第29話 獅子とつばめ(ネロ視点)

 

「どうした、ネロ。何か考え事か?」

「いえ……みんなにお土産をいつ渡そうかなって」

「ああ。明日の昼食前の訓練終わってからでいいんじゃないか? 担当のやつに『気持ち早めに終わってやって』って言っとくよ」

 

 いけない。

 うっかりロディネと晩御飯を食べている時に考え込んでしまい、ネロは咄嗟に誤魔化してしまった。いや、お土産いつ渡そうというのも悩んではいたのだが。

 ロディネとカルタノに出掛けたあと、ネロはマールが言ってた事をいつも頭の隅で考えてしまっていた。貰った封筒にはカルタノまでの列車のチケットが2枚が入っている。休みの日においでと言われたが、1人で出かけたいなんて言ったら怪し過ぎるし、そもそも外出の許可はロディネを通じて取らないといけない。悩んだネロは――

 

「それで、僕に一緒に来て欲しいと」

「うん」

 

 お土産を渡した後そう持ち掛けると、エルンストは何とも言えない微妙な顔をしていた。

 

「この間の件で僕の事、何も聞いてないのか?」

「エルンストも色々あって、僕がきちんと気にしなくちゃいけないからごめんね、ってコルノ先生に謝られただけだよ。聞いた方がいいなら今聞くけど」

「……いや、いい。ネロが嫌じゃないなら、一緒に出掛けるのは構わない。理由も詳細を書く必要はないから”近隣で買い物”くらい書いておけばいいだろう」

 

 相手に連絡して「日程が決まったら、申請しよう」とエルンストはてきぱきと段取りを決めてくれる。やっぱりエルンストは頭もいいし、孤児院と塔しか知らないネロとは大違いだ。

 ネロも早速マールさんに連絡し、週末の訓練がない日にカルタノの駅で待ち合わせる事になった。

 ロディネはネロが初めて提出する外出の申請に、予想通りかなり食いついたが、エルンストと仲直りがてら買い物したり遊んだりすると伝えると深くは聞かず、「楽しんでおいで」と笑っていた。

 

 週末、ネロはエルンストは2人でカルタノに向かい、駅でマールに出迎えられた。マールの家で話をするとの事で、食事はネロ達の分も作ってくれるそうだ。ネロは孤児なので必要なものを買うお金は塔から支給されるが、小遣いにたくさん回せるほど余裕はない。ありがたくお言葉に甘えることにした。

 

「へえ! エルンスト君はコルノが担当なんだ! あいつちょっとは落ち着いた?」

「落ち着いたって……コルノ先生はどっちかっていうと温厚で優しい先生ですが……」

「えぇっ!? まあ根は優しいとは思うけど……」

 

 ルチルが出してくれた紅茶とお菓子を食べながら、エルンストとマールがお互い自己紹介して話をしている。マール達はちょうど公安でコルノと勤務が被っている期間があるそうで、現在のコルノの話を聞いてとても驚いている。昔はかなり好戦的で、導き手なのに真っ先に敵に突っ込んでしまったりするので、”戦車”なんて言われていたそうだ。

 

「まあ……コルノ先生は戦闘訓練が主担なんで、その片鱗はなくもないと思います。でもどちらかというと、ロディネ先生やビアンカ先生を宥める方ですね」

「へぇぇ! ちゃんと先生してるんだねぇ!」

 

 ルチルが目を丸くして笑うと、丸くぺったんこになっているイタチにハリネズミが登って、てしてしとお腹辺りを叩き始めた。ネロとエルンストの犬達はそれをじっと興味深そうに見つめている。

 

「コルノはコルノで色々やらか……逸話があるからまた教えてあげる。今日の本題はロディネ先生の事だ。ネロ君、ロディネ先生が先生になる前の話って知ってる?」

「少しは……」

 

 ロディネも孤児で、ビアンカとレオナルドとは幼馴染であること、元々そこそこ高かった能力が囮にされて危険な目に遭って相当上がったこと、レオナルドとバディを組んで公安と特務で勤務していたこと、そこでまた囮にされて死にかけて、恩師であるセイルが亡くなったこと、亡くなったセイルの後を引き継ぐ形で教務課の先生になったこと――ネロは知ってることをかいつまんで話した。

 

「そっか。流れ的にはそれで合ってる。僕が今日話そうと思っているのは、セイル先生が亡くなるちょっと前からの話だ」

 

 そう言ってマールが話を始め、ルチルは席を立ってご飯を作り始めた。

 

 ロディネはレオナルドとバディを組んで特務で活躍していたので、当時みんな2人が絆を結んで結婚するものだとばかり思っていたらしい。

 今もそうだが、レオナルドは当時から突出した番人だった。そしてその側には導き手にしては高い戦闘能力と導きの能力を兼ね備えたロディネがいて、アニマリートと敵対している国は脅威だと思っていた。

 

「……それで恐らくレオナルドさんとロディネ先生が絆を結んでいると考えた敵対国がどうしたかというと……先生を、狙ったんだ。そして、それを利用して敵の主力を一網打尽にしようとロディネ先生とレオナルドさんは何も教えられないまま囮にされた。そして――」

 

 ロディネがいくら強いと言っても、番人のような超人的な感覚能力があるわけではない。あくまで一般人と比べての話だ。

 ロディネは戦場で集中攻撃を受けて命に拘わるような大怪我を負い、ロディネを傷つけられたレオナルドは「野生化」して大暴れ、戦場は敵味方関係なく大混乱に陥ったそうだ。

 野生化はパートナーの導き手が害された時などに起こる番人の過剰反応で、精神的に不安定だったり肉体的に疲労していると起こりやすい。魂獣と精神状態が同化して怒り狂って暴れまわる。同化しに影響されて身体能力が向上する傾向にあるので、大型肉食獣などの番人が野生化すると非常に危険――ただでさえ体格もよくて強い番人が獅子と同化……誰も手がつけられないだろう。

 実際、ロディネを殺したあとに弱ったレオナルドを殺すつもりだったグリーディオを始めとした敵対国の当時の主力は怒り狂ったレオナルドによって悉く殲滅させられたそうだ。

 

「敵を倒したところまでは、よくはないけどまだよかった。でも怒り狂い、野生化したレオナルドさんを止められる人間がいなかった」

 

 敵味方関係なく攻撃し、暴れるレオナルドを止めようとロディネは大怪我の体に鞭打って、導きを試みた。

 しかし、失敗した。

 

「そして導きを受けられないレオナルドさんも領域崩壊してしまい、アニマリート側も野生化したレオナルドさんによって壊滅状態。敵陣で身動き取れなくなった2人を誰も助けることが出来ない。いよいよ殺されてしまうという時に戦場に出てきたのがセイル先生だったそうだ」

 

 その時能力の高い番人は野生化したレオナルドに悉く倒されていたので、セイルは残った敵の番人を1人で倒しながらレオナルドを止めに向かった。そして野生化からの領域崩壊でボロボロのレオナルドを何とか導き、それは成功した。でもそこで能力の限界が来たのだろう。最後は2人を庇って亡くなったそうだ。

 

「ロディネ先生の怪我は相当酷くて、半年以上眠ったまま。元通り動けるようになるのに更に数か月かかった。その間にセイル先生の葬儀は終わって、レオナルドさんは幼馴染の奥さんと結婚する事が決まっていた」

「レオナルドさんはそんな時に結婚を……!?」

 

 エルンストが信じられないと眉を寄せる。ネロはあまり冠婚葬祭に詳しくないが、大事な人が亡くなったり大怪我している時など、大きな不幸事があった時にそれをするのはおかしいという事くらいはさすがに分かる。

 

「流石に喪中だから正式な婚約を結んだわけではなかったらしいけど、それでもそれは決まり事だったらしいよ。レオナルドさん側はバディの解消を望んでなかったけど、ロディネ先生が頑なに拒否して解消したそうだ」

「当たり前よ」

 

 食事が出来たようで、ルチルがおかずを運んでくる。一旦話を中断してみんなでそれを手伝い、昼食を食べ始める。

 とても美味しい。

 

「大好きな先生を亡くして、更に自分が大怪我で苦しんで回復訓練リハビリにも苦労してる時に勝手に結婚して、でも『バディはそのままで』なんて。酷過ぎるよ。自分が逆の立場だったら全身に針をぷすぷす刺してやるわ」

 

 ぷんぷん怒りながらルチルが鶏肉のソテーにぶすりとフォークを突き立てる。マールはまあまあと宥めながら話を続け、ネロ達は話を聞きながら食事を進め、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

 

「それで特務にも公安にも居たくなくなったんだろうね。塔を辞めるつもりで、当時まだ公安の課長だった管制長の所へ行って、セイル先生の遺した訓練生の話をされたそうだよ。セイル先生は能力が高くて難しい生徒を見ていたからね」

「マールも含めてね」


 ルチルの補足にマールは肩を竦めた。


「……言い訳はしない。当時は僕もそうだし、もう2人セイル先生が担当していた訓練生がいて、ぶつけどころのない喪失感と怒りは全部ロディネ先生にぶつけられたんだ」

 

 それでもロディネはその通りだと生徒に謝って、「お前のせいで死んだんだ」などと酷い言葉をぶつけられても、周りが止めても頑として聞かずセイルの遺した生徒の面倒を見た。

 

「酷い言葉って……先生のせいだけじゃないのに」

「……ネロ君が訓練生時代に同じような形でロディネ先生を喪ったらって考えてみて」

「――先生が、いなくなる」

 

 ネロは思わず先生のくれた首飾りアクセサリーをぎゅっと握った。

 ロディネがネロの名前を呼んで笑う顔が頭に浮かぶ。

(今はいつも先生は側にいてくれている。それが突然明日いなくなったら? )

 当然訓練生でなくなって塔から離れる事になるかもしれない。でも、これをくれた時言ってたように、塔にくれば、いつもあの笑顔で迎えてくれるものだと思っていた。でも、もしそうじゃなくなったら?

 

 この世界の何処にも先生がいなくなる。

 

 ネロは一気に血の気が下がって胸の奥が凍るような心地がした。

「気持ちは分かるんじゃないかな」と言うマールの声ではっと頭が現実に戻ったが、体温は下がったままだ。手が冷たい。

 

「まあ、僕も他の子ほどじゃないけど先生には酷い事を言ったよ。言い訳になっちゃうけど、子どもだったからその矛先を、目の前に来てくれたロディネ先生に全部向けてしまった。先生だって僕達とそれほど年が変わるわけでもなかったのに、それを全部ぶつけてしまった」

 

 でもロディネはそれを全部真正面から受け止めて、正式にセイルの後任になった。最初は反発、段々慰め合いになって、最後はすっかり仲のいい先生と生徒という関係性でみんな訓練生を卒業し、交流は今でも続いているそうだ。

 

「先生は意外とマメだからね。直接受け持った生徒は必ず季節の便りを貰ってる。それで、ここからが本題なんだけど――」

 

 

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