第二十二話 独断専行
ジル・ド・レエと対峙していたマリアは、目前に這い出してきた〝人形使い〟の死者の一人を蹴り飛ばした。
死者は上半身が出たところだったので、マリアの蹴りはちょうど、頭部にヒットした。軽く蹴ったとしか見えなかった蹴りはその頭部を粉砕し、死者は活動を停止した。
これは戦いどころではない――と見たマリアはミケーレの傍までやって来て、声をかけた。
「どうなっているの、これは?」
「どうやら、〝人形使い〟がやったらしいが、それにしても数が多い。こんなこともあるだろうとは思っちゃいたんだが、これほどとは……」
ミケーレが周りを見渡して、そう答えた。〝人形使い〟がこういった手を使う可能性も想定していたようだが、現れた死者は、ミケーレの予想よりも多かったらしい。
マリアも相槌を打った。
「確かに、これは多いわね」
ふと、二人が見れば、〝人形使い〟の死者たちはジル・ド・レエにも纏わりついていた。すでに足元から三人、身体には四人が絡みついている。ジル・ド・レエは引き離そうとしているが、さすがに多勢に無勢。一人剥がす間に、別の一人が取りつく――と、いたちごっこの様相である。さらに、奥にいた〝怪物〟にも死者が取りついている。
それを見たジル・ド・レエが〝人形使い〟に怒鳴った。
「これはどういうことだ!? 〝人形使い〟!!」
だが、仮面を付けた〝人形使い〟はそれ以降、何も言葉を発していない。ミケーレに刺し貫かれた時も、呻き声すら零さなかったのだ。そのことに思い至ったか、歯軋りさえ聞こえてきそうな剣幕でジル・ド・レエは〝人形使い〟を睨んでいる。
「貴様……!」
ジル・ド・レエは奥底から込み上げるような声で呟くと、力尽くで〝人形使い〟に近づこうとした。纏わりつく死者も引き摺ったままに、前進する。
当然、死者たちはジル・ド・レエの進攻を阻もうと次々に襲ってくるが、ジル・ド・レエの大剣が死者を身体ごと薙ぎ払い、戦斧が熟柿のように死者たちの顔面を吹き飛ばし、首を断ち斬った。
重戦車の如きジル・ド・レエの突進が、〝人形使い〟まで五メートルというところまで来た時、ミケーレは、〝カチリ〟という機械音を聞いた。咄嗟に、
「伏せろ! マリア」
と、マリアを押し倒し、伏せさせた。
「えっ!? きゃっ……」
というマリアの当惑の声を残し、二人が倒れ込んだ途端に轟音が鳴り響き、無数の銃弾が頭上を飛び交った。
だが、相手は吸血鬼による死者だ。ただの銃弾では殺せない。何せ、元々死んでいるのだから。吸血鬼によって生まれた死者を葬るには、銀製の弾頭が必要である。
しかしながら、彼らの一斉射撃は、死者たちを確実に掃討していった。銃弾を全身に浴びて地に倒れ伏した死者たちは、それこそ本当の死者となっていた。二度と動くことはなかったのだ。
どうやら、本当に銀の弾丸を使用しているらしい。
「これは?」
マリアが銃弾の雨の中、何とか頭を回して見てみれば、ドイツのヘッケラー&コッホ社製HK三三アサルト・ライフルを乱射する三十人ほどの迷彩服の一団が目に入り、その中に見覚えのある顔を見つけた。彼らを率いているのは、パオロであった。
「パオロ? それに特務部隊?」
死者たちを掃討している彼らは、教会の異端審問会第二班所属の特務部隊であった。協会所属であれば、当然、死者を殺す方法は知悉している。銀の弾丸だって用意出来るだろう。第二班は小隊以上の規模での活動を主とし、掃討・鎮圧など、大事に駆り出される。
ちなみに、マリアの所属は第四班。個人から数人単位での活動を主体とする班だ。教会内でも前々から指摘されており、改善を図られている段階だが、第四班は個人の能力・技量に多くを依存しているのが欠点であり、死傷による欠員が多く、人員の補充が頻繁に行われる。
マリアは寿命や回復力などの様々な理由から、その中でも最古参であったりする。
特務部隊の彼らの装備しているHK三三アサルト・ライフルはフル・オートマチック射撃なら、一分間で七百五十発を発射する。
実際の掃射は、時間にして二十秒ほどであった。
辺りは火薬の匂いが満ち、硝煙で煙っていた。そよぐ風が煙を追い払った広場には、自ら伏せたミケーレとマリアを除いて、立っている者はいなかった。〝怪物〟もジル・ド・レエも、〝人形使い〟の姿もなかった。死者だったものが、辺り一面に累々と倒れていた。パオロが手を上げると、隊員たちは各自散開して掃討に移った。まだ動く死者たちを見つけては、止めを刺していった。
上体を起こし、その様子を見ていたミケーレはマリアに問うた。
「あいつに、ここで〝怪物〟らとやり合う――と伝えたか?」
「いいえ。何も言っていないわ。朝に別れたきりよ」
「そうか」
「ええ。でも、そう言えば、そうね。どうして知ったのかしらね」
ミケーレの指摘に、マリアも美しい柳眉を寄せて、訝しんだ。
一個中隊規模の特務部隊まで引き連れているのだ。ここで乱戦となることまで知っていたという可能性までも含めて考えると、どうしても疑念が浮かぶ。
今も時折り、銃声がしているのでその心配もなかったが、念には念を入れて、誰にも聞こえぬよう、二人は小声で語った。
そこへ、パオロが寄ってきた。〝怪物〟を倒し、死者たちも始末して問題を解決した――という自負が、その顔には溢れていた。
「どうだね? これですべてが片付いただろう?」
二人に語りかける声にも自信が籠っている。
「だと、いいがね」
意に沿わぬミケーレの返答に、パオロがあからさまに不機嫌さを表した。ようやく立ち上がったミケーレにベレッタM九二Fの銃口を向けた。銃口は頭部――眉間を狙っている。
「君にも〝銀の弾〟は効くのかね?」
「パオロ卿!」
「試してみるか? 効かなかったら、そん時ゃ、お前さんが死んでるぜ?」
冷静に告げるミケーレに、パオロの銃口が自信とともに揺らぐ。この異端である吸血鬼の始祖に、銀の弾丸は果たして、効果があるのか――?
ふん、と鼻息荒くそっぽを向いたパオロに、ミケーレが埃を払いながら聞いた。
「〝怪物〟はどうなった?」
「今、確認させている」
相変わらず、任務の遂行を成功させて高揚しているところに水を注すような冷静な問いに、パオロが不快感も剥き出しに答えた。
パオロが戦場と化した広場を振り返ると、隊員の一人が、
「黒衣がありました!」
と、大きな声で告げた。
先ほどまで〝怪物〟が蹲っていた辺りに、外套のような黒衣が残っていた。〝怪物〟自体の姿はなく、死骸も残っていなかった。その周辺には死者たちの骸がごろごろしていたが、それだけだ。他にめぼしい跡はない。歳を経た吸血鬼は、死んだ直後に灰になったりもするものだが、そういった雰囲気でもなかった。
ただ、ぽつねんと黒衣だけが残されていた――といった感じであった。
「あっ……」
その黒衣も手に取った途端に、雲散霧消した。
「服だけか? 他には何もないのか?」
パオロの問いに、証拠の黒衣を失ったその隊員が、慌てて辺りを窺う。
このままでは、パオロから叱責を喰らうと思ったのだ。この上司が短気であることは、教会ではよく知られていることだった。今回の任務を、パオロが率いると聞いた時、彼らはげんなりとしたものだ。
そんな彼らが秘かに楽しみにしていたのは、〝教会の
「あ……!?」
と、その隊員の動きが止まった。隊員は目前を信じられない面持ちで見詰めていたが、背中側からしか見えないパオロには、何が起こったか、分からなかった。
その背から、妙な物が飛び出ていることも――。
「おい」
「あれは……」
ミケーレとマリアが同時に気付いた。
パオロが遅れて、妙だと気付いた時には、二人は駆け出していた。
「気を付けろ。他のもいるかも知れん」
「分かってるわ」
二人が左右から距離を詰めた時、隊員の身体が、天高く持ち上げられた。隊員は腹部で折れ曲がり、絶命していた。腹部から背部へ抜けているのは剣だ。
広い刃幅を持った大剣――。
そんなものを扱うのは、あの男だけだ。
最初の一斉射の時に、死者たちに埋もれるようにして、身を潜めていたのだろう。不意を突かれた付近の隊員たちは、血煙を巻き上げ、瞬く間に三人が斬り伏せられた。さらに、もう一人に詰め寄ったジル・ド・レエは、大剣を振り被った。
振り返った隊員は、天高く振り上げられた大剣を見た。血に塗れたその剣先に、先ほど斬り殺された仲間の臓物がこびり付いているのが、やけにはっきりと見えた。
銃を撃とうにも、引き金に掛けた指が硬直していた。隊員は、真っ二つに斬られ、内臓を撒き散らして殺される自分の姿をやけにリアルに想像出来た。
「ひっ……!」
だが、大剣は振り降ろされず、ジル・ド・レエは夜気を裂いて飛来した二本の投げナイフを左腕の戦斧で弾き飛ばした。
「逃げて!」
「ひいっ!」
マリアの援護に命拾いした隊員が、我に返って、転がるように逃げ出した。追う黒い騎士。
遅い――!
そう断じたマリアが疾り寄り、隊員を抱えて横へと跳んだ。
今の今まで、死を身近に感じ、涙を眼に浮かべていた隊員であったが、マリアを見た途端に、自分が死地にあることも忘れ、息を呑んだ。偉丈夫の彼を抱えて、華奢な少女の体躯でありながらも、彼女は軽やかに跳んだのだ。
そして、その少女は天使と見紛うほどの美しさときた。噂には聞いていたが、彼はマリアを信じられない存在を見る思いで見た。
その直後、背後を大剣が唸りを上げ、風を巻いて過ぎた。
「逃げなさい」
そう言って、マリアは彼の背をやさしく押しやった。それで彼は、現在の状況を思い出した。言われた通りに、一目散に逃げ出した。
彼を庇うように、ミケーレが相対した。
「やっぱり、生きてたか。ジル・ド・レエ」
「無論だ。俺には、やらねばならんことがある。それまでは死ねん」
だが、もちろんジル・ド・レエとて、HK三三アサルト・ライフルの斉射を浴びて、無傷というわけもない。黒鉄の甲冑には無数の弾痕が穿たれている。そのせいか、全身からは血が滴っていた。銀の弾丸による傷だからか、腕を落とされた時とは違い、血が止まる気配はなかった。
仁王立ちの血塗れの騎士を支えているのは、かつて恋い焦がれた少女を甦らせる――その頑ななまでの願い、ただ一つであった。
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