第二十五話 急変
三人はスクーディ城に戻ってきた。
食事を摂った後も草原を駆けるのが面白く、予定していたよりも遅くなった。すでに、陽は高くなっていた。
活気に溢れて賑やかな城下町を擦り抜け、城門を潜った。すぐに、三人は城内にピリピリとした緊張感が漂っていることに気付いた。厩舎に戻ってきたが、どうも穏やかではない。
「何かあったかな?」
「そうだな。ここしばらくはなかった雰囲気だ」
辺りを見回したアンジェラは、周辺が醸し出している気配を訝しみながら、そう言った。
「とは言え、何にせよ、馬の手入れをしてからだ」
「そうだな」
リキも頷き、乗せてくれた馬たちの手入れをし、馬房に戻した。それから、とりあえずはアンジェラの部屋に向かった。途中で、マッテオという執務に携わる内政官が通りかかったので捉まえ、問い質してみると、
「ヴァーリ候シルヴァーノ殿が隣国のロランドと結び、離反しました。兄君アレッサンドロ殿下が陛下の代理として、五日後に謀反誅伐に遠征なされます」
と、城内が慌ただしい理由を教えてくれた。忙しそうなマッテオを解放し、三人は顔を見合わせた。
「謀反? その……何とか候……って?」
アンジェラの部屋へと戻るや、リキは疑問を口にした。
「ヴァーリ候だ。シルヴァーノ・ディ・ヴァーリ侯爵。彼は北東の国境沿いに領地を持つ、我がコロナス家に連なる血筋の大貴族だ。うむ……。彼は父の政に度々、異を唱えていてな。今回は隣国ロランドと結ぶことによって、離反を決意したのだろう。単独では容易く潰されるからな」
そう説明するアンジェラの声は曇っていた。何か憂うことがあるようだった。
「何か気になることでもあるのか?」
「うむ。言ってなかったが、我が父――つまり国王陛下は今、臥せっておられる。病でな」
「そうなのか? 悪いのか?」
「お歳がお歳なだけに、何とも言えん。それで兄君が父上の名代として遠征軍を率いる――という訳だ」
そう言うアンジェラの声は沈んだままだった。
「まだ、何か?」
「うむ……。遠征軍を率いる兄君だが、実は今回が初陣でな。それが気になってな」
「そうは言っても、国王の代理での出陣なんだろ? なら、補佐が付くだろう」
「それはそうなのだが……」
アンジェラの言葉の歯切れが悪い。
「どうした?」
「そこはかとない不安があってな。どこがどう……とは、上手く言えないのだが……」
「そうか」
不安げなアンジェラに、リキはただ、頷くしか出来なかった。
「いや、杞憂だろう。気を遣わせてすまなかったな。リキ」
不安を振り払うように
「何か、俺に手伝えることはないか?」
「そうだな……。私も出陣することになるかも知れん。その時には傍で補佐を頼む」
「そんな大役、俺に務まるかな?」
「リキは、私たちが見聞きしたこともないような知識を持っている。他国にないそれは、私にとって新たな武器となる」
「ああ……そういうことなら、協力させてもらうよ」
「うむ。その時は頼む」
リキの申し出に、アンジェラは力強く頷いた。その様を見たリキとクレアは、いつものアンジェラにようやく安堵した。
「ところで、聞き忘れてたが、アンジェラは何度か戦に出たことはあるんだったな」
「ああ、十回ほどだ」
「戦績はどうなんだ?」
そのリキの言葉に、クレアが、『それを聞きますか?』――という顔をした。苦笑を浮かべた顔だった。リキが、『何で、そんな顔をするんだ』――という顔で、クレアを見た。アンジェラが、自信たっぷりに言った。
「うむ。実はな……」
「え……?」
アンジェラの答えに、リキが、あんぐり、と口を開けて絶句した――。リキが次に口を開くまで、少々の時間を要した。
「わ、わかった……。何とかしよう」
「済まんが、よろしく頼む」
アンジェラが澄ました顔で、そう言った。
翌日、早速リキはアンジェラに、この国、この時代の戦い方を聞いた。騎士同士や軍規模での戦い方を知らないでは、補佐も何もないからだ。
ちょうど、出兵前の錬兵が行われるというので、それを見学することになった。
ところが、その練兵はリキの想像していたそれとは随分と違っていた。重装備の騎士が模擬戦用の穂先にカバーを付けた長槍を持って出て来たまでは良かった。しかし、各々がぶつかり合い、手当たり次第に相手を求め突進していく様を見るにつけ、リキは顔を顰めた。
「なあ、アンジェラ。これは訓練だから手当たり次第にぶつかっているのか、それとも実戦でもこんな感じで単騎で勝負をつけていくのか?」
「うん? どういう意味だ?」
アンジェラが言葉の意味を量りかねて、リキの顔を見た。
「つまり、陣形などはなしで、今やってるように、個人戦で相手を倒していくのか? こんな感じで、バラバラに――だ」
「ああ……。そうだな。見た通り、各々が相手を見つけ、ぶつかり合う。……変か?」
「う~ん。……てことは、個々の力量で勝負が決まるわけだな」
「そうなるな」
アンジェラは、不思議なことを聞くのだな――といった面持ちだった。それゆえに各々が技量を研鑽し、鍛錬するのではないか――と言いたげだ。
「まあ、いいや。そのことは後で話そう。これ以外も見たいな」
「わかった。次に行こう」
次に見たのは、歩兵の練兵だった。こちらは皆が一様に、突きや槍捌きの練習をしていた。
「歩兵は隊列を組んで戦うのか?」
「ああ。だが、兵力としては大して役に立たん。騎兵に蹴散らされるのが大半だ。騎馬が出てくると逃げ出すものも多くてな。歩兵が活躍する場は城攻めくらいだな」
「ふ~ん……」
思うところがあるが、建前で何も言わないリキを見て、アンジェラが問うた。
「どうだ? 何か、言いたげだが」
「うん? ああ……そうだな。もっと効果的な歩兵の運用の仕方があるんじゃないか――と思ってね」
「兵の使い方が間違っている――と?」
「そうは言わないが、もっと上手く使える方法はないかな……ってね」
アンジェラの問いに、リキは訓練を見やりながら答える。アンジェラもそれに倣い、訓練中の兵たちを見た。
「ほう。興味深いな」
「まあ、それはこれから考えるさ」
「そうか」
「じゃあ、次は武具を見せてくれ」
「わかった」
一行は武器庫へと向かった。まず、そこでリキは剣や槍などの武器を見た。
「これ、切れ味はどんなものかな?」
「これか?」
リキからすれば、剣は大型の物が多く、重さで叩きつけて斬るのがこの時代の剣のイメージであったので、実際の切れ味を試してみる必要があったのだ。
「あまり斬れんぞ。これは力任せに斬る……なんだ、その顔は?」
「あ、いや……。どんな顔、してた?」
どんな顔をしていたのか、リキは何となく自覚していたが、一応、アンジェラに聞いてみた。
「『うわ……』と言いたげな顔だった」
アンジェラが綺麗な顔を歪ませて、リキがしていた顔をマネてくれた。リキは、やっぱり、と頷いて、
「ええ……っと。悪い。忘れてくれ」
と、ようよう言った。もっともアンジェラは、
「気にしておらんぞ」
と、ケロッとしたもので、そんな二人のやり取りを、後ろにいたクレアは柔らかな微笑を浮かべて見つめていた。
「じゃあ、これを試し切りしても仕方ないから、次は甲冑のところに連れて行ってくれ」
リキは剣を元のところに立て掛け、それを見届けたアンジェラが、
「ああ、こっちだ」
と言いながら、甲冑を並べてある奥の区画へと案内した。もちろん、騎士たちは自分の甲冑は手元に置いているから、ずらりと並べられているこれらは誰が使っても良い代物で、数体分の騎士用を除けば、主に歩兵用の軽装の物が置かれていた。
「試しに着けてみてもいいかな?」
「構わんぞ。試してみるか?」
リキは騎士用の甲冑を着けてみることにした。知識として、重いことは知っていても、実際に着て実感しないことには、役に立たない。アンジェラとクレアに手伝ってもらいながら、リキは甲冑を身に着けた。下には鎖帷子も着けている。
「おお、重い……。けど、意外に動けるんだな」
甲冑を着てみたリキは、その重さと同時に、思っていたよりもスムーズに動かせる関節の構造に感心した。よく、倒れたら起き上がれない――などと言われるが、これなら大丈夫だということが分かった。ただし、甲冑は重いことは重いので、やはり倒れたら不利なことは否めない。また、しばらく着用していると甲冑の中は案外と暑くなり、蒸すことも分かった。
「これは……結構、体力がいるな……」
「うむ。これを着て戦うには、やはり鍛錬が大事だぞ」
「こいつで標準的な重さか?」
「そうだな。大体、それくらいだ」
「ふ~ん。うん、分かった。脱ぐの、手伝ってくれ」
「ああ」
二人に手伝ってもらい、リキは甲冑を脱いだ。
「ありがとう。参考になったよ」
リキは二人に礼を述べた。
「もう、いいのか?」
「ああ」
「では、戻ろうか」
アンジェラはそう言い、三人はアンジェラの部屋へと戻った。部屋に戻ると、クレアがお茶の用意をしてくれ、三人はくつろぎながら話を続けた。その中でリキがアンジェラに聞いた。
「昨日、俺が乗った馬がいるだろ? 二人が乗ったのより小さい」
「ああ」
「あの種類はどれくらい揃う?」
「そうだな……五百頭がいいところだろう」
「そうか……。一部隊ほどだな」
「あれで部隊を組む気か?」
アンジェラが呆れ気味の顔で問うた。
「うん。機動力――速度を第一に据えた部隊だ」
「あの馬種では甲冑を着込んだ騎士は乗れんぞ。馬が潰れてしまう」
「うん。だから、もっと軽い甲冑が必要なんだ。それで、腕のいい甲冑職人を知ってるか? それと鍛冶屋もだ」
「そういうことなら、何人か知ってる。クレアに案内させよう。いつ行くんだ?」
「早いほうがいいな」
「もうすぐお昼です。昼食を召し上がってからではいかがですか?」
それまで控えているだけだったクレアが、そう提案した。アンジェラは気付かなかったという顔でクレアを見、そして、リキに言った。
「そうか。そんな頃合いか。リキ、食事をしてからではどうだ?」
「ああ。俺はそれでいいよ」
「では、クレア。頼む」
「かしこまりました」
一旦クレアが引き下がり、昼食となった。その席でもアンジェラは先ほどの話の続きが気になるようで、
「それほど速度を要する部隊が必要か?」
と、リキに問うた。リキは皿に残ったソースを千切ったパンに染み込ませて、口に運んだ。それから、
「そうだな。あった方がいいだろうな。いつまでも個人戦でぶつかっていく戦じゃあ、勝敗は不確定だ」
「そういうものか?」
「まあ、実際に功績を上げなきゃ信じられんだろうけどな」
「そうか」
「そのためにも腕のいい鍛冶屋が必要でな」
「鍛冶屋が?」
ここで鍛冶屋の話になったので、アンジェラが不思議な顔をした。どうつながるのか、思い付かなかったのだ。
「騎馬には騎馬に向いた刃物ってのがあってね。特に俺の考える、速度を要する騎馬部隊なら尚更だ」
「その武器を造るのに、腕のいい鍛冶屋か?」
「難しいんだ。その刃物を造るのは」
アンジェラの問いに、リキは皿に残っていた最後の肉片を口にしながら、そう言った。
「もちろん、歩兵にも騎馬を相手に出来る武器を造る。もう、歩兵を役立たず――なんて言わせないようにしたいんだよ」
「そうか」
食事を終えたリキは、一息ついた後、クレアに案内されて鍛冶屋へと向かった。腕のいいと評判の鍛冶屋は五十歳を越えたかと思われる壮漢で、頑固そうな顔でリキを見た。クレアの紹介でなければ、会ってもくれなかったかも知れない。そんな印象をリキに与えた。
「ルチアーノです。よろしく」
逞しい手を差し出しながら、ルチアーノは柔和な笑みを浮かべた。人懐こい微笑だった。その微笑に、リキは彼に持った印象をあっさりと変えた。それから、刃物に関する話を長い時間を掛けて彼とした。リキは刀を欲したのだ。ルチアーノは初めて聞く刀という刃物に興味を示した。彼は刀造りに挑戦することになった。
その後で今度は甲冑職人の下へと赴いた。こちらでも、長い話を職人とした。どちらも、リキの要求に真摯に向き合ってくれたのだった。
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