第25話 地味女子とのチャット実習(前編)
「さて、今日の恋愛授業は、予告通りチャット実習を始めます!」
恋愛教師である魚住先生の号令の元、今回もその時間が始まった。
「いやー、こういうことを練習できていいわね君らは! 私も自分が学生の時に、気に入っている相手にメッセを送りまくったら引かれるとか教えて欲しかったんですけどぉ!」
毎回授業ごとになにやら恨みが滲む魚住先生だが、一体何故この人が恋愛科目の教師をやっているかは大いに謎である。
なお、以前に『先生が学生の時って大分前ですよね? メッセとかあったんですか?』などと言ってしまった俊郎は『スマホもメッセもあったわよ! アラサー馬鹿にしてんのっ!?』と恐ろしい勢いで詰められていた。
「さて例によってランダムにペアを作ったから、まずお互いのペアに挨拶してから男子は別室に移動してね! 時間になったらチャット開始ってことで!」
(ええと、今回の俺の相手は……
正直、その名前を聞いても相手の人物像をすぐには思い出せなかった。
いや、もちろん同じクラスなので名前は覚えているのだが……個人的に話したこともないし印象が薄いのだ。
コイカツアプリに表示されている内容を見ると、恋愛ランキングは一六七位(女子:四一五人中)でCランクのようだが……。
「あの……」
「!?」
誰もいないと思っていた空間から突然話しかけられて、俺は思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。
驚きに早鐘を打つ胸を押さえつつ振り返ると、そこには一人の女子がいた。
まず彼女を見たものが抱く第一印象は、『地味』だろう。
あまり手入れしていないボサボサの髪に、大きなメガネ。
体型も小柄で、あまり目立つ感じじゃない。
さっき俺が彼女の存在に気付かなかったのは、その存在感が妙に薄かったからだ。
「久我君……ですよね? 私、ペアの葛川です。じゃあ、これで挨拶終了ということで」
「あ、ああ。よろしく頼む」
あまり感情のこもっていない声でさっと挨拶すると、葛川さんは踵を返して去っていった。
事前の挨拶という先生の指示を守り、一応声をかけたという感じだ。
(う、ううむ、ほとんど接点がなかったけど、どういう女子なんだ? なんだか会話のとっかかりが乏しい気がするんだが……)
前回のギャル女子である小岩井さんなんかは、はっきり物を言う性格ではあったが逆に明るくてノリが良いから話を発展させやすくはあった。
だが、ああも内面の方向性がわからない場合、果たして何を話せばいいのか。
予想外の方面から難易度が上がったことに冷や汗を流しつつ、チャット実習は始まりを告げた。
■■■
空き教室に移動した俺たち男子は、さっそく各々のスマホからペアとのチャットに入っていた。
どの恋愛実習でもそうだが、女子との交流に苦労しているのは別に俺だけという訳という訳ではなく、冷や汗を流したり凄く難しい顔をしていたりと多くの奴が四苦八苦している。
「う、うううぁぁぁ……! お、俺のペアが星ノ瀬さんなんだけど!? ど、どうすりゃいいんだ錬士!? 恐れ多すぎてビビるんだが!」
「安心しろ俊郎。星ノ瀬さんはどんな男子にでも優しい人だから、悪いことにはならない。しっかり楽しめばいい」
「なんだその推し語りみたいなの……お前、星ノ瀬さんのファンになったのか?」
うろたえまくっている友人を励ましてやるが、やはり星ノ瀬さんとあまり交流がない男子では恋愛ランキング一位という威光にビビってしまうらしい。
まあ、俺もちょっと前まではそうだったんだが。
(と、それより葛川さんのことなんだけど……なんかおかしいな。話題は振ってみたけど全然反応がない……)
とりあえず『葛川さんは休みの日とかに何をしてるんだ?』という定石中の定石であるメッセージを送ってみたいのだが、もう三分くらい反応がない。
(あ、来た……って、え!?)
やっと返ってきたメッセージを見て、俺は目を疑った。
葛川>『時間終了までメッセージは送らないでいいです』
葛川>『私と話しても楽しくないのでそうしてください。お願いします』
え、ちょ……! こ、これどういうことだ!?
久我>『いや、待ってくれ。俺がなんかしたのか? いくらなんでも授業なのに何もしないってのはマズいと思う』
葛川>『そちらは何もしてません。先生には私から言っておくのでこの時間は何もしないでいいですから』
(な、なんだそれ!? 流石にこんなのは予想してないぞ!)
訳のわからない状況に、俺は半ばパニックになる。
俺がロクに会話を進めることができずに苛立った相手の対応が雑になる――そんなことはよくあったが、初手から会話を拒否されたのは初めてだった。
(こ、これは……もう仕方ないよな?)
今回の実習は、星ノ瀬さんの恋愛レッスン試験第二弾になっている。
目標は前回と同じく、ペアの女子を満足させることなのだが……こうまではっきりと会話拒否されてしまってはどうしようもない。
そんな考えが頭の中を占めたその時――
(……本当にいいのかそれで?)
その時俺の脳裏に現れたのはペアの女子――葛川さんの顔だった。
彼女のことはよく知らない。
今まであまり接点がなかったし、普段あまり目立つ存在じゃないからだ。
けど、こうして縁があって俺たちはペアになった。
であれば、恋愛力向上を目標としている俺は、葛川さんと楽しくチャットできるようにする努力が必要なんじゃないか?
(……よし、葛川さんがどうしても嫌そうだったら諦めるけど、ダメ元でやってみるか)
そうと決めたが、そのとっかかりが難しかった。
そもそも、葛川さんが何故会話を拒否しているのかがわからない。
こういう時こそ相手の表情を見て何を考えているのか推察したいのだが、チャット実習なのでそれも無理だ。
(いや、待て……この文面……)
改めて、葛川さんから来たメッセージを確認する。
よく見れば、その中身は『あなたと話しても楽しくない』ではなく、『私と話しても楽しくないので』という文言になっている。
(あ、あー……! なんか、わかった気がする……!)
それを急速に理解できたのは、俺が彼女と同類だったからだ。
以前の俺はどう頑張ってもしどろもどろにしか話せず、『俺なんか放っておいてくれ』『どうせ上手く話せないんだから勘弁してくれ』という怯えに満ちており、実習という苦痛の時間をやり過ごそうとしていた。
(きっと、それと同じなんだ。葛川さんも恋愛実習が嫌いで、だから会話自体を拒否している)
この予想が当たっていた場合、かなりハードルは高くなる。
男子と交流したくない女子を、どうやって楽しませればいいのか?
苦悩する俺の脳裏によぎったのは、星ノ瀬さんの言葉だった。
『いい、久我君。会話の流れを乗せるには、相手が好むことを探ることよ。人間は、自分の興味があることなら結構口が動いちゃうものなの』
そうだ、星ノ瀬さんは相手が乗り気でない場合の戦術も教えてくれていた。
誰だって何かしら好きなものがあり、それを話題にして食いつかせるのはかなり有効な手法なのだと。
(け、けどなあ……葛川さんって何が好きなんだ?)
俺は葛川さんのことを何も知らない。
まともに顔を合わせたのもさっきが初めてなのに、好きなことなんて――
(……ん? そういえば……)
それは、あるいは見間違いか勘違いかもしれなかった。
だが、もはや制限時間内に他の突破口も見つけ難いと俺は判断し――
意を決してメッセージを打ってみることにした。
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