第二十話 選択
ミケーレがマリアを連れて、このヴァチカンに来たのは、あの村の惨劇があった二日後であった。
ミケーレは顔馴染みのエルコラーニ枢機卿に村での
ミケーレはしゃがみ込んで、マリアと
「そこのおじさん、エルコラーニ枢機卿が、お前さん――マリアの面倒を見てくれる」
「面倒?」
「ああ。でも、ずっと……って訳じゃない。二、三ヶ月だけだ。その後もここに居たけりゃ、修道女――〝モナカ〟にならなきゃいけないんだ」
「モナカ?」
「知らないか? 隣の村に教会があったろ? そこにいた神父さんの役目をやってる女の人のことさ」
「……」
ミケーレの説明を、マリアは噛み締めるように聞いていた。その様子を見ていたミケーレは、さらに付け加えて、
「何も、今すぐに決めなくていい。二、三ヶ月の間に、ここでの生活を見て、それから決めればいい」
「……うん」
ミケーレは穏やかに微笑んで、マリアの頭を撫でた。それから立ち上がって、エルコラーニ枢機卿を見た。
「それじゃあ、エルコラーニ枢機卿。マリアのことをよろしく頼むよ」
「ええ。安心してください」
エルコラーニ枢機卿はそう言って、ミケーレに頭を垂れた。彼の、ミケーレへの言葉使いや態度は、年長の者に対する
ミケーレはマリアに向き直って、
「それじゃあ、マリア。様子を見に、また来るよ」
と、言った。それを聞いたマリアは、一人にされる――と不安になったのか、ミケーレに問うた。
「行っちゃうの?」
「ああ。俺はここじゃあ、嫌われ者でね。俺を嫌わないのは、そこの彼みたいな変わり者だけさ。だから、あんまり長居出来ないんだ」
「嫌われ者?」
「ああ。だから、今日は帰るよ」
「また……ね」
「ああ、またな」
ミケーレはそう言い残して、去っていった。次に彼が現れたのは、一週間後であった。
彼なりに、マリアのことが気になっていたらしい。マリアがエルコラーニ枢機卿の応接室に通された時に見たミケーレの姿は、面会に現れる娘をソファーに腰掛けて待ち侘び、変わったことはないか――などと、そわそわしながら心配している父親のようであった。
「やあ、マリア。変わりなかったか?」
「うん。ミ……、ミケーレは……?」
「俺か? 俺は元気だ。ありがとう、マリア。ああ、これはお土産だ。珍しいお菓子を見つけてな」
「あ、ありがとう」
二人はそんなやり取りをするだけであったが、ミケーレは何だかんだと言っては、一週間ぐらいの間隔で現れた。その度に、これは何処そこで見つけたお菓子だの、これはマリアが好きそうだったから――と言っては、綺麗な花を摘んで持参したりした。
「そうか」
とだけ言って、優しくマリアの頭を撫でた。
いつものように――。
しかし、その時のミケーレは実に微妙な表情をしていた。それは安堵とともに、新たな不安をも含んだ表情だった。ミケーレは教会のことを、良くも悪くも知悉していたからである。
これでマリアがここから追い出される心配はなくなったが、後見人になっていたエルコラーニ枢機卿は、教会の裏側の組織――異端審問会にも所属している人物であった。だから、もし、そちら向けの素養があれば、今後は厳しい訓練も課せられることになる。ミケーレは、そのことを危惧したらしい。
協会に残ればミケーレが安心すると思っていたマリアは、もっと、喜んでくれると思ったのに――と少しばかり、がっかりした。ミケーレの心配や教会の裏事情を知らない彼女からすれば、それも仕方がなかった。
そんなマリアの心情を知ってか知らずか、ミケーレはいつものように、
「また、来るよ」
と言い残して帰っていった。
それからもミケーレは、少なくとも一、二ヶ月に一度は現れては、マリアの様子を伺っていくのだった。
そんな調子で二年が経った頃、マリアはずば抜けた身体能力を示し、異端審問会への所属を想定した訓練が課せられることとなった。以前にミケーレが危惧した通りである。
その後はマリアの方が忙しくなり、ミケーレが訪れて来ても、訓練中などで会えないことが多くなった。それでも、ミケーレは訪問したことが分かる物を残していくので、彼以外に気の置けない知人のいないマリアには拠り所となった。
マリアが異端審問会の訓練を始めて三年が経った。ミケーレの懸念も空しく、一通りの訓練が終了したマリアは異端審問会の所属となった。まだ十四歳の少女だが、訓練中の成績から、優秀な人材と見なされての配属であった。
そして、早々に初の任務が訪れたのである。
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