第19話 自由


「遅いなー……」

 

 ロディネが管制長達と話したあと、夕飯の時間近くになっているのに、ネロがまだ部屋に帰ってきていなかった。別にロディネと毎日一緒に食べる必要はないのだが、一緒に食べるのが常態化していて、むしろ一緒に食べない時だけネロが連絡しに来るようになっているので、何かあったのかと心配になる。

 

「うーん……食堂の時間が終わってしまってもあれだなー……」

 

 探しがてら食堂に行って、食堂でも見当たらなかったら食べ損ねないように何か簡単に包んで貰って帰ろう。もし先食べてしまっていたら、その時はロディネの朝ごはんにしよう、そうしよう。

 そう決めて食堂に向かっていると、食堂前の広い廊下の隅にネロの姿を見つけた。声を掛けようとしたところ、柱の影にいる誰かと話している。


(相手は誰だろうか? )


 仕方がないので肩のつばめを見えなくして近づいてみれば、柱の影にいた話相手は公安の若手管制官だった。ネロは訓練生だから、何か用があれば基本的には事務官か教務の人間を通す。直接捕まえて話すなんて事はほとんどない。話している公安の若手はこの間の山にいた面子ではないが、不審に思ったロディネは二人に気付かれないよう、こっそり近付いていった。 

 

「だからさ――……」

「公安の若手が訓練生のネロに何の用かなー?」 

「先生!」

 

 ぎょっとした顔をする公安の若手に対して、あからさまにホッとした顔をするネロ。困った顔をしていたわんこは、かまえかまえとロディネの足元で前足を搔いている。とりあえずは「落ち着け」の意味を込めて、見えなくしていたつばめをわんこの頭に乗せてから、ロディネは公安の若手と肩を組んだ。

 

「何話してたの? 俺も一緒に聞きたいなぁ」

「い、いえ大したことでは……何ですか、この子と話すのにロディネさんの許可がないと話しちゃ駄目なんですか?」

「いんや? 明確に禁止されてるとかじゃないから別に話すななんて言ってないぞ? この間の塔外訓練の件がなければ何も言わないよ。それとも……俺の前じゃ言えないこと話してた?」

 

 そう言ってにっこり笑うと、公安の若手管制官はそそくさと逃げていってしまった。簡単に飲まれ過ぎだろう。先輩として心配である。

 

「先生ありがとうございました」

「茶々入れちゃったけど大丈夫だったか? いや、もしかして俺達のストの事とか」

「それもちょっとありましたが……えっと」

「あ、晩ごはん食べた?」

 

 ぶんぶんと首を振るネロに、じゃあ飯食いながら話そうと言って食堂に入って注文をする。ロディネは好物のオムレツメインの日替わり定食を、ネロは唐揚げ定食を持って、人がまばらな食堂のさらに人がいないところを選んで席に着いた。

 

「はぁー? 公安以外の希望出すなって?」

「はい。俺の能力は欲しくて持てるものじゃない。あの、先生の相棒だったって言う獅子ライオンの……レオナルドさんみたいになれる可能性があるんだからそれを溝に捨てるなんて駄目だって」

 

 ロディネは怒りのあまり、刺しが甘かったフライをフォークから落としてしまい、ソースとオムレツが着ているつなぎに撥ねた。やべっと素早く応急処置で拭いたあと、「ごめんな」とネロに謝った。

 

「レオナルド、レオナルドねえ……。あいつは確かに強いけど、あんなに持ち上げられてるのはそれだけが理由じゃないし、コミュ障だし。本当にあいつを尊敬しているならいいけど、そうでないなら無理に目指す必要なんてないぞ」

「それだけが理由じゃないって?」

「あいつの魂獣はさっきも言ってたから分かるよな?」

獅子ライオン……」

「そう。この国の……アニマリートの象徴、国旗に描かれているのは覚えてるか?」

「剣と盾、それと獅子……あっ」

「そういう事だよ」

 

 この国の国旗には番人を表す剣と盾、そして王の獣である獅子が描かれている。獅子は国イコール王室を象徴するものでもあるので、レオナルドはこの国を象徴するアイコンとして祭り上げられているという側面もある。実際強いことに間違いはない。そこは揺ぎ無いが、政治的に都合がいいのも間違いない。

 皿に落としたフライを今度はフォークにしっかり刺して、口に運んだ。


(うーん何だろう。この)


 定食がロディネの好物のオムレツの時は、何かいつも妙な事が起こる。ロディネは好きなものは最後に食べる派だが、もうさっさと味わって食べてしまおう。

 そう思ってオムレツを口に運んでいると、ネロが唐揚げをフォークに刺したまま肩を震わせている。

 

「ふ、ふふ。じゃあ俺はレオナルドさんみたいには絶対なれないじゃん。だって魂獣があれだもん」

「自分の魂獣をあれ呼ばわりはよくないぞー? 気持ちはちょっと分かるけど。国旗にあの子がどや顔でいたら俺絶対ふふってなっちゃうわー……威厳も何もない謎のわんこ

「やめてください。想像しちゃったじゃないですか」

 

 少しだけロディネが怒っていたせいでぴりついてた空気が緩む。冷めないうちに集中して食べようと、お互い黙食し始める。

 しかし、今回のことは絶対あの公安の若手だけの意見ではない。多分あの子もそういう考え方を持ってはいるんだろうが、課長だか部長だかのおつかいだろう。

 あの後、塔外活動に行った訓練生は怪我や体調が戻った子から順に能力の検査を行った。グリーディオの奴らに遭遇しなかった子達にそれほど大きな変化は見られなかったが、ネロとエルンスト、その導き手のイレーネは明らかに目に見えて色々な能力が上昇していた。特にネロは……体格が子どもなだけで、能力的には今時点で公安に入ってもやっていける域まで達している。正直さっきの若手より上だ。

 

(今回の事はやったもん勝ちが成功してしまった……よくないな。よくない論調にならなきゃいいけど)

 

 ネロ達が望んで公安に入るのなら別に構わない。ロディネとて元々公安にも特務にも居たから、その重要性は分かっているし、素晴らしい仕事だとも本気で思っている。

 だが、今回のこれをなし崩しに許してしまうと、きっとまた訓練生をわざと危険に晒して、選別のようなことをし始める可能性が高いし、そうすべきだと思っている者はそれなりにいる。そうして選別した能力の高い子を公安が先取りして、基準に満たない子だけがその他の職に就くという昔のやり方の方がいいんだというのがまかり通ってしまう。

 確かにそのやり方は理には適っているが、そのやり方では不幸な事になる子が絶対出てくる。それが生死に関わるのか精神的なもので潰れてしまったり不調をきたすものなのかは分からないが。

 結局ぐるぐると考え込んで食事に集中できないまま「ごちそうさまでした」と手を合わす。食器を返却口に返して二人で寮に戻りながらロディネはネロに以前言ったことを繰り返した。

 

「前も言ったけど、能力が高いからって必ず公安に入らなきゃいけないなんて事はない。そんな事は気にする必要ないから自分がどうしたいかしっかり考えな。その上で公安を希望するならそれでいい」

「はい」

「そもそもネロはまだ塔へ来てそんなに経っていないし、それより何より子どもだ」

 

 そう、ビアンカも言っていたとおり、訓練生は子どもだ。

 たとえ能力が高くて制御出来ていたとしても、働くのは15歳を過ぎてから。当然職業選択の自由もある。それは番人も導き手も一般人も同じだ。どいつもこいつもそこを忘れているのか目を逸らしているのか。それとも敢えて分かってて、洗脳紛いの事がしたいのか。そんなの散々脅威だ悪の国だって言ってるグリーディオ国と変わらない。

 

(どうしてそれが、分かんないのかね)

「――っちょ、先生! 子供なのは分かってるけど小っちゃい子じゃないんですからそれは止めて!」

 

 ネロを始めとした訓練生をしっかり守らなきゃなと真剣に考えていたにも関わらず、気付けばロディネはネロの頭をわしゃわしゃと撫で回していた。ただネロ本人は怒ってきゃんきゃん吠えているが、わんこはものすごく嬉しそうにお腹を出してつばめに毛繕いされている。

 ――これは見て見ぬフリをしてやるのが優しさだろう。

 

「まあまあ付き合ってくれよ。どうせもうちょっとしたら背がまたぐんぐん伸び始めて、多分撫でられなくなるだろうし」

「…………伸びますか?」

「おー! ネロはよく食うし規則正しい生活をしてるから大丈夫大丈夫」

「……じゃあしょうがないからもうちょっとだけ撫でさせてあげます」 

「ん、ありがとな」

 

 他がどう考えようが、ロディネは番人だから、導き手だからってこうしなくちゃいけないっていうのはないんだよって訓練生に言い続けて、守るために動くだけだ。

 だって、ロディネはそう言ってもらった。そう教えてもらった。

 ロディネはそんな風に思い返しながらネロの頭を寮に帰るまでずっとわしゃわしゃ撫で続けていた。道中我慢してくれてたネロは、帰った途端、撫で過ぎだと小さく怒っていたが、その隣のわんこはやっぱり寝転んで、つばめに毛繕いされていたのだった。

 

 

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