第二十六話 決意
国王名代アレッサンドロの遠征軍が出立してから半月が過ぎた。散発的な小競り合いくらいでこれといった戦いもなく、両軍の睨み合いが続いたまま、膠着していた。
その間に、リキは刀と軽量の甲冑の試作に漕ぎ着け、刀一振りと甲冑一揃いを拵えることが出来た。甲冑はともかく、刀は何とか納得のいく出来栄えの物になるまで、何度も試行錯誤を重ねて、やっとのことで出来たのだ。リキは早速それらの量産を依頼、アンジェラの名の下、鍛冶屋の寄合を動員して生産することになった。それでも数を上げるにはかなり掛かると見積もられ、リキの言う、一部隊五百人分を揃えるにはさらなる期間が必要と思われた。そのため、甲冑は足りない分は既存の物を改良したりして間に合わすことにし、刀造りに主眼を置くことになった。
それからさらに一週間が経過した頃、その報がもたらされた。
太子アレッサンドロが戦死したというのだ。
今回の遠征が初陣であったアレッサンドロは戦に不慣れなためか、膠着した状況に次第に焦りの色を見せ始め、この状況を打破しようと、諫める重臣たちの反対を押し切って撃って出た。国王名代としての重圧からか、初陣のここで大きな武功を上げようと焦ったのかも知れない。
しかし、ヴァーリ候・ロランド国の連合軍に巧妙に誘い込まれ、退却する敵を深追いしたところ、三方から包囲されて乱戦の中で討ち死にしてしまったのだ。その他、補佐役として付いていた数人の将軍も討ち取られ、国王軍は混乱し士気を喪失、大敗した。
さらに間の悪いことに、病で臥せっていた国王ヘレスが国王軍大敗の二日後、崩御した。嫡子アレッサンドロの戦死に、気落ちしたのも影響したようである。指導力を発揮し、各地の領主たちを纏めていた国王の死に際し、数日の内にコロナスの国土三分の一ほどの領主がヴァーリ候・ロランド側に付いた。残りの領主の三分の一は国王側に旗幟を鮮明にしたが、最後の三分の一ほどは態度を曖昧にし、日和見を決め込んだ。これらは、情勢次第でどちらにも転ぶ勢力ということになる。
たった数日で、コロナスは分裂、内乱状態となり、他国の侵略すら受けかねない危機に直面したのである。
太子アレッサンドロの戦死、国王ヘレスの急逝により、コロナスは一気に戦国の様相を呈してきた。
そんな中、アレッサンドロ率いる討伐軍を破ったヴァーリ候・ロランド国の連合軍は王都スクーディを突く構えを見せ、それに靡いた近隣の中小の領主たちが合流、その軍勢は騎馬が一万二千余、歩兵を合わせて三万を超えていた。
その報に、王都スクーディにいた貴族たちは怯え、動揺し、混乱を避けるために自領に戻ろうとする者が後を絶たない状況であった。混乱する王都スクーディの様子を見たアンジェラは、一つの決断を下した。
国王の不在と他国の侵攻に揺れるこの国を救うには自らがその王になって国を一つに纏めようというのだ。
「今のコロナスには、強い王が必要なのだ」
男装で現れたアンジェラはそう、リキとクレアに打ち明けた。その時にはすでに、長く美しかった金色の髪を肩口までの長さに切ってあった。その姿は、見目麗しい若武者のようであった。
か弱い王女では、この国を纏めることが出来ない、とアンジェラは語った。
「それは、どういう意味だい?」
リキの問いに、アンジェラは、
「だから、以後は王位継承を目指して太子として振舞う。これからは、アンジェロと呼べ」
と、言い放った。アンジェロはアンジェラの男性形の名前だから、今後は普段からそう呼べ――とアンジェラは言うのだ。
この世界は、普段の生活のことや平時ならともかく、戦や政事に関しては、女性を軽んじる傾向が強い――とリキも感じていた。
「女では、諸侯が言うことを聞かない。だから、男として生きる――と?」
「そうだ。たとえ相手が王女であっても、女の言うことには、彼らは聞く耳すら持たない」
その考えに行き着いたアンジェラの身を慮って、リキは嘆息した。
「しかし、男児ならジュリアーノがいるじゃないか。あの子を太子に立てて、成人するまでの間、アンジェラが摂政として政務を取り仕切る――ってのじゃいけないのかい?」
「その摂政が王女のままの私では、諸侯の態度は改まらん」
「では、有力な貴族に後見を頼む……ってのは?」
「有力な貴族には信用の置ける者がいない。ただ忠臣というなら、父の代から仕えているバルジュー卿を始め何人かいる。だが、このバルジュー卿は温厚篤実な能吏であって、政治向きな人ではない。ジュリアーノの守役としては適任だが、有力貴族ではないのでな。諸侯に対して、影響力がない。他の者も同様だ」
「適任者がいない――と?」
「皆、多かれ少なかれ、私欲がある。権力を握れば、人は変わる。それが強大であれば、尚のこと」
「それはそうだが……」
そう言われれば、言葉もない。多少は分かってきたが、リキはまだ、この国の貴族たちの力関係は把握しきれていないのだ。
リキはまたしても溜息を吐いた。
「でも、王女として世間に知れ渡ってるんじゃないのか? 今さら、王子だと言って、通じるのか?」
「大丈夫だと思う。それほど公式の場には出ていなかったし、そもそもがこんな男っぽい恰好ばかりだったからな」
と、アンジェラは両手を広げて、普段から着ている動きやすい男装に近い恰好を二人に示した。
「だからと言って、王子で通るか?」
「さあな。しかしまあ、公式の場では父上や次期国王になるはずだった兄上がいたからな。私などを気にしていた者など、いなかったのではないかな」
アンジェラは、かつての自分と父と兄を思い出したか、少しばかり寂しげな顔で自嘲した。
「そうか」
とだけ、リキは言った。
アンジェラが、国を思い、民を思い、熟考した末に導き出した結論だろう。それを思いやると、安易に、否定も肯定も出来なかった。クレアも同じ思いだったようだ。心配そうな表情であった。
「そういうわけだ。これからは、今までのように一緒に遊んではいられなくなるだろう。だから、以後はクレアをリキ付けにする」
「うん?」
「えっ? 姫様?」
どういうことか?――という顔で、リキとクレアが疑問を呈した。それに対し、アンジェラは涼しい顔で答えた。
「まだまだ、リキはここには不慣れだしな。クレア。私の代わりに、リキの助けになってやってくれ」
「姫様……」
「クレアもリキもそんな顔をするな。別に、二度と会えなくなるわけではないのだから」
「いいのか?」
「ああ。私の世話なら、他にも何人もいるからな。その代り、リキには私を助けてもらうことになるぞ?」
「ああ、いいよ。俺に出来る限り、アンジェラ……アンジェロの力になるさ。君が俺を信頼してくれるなら、俺から君を裏切ることはないよ」
「期待しているぞ」
本当は不安で堪らなかったのだろう。リキの言葉を聞いて、アンジェラは心底、ほっとした様な顔で微笑んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます