第22話 下手な考え休むに似たり
(うお……びっくりしたぁ……)
朝一「おねしょしたかも」と、真っ赤な顔で狼狽えているネロに吃驚して、ロディネはものすごく早くに目が覚め、冴えてしまった。1番驚いたのは本人だろうから、変に反応してはいけないと平静を保とうと頑張って妙に神経を使ったからか、反動で今ものすごく落ち着かない。
「そうかそうだよなそんな年頃だよな」と、無理矢理驚いた内心に、納得をぎゅうぎゅう押し付けて落ち着かせたり、昨晩寝落ちして言い逃げした自分の昔話はどうしたもんかなと考えたと、ロディネはひっそり混乱したまま教務課へ向かっていた。
節電のために薄暗くしている執務室に入ると、朝早いにも関わらず既に何人かの管理官は出勤して各人の席で仕事をしている。その中にしかめっ面で書類を作っているコルノもいた。
「おはよー」
「おはようございます。昨日はエルンストがすみませんでした。ネロは大丈夫でしたか?」
「ネロは……」
一瞬この件に関係ないアレを口走りそうになって、いけないいけない思春期の繊細な男の子の
「……全然大丈夫なんだけどな。ただ昨日ちょっと聞いてみたものの歯切れ悪くて言いにくそうでさ……俺が原因っぽい感じだし、あんま突っ込んで聞けてはないんだよ。コルノはエルンストから何か聞いたか?」
書類を作る手を止めて立ち上がろうとするのを、「いいからいいから」と手で制し、空いてる席の椅子を持って来て座る。座ったままずりずりと引き摺ってコルノの側へ寄ると、大体は聞き取りしましたと困った顔をしている。
「あの子は公安に入って、特務に入る事を希望している……それとレオナルドさんに憧れています。だから今回、元々能力が高い上に更に能力が上がって、しかもレオナルドさんの後釜になれるかもと目されていたのが現実味を帯びてきたネロに対する嫉妬に繋がったみたいで……公安に入らないんだったら、ロディネさんが担当になるのは勿体ないから担当の変更を申し出ろ、なんてことを言ったみたいです。あと手を出したのもエルンストからだそうですよ」
なるほど……昨日のネロの歯切れ悪く、しどろもどろな感じはエルンストを庇っていたんだなと思い出していると、「これは内緒なので他の人には言わないでくださいね」とコルノがロディネに耳打ちする。
(あの子は……エルンストはですね……部長のお孫さんなんですよ……)
(えぇ!? 資料にはそんな事一個も書いてなかったし、初耳だぞ。家名も違うし……)
(だから内緒なんですって。敢えて隠してるんです。家名は娘さんの嫁ぎ先のもので……僕は担当ということで最初から課長に教えて頂いていたんですが)
それは……どう育てられてきたかはもう、推して知るべしだろう。期待され、相当厳しく育てられているだろうし、部長の考え方をずっと教え続けられているわけで。ならあの文武両道の優秀さは相当な努力の賜物だ。
このままじゃ公安は無理だと言われたと言っていたけど、十中八九部長に言われたのだろう。そもそもエルンストだって総合すれば公安の下っ端くらいの能力は今の時点でもあるのに。
「それでもあの子の場合は、その考えをを他人に押し付けるというよりは、自分を責める方に思考が行きがちだから、ネロにこんな風に当たったのは正直意外で」
「ならかなり追い詰められてるな……可哀想に」
「そうなんですよ……色々話してはみているんですが、すぐ側に部長がいるでしょう? 三歩進んで二歩半以上下がる感じで」
「それ……気を付けてないとエルンスト、自ら志願して危険に飛び込んでしまうな」
きっと部長から昔の選別の話を聞いているだろうけど、伝え聞く話と実際目の当たりにするのでは全く違う。
今回、自分の能力が上がるのも実感しているし、元々高いネロの能力が更に上がったのを目の当たりにしてしまったわけだ。
「はい、だから課長を通じて管制長にもご報告済みです。ロディネさんも様子を気を付けるのにご協力いただけると助かります」
「それはもちろん」
(しかし、どう、したもんかね……)
コルノと話した後、今日のロディネは塔に来たての訓練生の授業を受け持っていた。
みんな突然
なら、ロディネは一体どうすべきなのか。
授業が終わって少し不安が顔から消えた子どもたちの質問に答えながら、ロディネはひとつの考えを導き出していた。
「課長……ご相談したい事があるんですが、お時間少しよろしいですか?」
「勿論いいけど……何だい急に改まって」
授業を終えて教務課へ戻ったロディネは、課長にお願いして少し時間を取ってもらった。面接用の小ブースで向かい合って座り、ロディネは課長に自分が導き出した答えを告げる。
「課長、俺……ネロの担当が終わって、どうしても俺が見た方がいいという子がいなければ、公安に戻ろうかと思うんです」
本音を言うと教務から出たいとは全く思っていない。しかし、ここまで来ると未然に防止するのは教務のみんなに任せて、自分は現場に所属して見張った方がいいのではないかという気がし始めていた。それなら先日のネロのように危険な目に遭って領域崩壊してしまった子がいても、すぐに助けてやることが出来る。レオナルドの事もあるし、ストの件もあって居心地は悪いだろうが、それは真正面から喧嘩を売り買いしたロディネの自業自得だ。
(ああー……! そういえば、レオナルドとも話さないといけないんだったわ、うわ面倒くさっ)
「うーん……」
課長は突然の少し重めの相談に困った顔をした……のは束の間で、ぱちんと両手を合わせてにっこり笑った。
「ロディネ、とりあえず君は休みなさい。2日以上連続で」
「…………は?」
休み……!? 一体全体何の話だ!?
ロディネが面食らっている間に、課長は自己完結してうんうんと頷いている。
「よし、そうしよう。ロディネってば元々ほとんど休まない上にネロ君が来てからまともに有休使ってないし。有休出してもこっそり働いてるの知ってるんだからね」
「や、休み……!? いやでも」
「ネロ君が心配なら、一緒に連れて遊びに行ってもいいよ。休んでも問題ない日なら外出届も外泊届も許可してあげるし。ネロ君なら少々休んでも大丈夫大丈夫」
「外泊!? 外出はともかく寮に入ってる訓練生の帰省以外の外泊は駄目でしょう!?」
「意外と固いこと言うね。君はネロ君の親みたいなもんだから平気平気」
「親……!? せめて兄弟くらいにしてください! いくらなんでもあんなデカい子どもがいる年じゃないです」
「まあお父さんでもお兄さんでも何でもいいけどね。丁度さあ、教務の有休取得率が低すぎるからもっと休ませてくださいって事務方からお小言言われたところなんだよね。特に導き手の独身組はほっとくと本当に誰も休まないし。1番年長の君が手本として休みなさい、うん」
そうだそれがいい決まりだと課長は席を立つ。
「たまには環境を変えてみるのもいいことだよ」
「課長! ちょっと待ってくださいって!」
「話は休暇を取って済んでからじゃないと聞いてあげないよ。休暇届は机に置いとくから、今日の帰りまでに出してね。外出と外泊届は後日でもいいから。じゃあこの話は今はここまで」
「え……ちょ、ちょっと待って……」
ロディネの声をやんわり無視して課長は部屋を出て行く。
「休み……?」
混乱しているロディネをよそに、扉は無情にもパタンと閉まる。ロディネは何でこんな時にこんな事に? とひたすら戸惑っていた。
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