて意識を確認する。
「……だ、大丈夫っす、ちょっとフラっと来ただけなんで……問題ないっす」
「問題なくないでしょ! 顔真っ赤だよ、このまま配達続けたら死んじゃうから!」
配達員の彼には幸い意識があったが、顔が真っ赤で視線はどこか遠くを見ている。フラフラもいいところ。
ふと私は思いつきで彼の手の爪をギュッと押し込んでみる。
押し込んだ部分が黄色くなるのだが、これが平常時だとすぐにもとの赤い色に戻るのだ。
しかし今の彼の爪を押し込んでも、もとの赤い色に戻るまで時間がかかる。これはすなわち、熱中症になっているサインだ。
「立てる? 多分今の君は熱中症だよ、涼しいところで休んで水分補給しなきゃダメだよ」
「……はい」
なんとか立ち上がった彼に肩を貸しながら、私は涼しい場所――自分の部屋へと連れ込んだ。
とにかく一刻も早く水分補給をさせなければ命の危険がある。
このときの私は人命救助に夢中になっていて、見ず知らずの男の人を自分の部屋に招き入れているということに全く気づいていなかった。
まさかこれが、運命の出逢いになるなんて――
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