第26話 地味女子とのチャット実習(後編)


久我>『どうしても迷惑ならやめるけど、俺としては葛川さんと話したい』


 まずは意思表示。

 こっちにはチャットを続けたいのだと宣言する。


久我>『たとえば、ゴルデンリングの話とかさ』


(どうだ……?)


 意を決して送ったメッセージに既読はついたが、その後一分経っても返事はこなかった。


 やっぱり俺の見当違いだったかと思い始めていたその時――


葛川>『……え、久我君やってるんですか?』


(よっしゃ! ビンゴ……!)


 葛川さんからメッセージがやってきて、俺は思わずガッツポーズを取った。


 『ゴルデンリング』とは大ヒットしたオープンワールドアクションRPGのタイトルであり、世界中にファンがいる。


 ただ、ジャンルとしては血生臭いダークファンタジーであるため、明らかに男性向けのゲームである。

 

 葛川さんがそれを好んでると思った理由は、先週の教室でふと目に付いた彼女のカバン――そこに付いていたキーホルダーにある。

 女子がそれを付けていることにちょっと驚いて、記憶に残っていたのだ。


(作中のアイテムである『友なりし壺』型のキーホルダー……! あんなものを持っているなんてファン以外ありえないからな!)


 なおどうでもいいが、そのデザインは壺に手足が生えているというものであり、非常にシュールな可愛さがある。


久我>『ああ、やってる。聖樹まで行ったけど、アホみたいな強さの腐敗女神に二十連敗中だよ』


葛川>『あれはですね! 攻撃を食らうとあっちが回復するから一見クソボスに見えるけど、攻略法はあるんですよ! まずはとにかくパターンを覚えることですね! 攻撃するより食らわないこと注意して確定でパリィできる攻撃を見切れるようになったらかなり楽です!!』


(ちょ、メッセージが長い……!)


 会話拒否していた人物とは思えないほどに、葛川さんは怒濤の長さとスピードでメッセージを送りつけてきた。


葛川>『あ、もしかして白鳥乱舞が避けられないですか!?』

葛川>『あれはまずマレちゃんが飛び上がったら全力で後方ダッシュして一段目を回避して』

葛川>『二段目はマレちゃんの右横をすりぬけるようにローリング』

葛川>『三段目はその場でじっとしてればあんまり当たらないものですけど念のために盾を構えておけばよしですよ!』


(ま、待て待て! メッセージの洪水か!?)


 チャットは短文かつリズミカルに相手が返信できるようにしないとダメ、という星ノ瀬さんの指導が脳裏に蘇る。


 自分がされてよくわかったが、あれは正しい。

 こうも連続してメッセージを流し込まれては、こっちのメッセージを挟むのが難しくなる。


久我>『なるほど参考になる。それと闘技場とかはやってるのか? 俺対戦好きだから割と通ってるんだけど』


葛川>『やってますやってます! いやあ、遠距離祈祷魔術ぶっぱを全回避して巨人砕きを叩き込んでやるのは最高ですね!』


 割と本気で別人に入れ替わったのかと思うほどに葛川さんのメッセージ攻撃は止まず、俺はその恐ろしい速度に追従しつつも話題の拡張に努めた。


 それは、口ほどには早く言葉が紡げないチャットでは、なかなかに大変なことだったが――


(けどまあ……良かったな)


 葛川さんは、間違いなく今この時間を楽しんでくれている。

 そして俺も、ついて行くのは大変ながらもゲーマーとして話自体は多いに楽しめているし、彼女のテンションの高さも好ましいと思える。


 そうして、俺たちの時間は過ぎていった。

 お互いの黙ったままだったら生まれ得なかった、どちらも心を軽やかにしてメッセージを交わせる善い時間が。


■■■


久我>『と、そろそろ終わりの時間だな』


葛川>『あ……そうです、ね』


 実習時間の終わりが近いことを告げると、葛川さんは名残惜しそうなメッセージを返してきた。


 その短い文からも葛川さんがこの時間を楽しんでくれたことがわかり、なんだか嬉しくなってしまう。


葛川>『あの、すみません。最初に失礼な感じで会話拒否してしまって』


久我。『ああ、いいよ。葛川さんはこういう実習苦手なんだろ?』


葛川>『そうです。私は気の利いた話とか全然できないから、どう頑張っても全然会話が続かなくて……』

葛川>『だからもう、こんなに苦しい時間を過ごすなら相手に頼んでやり過ごさせてもらおうって』


久我>『うん、俺もちょっと前までこの実習が苦痛だったから、葛川さんもそうじゃないかと思ってた』


葛川>『え、そんな感じ全然しませんでしたけど……むしろ凄く慣れているというか』


久我>『いや、最近はちょっと恋愛の特訓したから少しマシになっただけだよ』


葛川>『恋愛の特訓(笑)』

葛川>『すみません、ちょっとクスっときました』


 ……何故みんな、俺が恋愛の特訓をしてると言ったらウケちゃうんだろうか。 

ゲームでも料理でも、俺は上手くなりたいことはひたすら練習するタチなんだけど、これっておかしいのか?


久我>『でも、良かったよ。俺もゲームの話が出来て楽しかった』


葛川>『はい、私もです』

葛川>『私ってああいう男の子が好きなゲームとかアニメばっかり好きだから、女子とも話が合わなくて』

葛川>『今日は初めて楽しくチャットできました』


 そう言われると、俺としても嬉しい。

 あのまま俺がチャット自体を諦めていたら、俺たちはただ沈黙のままにこの時間を過ごし、何とも気まずい気分のまま終わっただろう。


 少なくとも、この時間をお互いにとって楽しいものにできたという意味では、間違いなく成功だった。


久我>『まあ、もし次の実習とかで俺に当たったらまたゲームの話でもしよう』

久我>『もちろん他のことでもいい。俺は割とどんな話題でも楽しめるし、葛川さんと話して面白かったからさ』


 葛川さんの恋愛授業における苦しみが少しでも減ればと思い、俺は素直な気持ちを締め括りとして送った。


 すると――


(ん……?)


 さっきまでテンポよく返ってきていたメッセージが、何故か返ってこなくなる。

 不思議に思いながらスマホを二分ほど眺め、ようやくメッセージは返ってきた。


葛川>『久我君って』


 うん? 俺って?


葛川>『もしかして女子に手が早いチャラ助さんなんですか』


「はぁっ!?」


 突然予想だにしないことを言われ、思わず口から混乱が漏れてしまった。

 こ、この非モテを捕まえてチャラ助だと!?


久我>『いやいやいや、何がどうなってそうなる!?』

久我>『というか俺はFランだよ! チャラ助どころか底辺だから!』


葛川>『そうなんですか。いえ、なんだかこの人、こんな陰キャ女子にも不自然なくらい優しいなって思ったので』


久我>『陰キャも何も、ペアを組んでくれてる人に少しでも気持ちよくこの時間を終えて欲しいって思うのは、当たり前だろ!?』


葛川>『そんな恥ずかしいことを大真面目に言えるのに、なんでFランクなんですか??』


 葛川さんは本当にリラックスしてくれたらしく、やたらと俺をからかってきた。


 それに反論すべくさらなるメッセージを書き込もうとしたが――

 教室に設置されていた実習終了のアラームが鳴り、俺にとっての恋愛試験第二弾は終わりを告げたのであった。

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