俺には感情が無い

ぽぽ

無の内面

 俺には感情が無い。

 そう言うと、大体の人は厨二病だと思う、らしい。

 らしいというのは、俺がそう思ったことはないからである。

 俺以外に感情が無いと言う人間がいた時、俺は、(感情が無いのではなく、感情が無いという自分を「異常」に見てもらいたいのだろうな)、と思う。なぜならその人からは感情が伝わるから。本当に感情が無い人は、そんなことを言うわけがない。その動機となる「感情」が無いから。

 だから俺はそれらの、いわゆる厨二病とは違うと理解をしてるのだが、周りから見た自分の評価は違うらしい。「いつも澄ましてて、なんかカッコつけてる」というのが、クラスでの俺の評価らしい。

 別にそれでも構わない。それによって不都合があるわけでもないからだ。話しかけたら殆どの人が応えてくれるし、いじめというものも発生していない。しかし、俺には友人はいない。

 友人、というのは人生を有利に進める上で重要な要素らしい。俺もそうだと思う。人脈やコネがあったら、より良い企業に就ける可能性が増え、成功する機会も増える。

 しかし、人生が豊かになる、という意見は理解できない。人生の豊かさというのは、結局のところ感情によって生まれるものだからだ。

 ここまで俺には感情が無い、ということについて書いてきたが、俺は感情はあった方が良い、というか、ないと人間としてだめだと思う。

 知性ある動物は、大抵が感情を持っている。人間はもちろんのこと、犬や猫もそうだ。しかし、植物や単細胞生物に感情があるかと聞かれれば、無いと答えるだろう。彼らは種を残す、という本能のみで生きている。

 なぜ、感情を持っているのが知性ある動物だけなのか。それは、生きる上で感情は大きな役割を果たしているからだと思う。殊に恐怖に関しては、感情の中で最も必要だ。恐怖があるから生きようとし、恐怖があるから危険から逃れようとする。

 だとすると、恐怖、というよりも感情が無い俺は、それらの知性ある動物よりも劣っている、ということになる。

 今もなお生きるという選択をしている俺には、きっと少なからず感情はあるのだろう。しかし、乏しすぎる。床がガラス張りの高所に行っても、学年一の美女と言われている女から告白されても、感情は湧いてこなかった。

 知性ある動物に感情がある理由として、生きる理由を生み出せる、ということもあるだろう。

 良い車に乗りたい。女を抱きたい。タワーマンションに住みたい。それらはすべて生きる理由になるもので、感情によって生まれるものだ。きっと、そういうものがあるからこそ、人間はより努力でき、より良い選択をできる。

 だから、俺は感情があった方が良いと思う。感情を生み出すために、今やっているように日記をつけている。その他にも、首を絞めたり、サウナに行ったりもしている。

 しかし、それらに効果があるとは思えなかった。気道が塞がれ視界がぼやけてきても恐怖は湧かないし、「ととのう」という状態になってもまた味わいたいとは思わないし、こうやって日記をつけていてもなんの感慨もない。

 感情が欲しい、というものがすでに感情が生まれているということなのかもしれない。だが俺が欲しいのはその感情ではない。もっと普通の感情だ。


 母親が死んだ、らしい。

 らしいというのは、警察からそのことを聞かされただけだからだ。

 死因は工事中に落ちた鉄筋に押しつぶされたことらしい。数百キロの物体が体に落ちて、骨まで潰れてしまったと。

 遺体は見せられないらしい。それほどまでに状態が悪いからだ。

 母親が死んだ。しかし、それでも感情は湧かなかった。警察の人の方が、まだ悲しんでいるようであった。

 父親は今も泣いている。「僕のせいだ」、「沙智がいなくなったらどうすればいいんだ」、そんなことを、もう六時間近く言っている。

 感情が無くても、他の人の感情は理解できる。だから、今日の晩御飯は、俺が自分の分だけ作った。

 きっと、明日には後悔は言わなくなり、俺への励ましへと変わるだろう。そうなったらきっと、俺はそれに適当な返事をするだけだ。

 普通の人なら、父親のように泣きはらしたり、それとも寝込んだりするのだろう。普段通りに食事をして、普段通りに風呂に入り、普段通りに歯を磨く自分は異常なのだろう。

 母親の死を知った瞬間に、「感情が湧いてくるかも」と思った。しかし、今もなんら感情は無い。葬式で骨を拾う瞬間になってもそれは同じだろう。

 どうしたら感情が生まれてくるのだろう。母親の死という事実でも湧いてこなかったものが、どうやって生まれてくるのだろう。

 考えて考えて考えて、俺は父親を殺した。

 何も思わなかった。


 俺は精神病棟に入れられる、らしい。

 弁護士が必死になって精神鑑定の結果を訴えていた。「無い」ものを「異常」だと言っていた。その結果として精神病棟だ。

 俺は世間では「少年殺人鬼A」として知れ渡っているらしい。

 世間は、感情によって「Aを赦すな」と言い、感情によって「Aを赦せ」と言う。

 母親の死を知らされた時も、父親の背中を刺した時も、判決を言い渡された時も、俺は何も思わなかった。

 やっぱり、俺には……

 俺には、感情が無い。

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俺には感情が無い ぽぽ @popoinu

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