第9話
夕食も、王の部屋に二人分用意された。美しい華は、昼食の時と同じように、ショルカの向かいの席に座っている。温かな湯気越しに見える彼の姿に、ショルカは思う。これが毎日の習慣になればいいな、と。
「今回は、スープも飲んでみると良い。体が温まる」
ショルカに促され、彼の大きな瞳がスープの皿を捉えた。侍女がスプーンを手渡してくれる。
不意に、スプーンを受け取った彼とショルカの目が合った。若き王は視線を逸らさず、笑いかける。美しい華は唇を結び、目を伏せた。透けるように白い肌がほんの少し色づいたように、ショルカには見えた。
「わたしはこの味が大好きだ。お前の口にも合うとよいが」
ショルカの言葉を聞きながら、彼はスプーンでそっとスープをかき回した。口に運ぶ寸前で手を止め、正面に座る王を見据える。呟くように小さな声が、桃色の唇から発せられた。
「・・・もし、美味しかったら・・・」
ゆっくり紡がれる言葉を、ショルカは待つ。
「私の名前を、教えてもいい」
最後まで聞いて、優しい王は声を上げて笑う。魔法使いはその美しい顔に幾分照れた色を浮かべ、スープを口に含んだ。丁寧に味わい、時間をかけて飲み込む。
その時だった。ノックも無しに部屋のドアが開き、よく知っている声がショルカを呼んだ。
「食事中に申し訳ありません。急いで、承認を貰いたいことが」
男にしては高めの、さえずるような響き。急いだ様子で、アムアが部屋に入ってきた。ふと、普段より賑やかな食卓が目に入り、驚いた表情を見せる。隣国からの贈り物がこの部屋にいるのは予想していなかったアムアは、彼の姿を認めると幾分気まずそうな顔になった。
「アムア、ちょうどよかった。まだちゃんと紹介していないよな。レラ国から来てくれた魔法使いだ。少しは元気そうになっただろう」
食卓の席に座ったままこちらの様子を窺っている彼を示し、笑顔で紹介するショルカ。ぼろぼろの姿しか見たことがなかった「崩落の華」の顔ををまじまじと眺め、アムアは驚く。華と謳われるくらいだから美しいのだろうとは思っていたが、これほどとは。息づいていることが信じられない。彫刻とて、ここまでの姿に仕上げることができるだろうか。
「初めまして・・・ではないか。あなたは覚えていないだろうが、広間で一度見ている。側近のアムアだ、よろしく」
殊勝な態度で挨拶したアムアを、彼は大きな瞳でじっと見据える。その視線に、アムアはどこか挑戦的な色を感じ取った。気のせいだろうか、と目を逸らした女顔の側近を、魔法使いはなおも見つめ続ける。
「いいタイミングで来てくれた。今、名を教えてもらうところなんだ」
華の様子が変化したことに気づかぬショルカは、嬉しそうにアムアに言う。
その言葉を聞いた途端、急に美しい華は立ち上がり、昼食の時と同じように侍女に目配せする。王の方を一瞬たりとも見ることなく、背を向けてドアの方へ歩を進めた。
驚いたショルカが、彼の背中に声をかける。
「一体どうしたんだ。スープ、口に合わなかったのか」
ドアのハンドルに手をかけていた細い体は、その言葉を聞いて動きを止めた。振り返ることなく、不愛想な声で返事をする。
「・・・美味しかった。とても」
そして、ためらう素振りも見せず、そのまま部屋を出て行った。
残されたショルカは、あっけにとられて言葉も出ない。なぜ、不機嫌になったんだ。昼食の時も、今も。考えてもわからず、頭を抱えた。
「・・・あまり、気になさらないで大丈夫ですよ。あの方は、陛下のことを嫌っているわけじゃありませんから」
気の毒そうに告げる侍女に、ショルカは曖昧に頷いてみせた。気を使った上での、慰めじゃないのか、それは。そう思いながら艶やかな黒髪をかきあげ、溜息をついた。
勘の鋭い側近には、あの美しい魔法使いの気持ちに見当がついていた。食卓に着いたまま肩を落とす王に、言葉をかける。
「彼は嫌ってないですよ。むしろ・・・」
むしろ何なのかがショルカにはとても気になるのに、アムアはその続きを話してくれなかった。
あの美しい魔法使いはアムア相手にやきもちを焼いているなんて、鈍感な王は知る由もない。まああれだけわかりやすい相手なら、遠からず気づくだろう―――多分。側近と侍女は、疎い王を困ったように眺め、気づかれないように微笑んだ。
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