第28話
レラ国の歩兵軍が撤退し、戦争が回避されたあの日から、三か月が経った。
レラ国のルタ国王は、あれから間もなく王位から引きずり降ろされた。あの日踵を返した多勢の歩兵軍が、そのままクーデターを起こしたのだという。
新しく即位したのは、なんと民衆の中から選挙で選ばれた王だ。心優しい有能な指導者で、ルタ国王が軍事力ばかりに注いでいた資源を、国中にいきわたるように早急に整備した。もう、貧しさに喘ぐ民はあの国にいない。
今、ショルカとフィレーヒアは、新しい王の即位のお祝いのために、レラ国へ向かう馬車に揺られている。
「それにしても、魔法というのは凄いものだなあ、フィレーヒア。本当に世界を変えてしまうんだな」
「・・・」
「まあ、クーデターが起きるというのは、魔法にしては少々血なまぐさい気もするが」
「・・・ショルカ」
二人きりの馬車の中で、フィレーヒアがばつの悪そうな顔をして王の名を呼んだ。
「言わなきゃいけない、ことがある」
「なんだ?」
「魔法使いが魔法で願いを叶えるときというのは、一瞬だが、肌が金色に輝くんだ」
美しい魔法使いが、ショルカの目を見つめながら言う。
「へえ、そういうものなのか」
「思い出してくれ。あのとき、私は光ったか?」
「お前はいつも光ってるぞ、美しいフィレーヒア。セックスのときとか特に」
「真面目な話だ」
フィレーヒア呆れたような顔をされて、王はあの日のことを思い出す。
「いや・・・肌が金色に光ったのは、見てないな」
「だろう。だから、私はあの日、魔法を使えてないんだよ」
ショルカは驚いた表情を浮かべる。
「じゃあなんで、急に戦争が回避されたんだ。すぐ近くまで行進していた歩兵軍が、帰っていたのはどうしてだ」
「彼らは、魔法に支配されたんじゃなく、自分自身の意思で撤退したんだ。繰り返し物資を贈ってくれた、暴動で側近を殺しても贈り続けてくれた国を、攻撃することなどできなかったから」
馬車の窓から、レラ国の城が見えた。もうすぐ、馬車は到着する。
「私の魔法が世界を変えたんじゃない。ショルカの優しさが届いたんだ」
フィレーヒアにそう言われ、王は照れて顔を赤らめた。そして、赤面したままぽつりと小さな声で言う。
「・・・私も、言わなきゃいけないことがある」
「一体何だ?」
「お前、私の願いをなかなか叶えられないと、嘆いてたことがあったろう」
「ああ、今も嘆いてるよ。こんなに愛しているのに、ショルカの願いをなぜか叶えられない。あんなに、強く願ってもらったときでさえ」
ふと、馬車が止まった。目的地に到着したのだ。
「・・・多分、もうすでに叶えてもらってるんだと思う。夜寝てて気づかない間とかに、きっともうお前は光り終えてるよ」
「馬鹿言うな。もの凄く強く、願わなきゃ叶わないんだぞ。そんな簡単じゃないんだ」
御者が馬車の扉を開く。曖昧に笑って、ショルカは外の景色を眺める。
レラ国の城の玄関の前で、豊かな髭を蓄えた優しそうな新王が、二人を迎えるために待っていた。長旅に体が痺れたフィレーヒアが、よろけながら先に馬車を降りていく。
帰れない森と同じ色を体に宿した、最愛の華。
あなたの孤独に寄り添うために、私は孤独を知っていたのだと思う。
出会ってから、私はいつも願っていた。
この美しい魔法使いに、ずっとそばにいてほしい、と。
帰れない森へ捧ぐ 佐藤ビル @kogemaru1010
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