第十四話 死闘の行方
先ほどまでの威勢は何処へ行ったものか、ウィリアムは迫り来る死の瞬間に恐怖し、見苦しく命乞いをした。
「待……てっ……」
しかし、マリアに容赦はなく、左手の剣がウィリアムの首を、右手のそれは心の臓を貫いて、それぞれが盆の窪と背中側まで達していた。
断末魔すら上げられなかったウィリアムの死を、マリアは確認するように見ていたが、不意に剣を抜き取り、その場にしゃがみ込んだ。その直後に、ウィリアムの首と胴が綺麗に断ち切られていた。吹き飛んだウィリアムの顔が怨めしそうな顔で転がった。胴は胸の辺りでずるりと滑り落ちた。
「仲間でも、負けた者は無用……ということですか?」
仰向けに倒れたウィリアムの身体の向こうに立つランドに、マリアは立ち上がりながら問い掛けた。ランドの〝
肩に突き立っていた鉄柵製の槍は、首と同じ高さで、鏡面のように綺麗な断面を見せていた。ウィリアムを地面に縫い付けていた他の二本も同様であった。
直径が三センチメートル近くもあったのに――だ。
「まあ、そうですね。もう死んだことですし……。意外に役立たずでした」
罪悪感も感慨もなく、ランドはそうするのが当たり前のような態度で答えた。マリアはその態度にも何ら感じることなく、淡々とランドに問い掛けた。
「ランドさんに確認しておきたいのですけれど」
ランドは、どうぞ――とばかりに、手で促した。
「一連の殺人を始めたのは、永く生きてきて退屈になったからでしょう?」
「まあ、そんなところです」
「一度、目撃されたのは、二度の犯行が上手く行き過ぎたから?」
「ええ」
「スリルを味わうつもりだった?」
「そうなりますかね」
「それでも満足出来なくて、私たちを待った?」
「ええ。勝ちの見えた勝負はつまらないでしょう?」
「分かりました」
ランドの返答に、マリアは頷いた。マリアにとっては、分かっていた事柄を確認したに過ぎない。
ランドも興味が湧いたのか、
「私も、マリアさんに一つ、お聞きしたいのですがね」
と、質問を寄こしてきた。マリアはそういったことには拘りがないのか、あっさりと受けた。
「どうぞ」
「では……。いつ、私が怪しいと睨んだのです?」
「ああ、そのことですか。それでしたら、今朝です」
「今朝?」
「はい」
「どうして?」
「あなた、もう陽が昇っていたのに無理に起きていたのでしょう? 私を待っていたのですか?」
「ええ。夜通し駆けずり回った挙げ句、徒労に終わったであろう、あなたの顔が見たくてね」
「吸血鬼の生態からすれば、教会にいることも合わせて
「ええ、まあね。それで?」
ランドは話が見えないとばかりに、不思議そうな顔で答えた。マリアは続けた。
「手で隠していましたが、その時に
「それがきっかけ?」
「はい。その後のことは、ランドさんもご存じの通りです。ただ、はっきりと見えたわけではなかったので、確信が持てませんでした。結果、そのために二人の女性を死なせ、ウィリアムさんをも死に至らせることとなりましたが……」
「ウィリアムのことは気にしなくてもいいのではないですか? 彼は自ら、死者となったのですから」
ランドが、ウィリアムの死は自己責任だと言い切った。マリアも、
「気にしてはいません。結果を述べただけです。彼は自業自得です」
と、その点については辛辣だ。さらに、マリアは話を続けた。
「ところで、ランドさん」
「何です?」
「先ほど、私が夜空に投げ上げた鉄柵の槍ですが、
「!!」
その言葉の意味を理解したのか、ランドが後ろに退がった。二歩後退したところで、鉄槍が背中付近に落ち、退路を遮った。
「!?」
反射的に立ち止まったランドのすぐ前にマリアが軽く腰を落とした、いわゆる〝居合腰〟の姿勢で滑り込む。
マリアは居合を習っていたわけではないが、洋の東西を問わず、武術を
ランドが右手を振るい、風を操る前に、マリアが左足の踏込と同時に左手の剣を袈裟斬りに斬り下ろした。
「くっ……!!」
ランドが大慌てで倒れ込むほどに左に逃げたが、マリアは空振りに終わった左手に続けて、今度は右、左と二歩の
「があっ……!!」
ランドの右腕が、下腕の半ばほどから斬り飛んだ。苦鳴を上げつつも、そこは吸血鬼。止めを刺すべく、もう一歩をマリアが踏み込む前に、大きく跳び退がって、さらにもう一度跳躍すると、周囲を囲む建物の一つの屋根まで跳び移ってしまった。距離が開き過ぎているため、剣で戦うマリアに打つ手はない。
「……まったく、何てことをしてくれるんです」
痛む腕に顔を顰めつつ、マリアを
「これでは、治すのに時間が掛かりますねえ……。ざっと、一ヶ月くらいですか」
と、呟いた。声音には苦痛が混じっていた。
その一連の戦いぶりに圧倒され、トーマスは手出しすら出来ず、息を飲み、ただ見守るばかりであった。
「トーマスさん」
それを見て取ったランドが、マリアを指差した。〝
促されたトーマスは、渋々ながらも前に出た。しかしながら、どうも勝てる気がしない。それでも、ランドが戦えと言う以上は、〝逃げる〟という選択肢はなかった。
「次は俺だ」
「どうしても?」
「どうしても」
「では」
間合いを詰めようとトーマスが前に出る。マリアも自然体で歩を詰めた。あと一歩で一触即発、というところまで、二人は前に出て――。
パンッ!!
乾いた音が響いた。その音は、聞き慣れない普通の人が想像するよりも、ずっと軽い音だった。
トーマスが一度仰け反り、それから、前につんのめった。踏ん張ったものの、上体を屈め、何とか倒れるのを堪えている有り様だった。左胸を押さえていた。指の隙間から、大量の血が零れ落ちていく。
皆が振り返った。トーマスも血の気の失せた顔を上げ、前を見た。
広場の入り口に、リックが硝煙の立ち上る拳銃を手にして立っていた。
「いいところに来たろ?」
と、片眼を瞑ってウインクしながら、そう言った。
「リック!」
「リックさん」
「俺は常に、女の味方――って決めてんだ。それが、美人だったら尚更だ。おまけに二人だ。味方するしかないだろ?」
「あ、うん……。ありがと……」
リックが自説を披露するのを聞いて、エリスは『こいつもバカだった』――と思ったが、何とか言葉を飲み込んだ。
当のリックは、そんな風にエリスに思われているとは考えもしなかった。そして、今にも崩れ落ちそうなトーマスはもはや敵ではないと判断し、続けざまに二発目、三発目と、彼の背後の屋根に控えるランドを狙って撃った。
しかし、敵もさる者引っ掻くもの。瞬時に強風が起こり、銃弾をも巻き込み、その弾道を捻じ曲げ、有らぬ方向へと追いやってしまった。
「何だとっ……!?」
さらにリックが残り二発の残弾を撃ち尽くしたが、結果は同じだった。
俄には信じ難い出来事に動揺し、カチッ、カチッ、と撃鉄が空薬莢の尻を叩く音を聞いて、やっとリックは弾丸を撃ち尽くしたことに気付き、弾丸の交換を始めた。排莢し、新たな弾丸を詰める。動揺が続いているのか、いつもならすぐに終わる弾丸を込める動作ももどかしく、必要以上に時間が掛かった。
そのせいで、向こうで上体を起こしたトーマスが剣を逆手に持ち、自分を狙って投擲しようと身構えたことにも、気付かなかった。
「あっ!?」
トーマスの行動に気付いたエリスが声を上げた。その時にはもう、マリアが懐に入り込み、左手の剣で、トーマスの右手ごと斬り飛ばしていた。
「なっ!?」
トーマスに避ける暇も有らばこそ、マリアは続いて、右の剣でトーマスの首を斬り落とした。
電光石火の早業であった。リックは間、一髪で助かったのだ。
「すまねぇ……。助かったぜ」
「気を付けてください」
「ああ、恩に着るぜ」
マリアは、ランドが何か仕掛けてくると見ていたが、やはり腕を失ったことが堪えるのか、ランドは顔を
「やはり、人選は大切ですねぇ。揃いも揃って、本当に役立たずでしたよ。結局、自分で殺るしかないようですね。傷が癒えた頃にまた会いましょう」
と、そう言って、屋根の向こうに消えた。それを見届けたマリアも剣を収めた。エリスとリックの方を振り返ると、
「もう、ランドさんの気配はありません。行ってしまいました」
と、安全を保障した。エリスも近付いてくる。リックはまだ疑心暗鬼なのか、入り口に
「大丈夫なの? マリア」
と、エリスは大立ち回りを演じたマリアの身体を気遣った。その気遣いに微笑で返したマリアは、二人に今後の予想を告げた。
「彼が言っていた通り、傷が完治するまで
「うーん。そうなるとお手上げね。ランドが動くまで待つの?」
「ええ。恐らく、今度は犯行を予告してくると思いますよ?」
「え? 何で?」
「彼は『また会いましょう』と言っていましたし。自分の仕業――犯行だとこちらに伝わらないと、彼の
「欲? 欲って……?」
「自己顕示欲です。わざわざ苦手な教会に、異端審問会に雇われた振りまでして現れたのですから」
「……あいつって、馬鹿なの?」
エリスの呆れ声に、マリアはこれまで見せなかった笑顔で、ふふふ、と笑い、
「いい喩えです」
と、皮肉交じりに言った。その笑顔に女でありながら、エリスは見蕩れてしまった。そんなエリスの心中を知ってか知らずか、マリアは微笑を浮かべて言った。
「それでは、帰りましょうか」
「そうね」
三人は教会への帰路に就いた。
教会に帰って、マリアが現在までの状況を本部に電報で連絡したところ、事態は急変した。本部からの通達は、マリアの帰還であったのだ。
当然、マリアは抗議した。
それに、マリアが去ってしまうと、ここに残るのは戦闘向きではないエリスと、前回の戦いで銃が役に立たないことが証明されてしまったリックの二人だけになってしまう。
猛然と抗議した効果か、本部は新たに補充要員として異端審問会所属の二人を送ると言ってきた。これが精一杯の譲歩である――と言うのが本部の見解であった。
渋々ながらもマリアは了承した。これ以上ごねても、今以上の妥協案は出てこないだろうとの判断であった。
マリアはローマに帰る日、二人に言った。
「エリスさん。リックさん。くれぐれも無茶はしないでください。審問会から来る二人の実力も分かりませんし……」
「ええ、分かってるわ。無理だと判断したら、この件から降りるから」
「はい」
「そんなに心配しないで。自分のことは分かってるから」
心底、心配している顔のマリアを、エリスは少しぎこちない笑顔で励ました。
「あなたは私の、
マリアが自分にとって、数少ない友人だと言ってくれたことに、エリスは眼を潤ませ、思わずマリアを抱き締めた。さすがに、それにはマリアも戸惑っていたが、あえて為すがままに任せていた。リックは見ない振りをしてくれた。
エリスはしばらくマリアを抱き締めた後、改めて向かい合って、別れを口にした。
「じゃあ、マリアも……ね」
「はい。では、また」
と、マリアは別れの言葉でなく、『また』と言った。いずれ『また、会おう』という意味が込められていた。
エリスとリック、パトリックらに見送られ、マリアは教会を後にした。
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