第24話 愛理の恋愛レッスン:チャット会話
星ノ瀬さんとメッセIDを交換したその日の夜――
俺は自宅のベッドで、ひどく落ち着かない気持ちを抱えたままスマホを凝視していた。
(く、くそ……こんなに心臓がバクバク鳴ってる夜は初めてだ……)
俺が今ドキドキしながら待っているのは、星ノ瀬さんからのメッセだった。
今日の昼休みのメッセID交換の後――
次回の恋愛実習の内容であるチャット会話練習として、星ノ瀬さんは『さっそく今夜にメッセを送るわね!』と夜の在宅授業を俺に宣言したのだ。
それはもちろんありがたいことなのだが……。
(う、うおお、緊張する……! ま、まさか女の子との初メッセが星ノ瀬さんになるなんて……!)
正直、午後の授業中も星ノ瀬さんからのメッセで頭がいっぱいであり、他のことに手がつかない状態だった。
それくらいに、プライベート時間に女の子から連絡がくるということは俺には衝撃的すぎることなのだ。
そんな感じで俺がベッドに腰掛けて落ち着かない時間を過ごしていると――不意に手元のスマホからポンっと着信音が鳴った。
「! き、来た……!」
星ノ瀬>『こんばんわ! 待った?』
ポップな絵文字とともに星ノ瀬さんからのメッセージが着信し、俺は慌てて返事を打つ。
ええと、とりあえず――
久我>『ああ、こんばんわ。待ってたよ』
(ぐ、我ながら初っぱなからなんて面白みのない文を……)
もっとウェットに富んだ挨拶をしたかったのだが、結局文字になったのはそんな無味乾燥な挨拶だった。
星ノ瀬>『そう? で、ところでどう?』
星ノ瀬>『私の顔は見えない訳だけどいつもの女の子への緊張はある?』
久我>『スマホの先に相手がいるんだしメッチャある。特に相手の顔が見えないのがなんか怖い』
星ノ瀬>『そうそう、それが難しいとこなのよね』
星ノ瀬>『相手の表情を確認できないから、自分の言葉への反応が確認できないし』
ポンポンと効果音とともにやってくるメッセージに、俺は星ノ瀬さんを待たせないように懸命に返信する。
このスピードについていくことからして、すでに結構大変である。
星ノ瀬>『じゃ、早速お話しましょうか!』
星ノ瀬>『そうね、久我君は昨日放課後何してたの?』
(昨日の放課後か……割と忙しい感じだったな)
俺の過ごした時間なんて面白い点があるのかわからないが、とにかく話してみないと始まらない。じゃあ、ちょっと時系列順に書くか。
久我>『そうだな。昨日はまずスーパーがタイムセールだったから山のように豚挽肉を買ってきたよ。それから帰ったらひたすらそれの料理だな。豚つくねを作っては冷凍し、作っては冷凍し、めんどい時のストックを大量生産してた。その後は友達に誘われてずっとゲームやってたな。イカのキャラがペンキを打ち合うゲームなんだけど俺は結構得意でさ』
星ノ瀬>『ストォォォップ! ひたすら喋っちゃダメだから!』
「え……」
お叱りのメッセージとともに、ペンギンが可愛く憤慨しているスタンプが送られてきて、俺は自分が何かをやらかしてしまったのだと悟る。
星ノ瀬>『チャットはメールじゃなくて会話なの!』
星ノ瀬>『だから短文が基本で短くポンポンとラリーさせるのが基本!』
(そ、そうだった……)
恋愛授業でも簡単なチャットアプリでの会話の指導はあったが、確かに星ノ瀬さんと同じことを言っていた。
忙しい大人の世界だとメールのように長文でチャットアプリを使うこともあるが、学生での使い方はメッセージの応酬が基本であると。
久我>『すまん、いきなりマナー違反やっちゃったな』
詫びのメッセージを送りつつ、俺は一抹の不安に囚われていた。
俺がまたしてもド素人な失敗をしたせいで、気を悪くしていないだろうかと。
(こんなことを考えちゃうのは、やっぱり顔が見えないからだな……)
女子緊張症の俺に対し、星ノ瀬さんはいつも笑顔でいてくれる。
あの明るくて見る者を元気付ける笑顔のおかげで、俺はなんとかガチガチになることなく星ノ瀬さんと話していられるのだ。
けどチャットだとそれがなく、ちょっとしたことでも星ノ瀬さんを怒らせたのではないかと心配になってしまう。
星ノ瀬>『ううん、失敗するための練習なのよ! ガンガン失敗しなきゃ!』
思わず苦笑してしまうほどに、星ノ瀬さんからのメッセージは力強くて温かい。 無機質な文字からも滲み出てくる彼女の人柄の良さと明るさが、気付けば俺の中の不安を吹き飛ばしてくれていた。
星ノ瀬>『それじゃ、さっきの注意点を踏まえて久我君から何か話題を振ってくれる?』
久我>『わかった』
そう返事するしかないものの、やはりこれは毎回難しい。
女の子に振るべき話題なんてそう多くはないのだが、基本的に男女のやりとりでは男性から話しかけるのが昔からのマナーらしい。
久我>『そうだな……星ノ瀬さんは映画とか見るか?』
星ノ瀬>『お、基本だけどなかなかいい話題ね』
星ノ瀬>『ええ、もちろん見るけど久我君はどんなの見てるの?』
久我>『まあ、わかりやすいガンアクション映画とかかな。筋肉ムキムキのマッチョマンが悪党をバンバン撃っていくみたいな』
星ノ瀬>『あーああいうのね! 途中で絶対カーチェイスが入って、最後は敵のアジトが爆発するやつ!』
久我>『そうそう。とにかく撃ちまくって爆発しまくる奴。何も考えずにスカッと見れるのがいい』
俺みたいなライト勢からすれば、映画なんかわかりやすくて痛快な奴が好ましい。
俺自身がお子様なせいか、あんまり難解なのは苦手だ。
久我>『俺はそんな感じだけど星ノ瀬さんは?』
星ノ瀬>『私は結構色々見るわね。恋愛でもサスペンスでもアクションでも好きよ』
星ノ瀬>『けど、最近割と好きなのがサメ映画ね』
久我>『サメ!?』
サメ映画とは大昔からあるジャンルで、最初は海でサメに襲われるという割と常識的なパニックホラーだったらしい。
だが近年のサメ映画は常識から解放された方向に突き抜けており、B級の王様みたいな立ち位置になっている。
星ノ瀬>『そうそう、もう最近すっごいでしょサメ!』
星ノ瀬>『空飛んだり分裂したり巨大化したり竜巻になったり!』
星ノ瀬>『最近見た中では『ライトニングシャークVSチェーンソー三銃士』とか一周回って名作だったわ!』
久我>『ああ、それは俺も見た。倒れた二人の遺志を継いで主人公がチェーンソー三刀流になった時は謎の感動があったな』
星ノ瀬>『でしょ! できたら映画感で見たいんだけど、自宅じゃないと思いっきり笑えないのが困りものなのよねー』
久我>『最近は映画もスマホでばっかだけど、映画館もいいな。キャラメルポップコーン食べたい』
星ノ瀬>『ふふ、でしょ? それに映画館ってなかなかいいデートスポットなの。映画が面白いかどうかは賭けになっちゃうけど』
俺としては、やはり会話よりチャットの方が難しく感じる。
顔が見える恐怖よりも、顔が見えない恐怖の方が強く、今相手にどう思われているのか示す表情というパラメータがないのが辛い。
だがそれでも、チャットのリズムが一定になっていくほどに、返信の内容はだんだん悩まなくなっていった。
お互いの呼吸というか、会話のテンポが合っていき、その軌跡が文章という形で残るのはなんとも心地いい。
(なるほど、みんなこういう感じでチャットを楽しんでいるのか……)
練習という形で体験させてもらった、異性とのチャット。
それは自然と俺を幸せな気持ちに導いていき……メッセージのやり取りは長く続いたのだった。
■■■
ふと時計を見ると、もう夜の十時近かった。
いつの間にこんなに時間が経ったのかと驚きつつ、俺はメッセージを打った。
久我>『ごめん。かなり遅くなったな。こんな時間まで指導してくれてありがとう』
星ノ瀬>『そうね。もういい時間だしここらでお開きにしましょうか』
星ノ瀬>『いくつか指摘したことはあったけど、なかなかいい感じだったわよ久我君』
会話練習の時もそうだったが、俺がいきなりでちゃんとチャット会話できたように見えるのも、星ノ瀬さんの誘導が上手いからだろう。
相手の自信を失わせることなく、常に明るく先に導いてくれる上手さが星ノ瀬さんにはある。
星ノ瀬>『それじゃ、また次の練習でね。おやすみなさい久我君』
久我>『ああ、星ノ瀬さんもおやすみなさい』
そこで、俺の人生で過去最長となったチャットは終了した。
そして――
「…………」
ふと、星ノ瀬さんからの『おやすみなさい久我君』という文字を眺めている自分に気付く。
普段だとまず交わさないおやすみの挨拶。
この夜の遅い時間まで星ノ瀬さんと自分が言葉を交わしていた証明から、視線が中々離れてくれない。
(ああ、なるほど……これもチャットの良さだな)
言葉の全てが記録として残り、本来ならすぐに記憶から薄れていくであろう時間を思い出すことができる。
俺はベッドに倒れ込み、チャットのログをスクロールする。
今夜に交わした星ノ瀬さんとの会話を追憶するのは――俺にとって心地よいことだったから。
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