第23話 Sランク少女のメッセID
人間の慣れとは恐ろしいもので、俺は女子緊張症の克服までには至らずとも、星ノ瀬愛理という少女の存在にはかなり耐性がつきつつあった。
ただ、それでもやはり顔を突き合わせれば胸の鼓動が早くなったり、顔から火が出そうになる感覚までは治まらない。
そう特に――こうして資料室で二人っきりになって、恋愛レッスンを受けている時なんかは特にだ。
「さて、次の目標は次回の恋愛実習ね。これまたペアになった女子を満足させたら成功ってことで」
「あ、ああ……それはいいんだけどさ星ノ瀬さん。昼休みに俺といて大丈夫なのか……?」
そう、現在は昼休みであり、この資料室周辺はほとんど人気がないとはいえ、人の通りは放課後に比べれば多い。
星ノ瀬さんに『今日は昼休みにレッスンね! お弁当を食べたら資料室に集合!』と言われてのこのこやってきたのだが、万が一俺と密室にいるところを誰かに目撃されたら、要らぬ詮索や悪評の元になるかも……。
「まあ、その時は私の方で上手く誤魔化しておくから。ちょっと今日は放課後に用事が入っちゃって、中々時間がなかったの」
「そ、そっか。まあ、俺は全然大丈夫だけどさ」
そもそも、毎回放課後にガッツリと時間を割いてくれているのがサービスよすぎだと思う。
「で、次の恋愛実習って『チャット』なのよね。練習モードでペアを一時的に交際中状態にして、アプリ内のチャット機能で話すの」
「ああ、あれかぁ……正直、あれも苦手だな。何を書いていいのかわかんなくなっちゃうし」
恋愛の授業で習ったが、会話と比べてチャットによるコミュニケーションは難しいとされている。相手の表情や声のトーンなどから情報を引き出せず、文字だけで相手の気持ちを推し量る必要があるからだ。
「という訳でその練習がしたいから、私個人のメッセIDを教えるわね。登録してくれるかしら」
「ああ、わかった。……よし登録できたぞ」
『メッセ』とは、日本中に普及しているチャットアプリだ。
広く交友関係を得るために皆に自分のIDを公開する生徒もいるが、基本的に女子から男子にホイホイと教えるものではない。
(………………ん?)
星ノ瀬さんに言われるままにごく自然にメッセの登録を済ませた俺だが、自分が今自分が何をしたか遅れて理解が及び、ぶわりと汗が噴き出た。
(え、え……!? ほ、星ノ瀬さんのプライベートなメッセID!?)
コイカツアプリにも通話機能・チャット機能はあるが、それは交際している者同士の限定機能だ。
だからこそ、メッセIDを教えるという行為の意味は重い。
部活内などで気軽に教え合うこともままあるが、特にグループを同じくしてない男女が連絡先を教え合うということは、少なくとも友達以上の関係という意味合いになる。
い、いや、落ち着け! 勝手に舞い上がるな!
星ノ瀬さんにとって、きっとこんなのは特別なことじゃないんだ!
「えっと、その……俺が知らないだけで、星ノ瀬さんって、みんなにメッセのIDを公開してたりするのか……?」
「へ? いや、そんなことしてないわよ。というか、男子にメッセのID教えたのはこれが初めてで――あ」
俺がおずおずと尋ねると、星ノ瀬さんはぴたっと動きを止め――
(か、顔を赤くしてプルプルしてる……! さ、さては俺への指導のために何も考えずにIDを教えてしまって、今その意味に気付いたな!)
星ノ瀬さんのポンコツな面がどうやらプライベート以外でも炸裂してしまったらしく、なんとも気の毒な状態になっていた。
「……えと、登録は消しておこうか」
「い、いいから! それがないとチャットの指導ができないし、必要なことよ!」
俺は気を遣ってそう申し出るが、星ノ瀬さんは照れ隠しをするように大きな声で却下した。
恋愛女王たる星ノ瀬さんなら男子にメッセIDを教えたことくらいはたくさんあるだろうと思ったが……この反応を見るにどうも本当に初めてらしい。
「た、ただし! 絶対に他人に漏らしちゃダメだから!」
「あ、ああ。それはもちろん秘密にする」
というか、こんな最重要機密を俺が知っているなどと言ったら、俺はクラス中の男子から吊されて詰問を受けてしまうだろう。
冗談抜きで、俺への買収や強奪を試みる輩が出てきそうだ。
「そこは絶対守ってね! 私のIDを知ってる男子は久我君だけってことでお願い!」
(ぶほぉ……!)
おそらく無意識なのだろうが、『私のIDを知ってる男子は久我君だけ』という凄まじく男心を揺さぶる一言により、俺のピュアなマインドはヘビーな右ストレートを食らったのごとく吹き飛ばされた。
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