第22話 ド真面目男の実態と交際申請
「ごちそうさま! うーん、自分で作ったごはんだとありがたさが違うわね! お米一つ残さず食べちゃったわ!」
「俺もごちそうさま。凄く美味しかったよ」
すこぶる上機嫌な星ノ瀬さんを眺めながら、俺は彼女に料理の成功体験を与えるというミッションをクリアできたことに安堵していた。
(うん、実に美味しかったな星ノ瀬さんの料理……あれ?)
自分が食材とレシピ用意したためそういう意識が薄かったが、ふと今自分が食べたものに価値に気付き、俺はほのかに顔を赤らめた。
そ、そうだこれ……紛れもなく星ノ瀬さんの手料理じゃんか!
「? どうしたの久我君? なんだか顔が赤いけど」
「い、いや……別になんでもない」
それを今更言い出すのは変に意識しているみたいになりそうだったので、俺は適当に誤魔化した。
しかし、星ノ瀬さんの手料理か……学校にいる熱烈なファン連中なら万札を出してでも食いたいもんだろうな。
「ふー、それにしても久我君の家って本当に片付いてるわね。いつ見ても自信を失っちゃいそ……あれ?」
部屋を見渡していた星ノ瀬さんは不意に席を立ち、部屋の隅にあるチェスト上に飾っているものをしげしげと眺め始めた。
それは、実家からここに越してくる際に、親から『あんたのものなんだから』と言われて持ってきたものだった。
「ええと……これ、賞状? 『第二十七回ブロックトイ大会小学生の部 特別賞』。って、え、この写真に写ってる作品って久我君が作ったの!? すごっ!」
星ノ瀬さんの眺めている写真には、当時の俺がブロック玩具で作った真っ赤な竜が写っていた。当時はファンタジーアニメなどが好きだった影響なのだが、好きなものだったからこそ熱を込められたのだと思う。
「ああ、九歳くらいの時にそれに凄いハマっててさ、親が大会に出してくれたんだ。ギリギリの入賞だったけどいい思い出になったよ」
「へぇー、こんな特技が……て、他にもある? 『第十回市民絵画コンクール幼児の部 審査員賞』……こっちは『第八回クラッシュブラザーズスペシャル県大会中学生個人の部十五位』……え、な、なんか多趣味かつどれも上手かったのね?」
「あー、なんか俺って昔から強く興味を持つと一直線なタチで、どのジャンルでもプロの動画とか見て研究ノートを作ったり、ずっと遅くまで飽きずに練習してたりしたからな。大体の趣味は、そこそこのところまではいくんだ」
親によると物心つく前からそうだったらしく、『これ好き!』『これを頑張りたい!』となったらその趣味に対してド真面目に取り組む傾向があったそうだ。
なお現在の最も主な趣味である料理も、その傾向がある。
プロの料理動画は欠かさず見てるし、試作もかなりのハイペースでやっている。
「……ねえ、久我君。もしかしてだけど」
「うん?」
「今、久我君って恋愛のことを学び始めたじゃない? まさかそれも……ノート取ったり一人で練習したりしてるの?」
「ああ、毎日してるぞ」
「してるのっ!? 毎日!?」
俺としてはそんなに変なことを言ったつもりはなかったが、星ノ瀬さんは驚きに目を丸くしていた。
普通、本気でやりたくなったことって、部活みたいに分析と練習に明け暮れるもんじゃないか?
「星ノ瀬さんから教えてもらったことや気付いたことはノートにまとめて、俺一人でも会話なんかの練習は繰り返してる。効果があるかはわからないけど、やらないよりマシかと思ってさ」
「な、なるほど……なんで久我君があんなに短期間で女子との会話力がアップしたのか、わかったような気がするわ……」
なんとも複雑な表情で、星ノ瀬さんが言う。
なんだか、褒められてつつも呆れられてるような感じだった。
「まあ、でもそれくらい向上心があったほうが先生としては嬉しいわね。ちょっと今度そのノートを見せて――あら?」
そこで、テーブルの上に置いていた星ノ瀬さんのスマホが振動してメッセージを画面上に表示してきた。
その内容は――
『あなたへの交際申請が届きました』
「……っ!」
俺のスマホには出てきたことがない、異性からのアプローチ。
現代で極めて簡略化された恋の告白が、星ノ瀬さんのスマホに届いたのだ。
「あ、えと……」
それは、別に驚くに値しないことのはずだった。
星ノ瀬さんは学校における恋愛ランキング一位の女子で、交際申請なんて山のように来ているなんて誰もが知っていることだ。
であるのに、何故か俺はやたらと動揺していた。
腹の下あたりが締め付けられるような感覚が覚え、何故かひどく焦ってうろたえてしまっている。
「あ、きちゃったのね。ごめん、ちょっと対応するわ」
動揺している俺とは対照的に、星ノ瀬さんの対応は実に簡素だった。
交際申請の内容を一読し、指を一回タップさせただけでスマホから手を離したのだ。
「ふう、お断り完了っと。こういうのは送られても応えられないって言ってるけど、やっぱり多いわね……」
「そ、そんなに多いのか? いや、俺とか交際申し込まれたことないから、何件なら多いっていうのかわかんないけど」
俺の非モテ丸出しの言葉に、星ノ瀬さんは苦笑しつつ答えてくれた。
「ええ、毎日山のように来るわけじゃないけど、ある程度の間隔でポツポツとね。まあ、大半はコメントもなしの冷やかし半分な感じだけど」
「……そんなノリが軽い交際申請も多いんだな」
先日、クラスで星ノ瀬さんのことを話していた男子たちを思い出す。
アプリで簡単に交際申請ができる今は、『ワンチャンあるかも』『言うだけならタダだしダメ元』みたいな軽いノリの告白も多い。
「ええ、でもむしろそっちの方がマシなの。何も考えずにさっとお断りできるからね。でも……」
星ノ瀬さんは誰をも魅了する綺麗な顔を、苦みに耐えるように曇らせた。
「中には真面目なメッセージ付きの交際申請を送ってくる人もいて、そういう人を断る時は流石に罪悪感が湧くわね。彼氏は作らないって、一応宣言はしてるけど」
「それは……交際申請してきた男子に好みのタイプがいないってことじゃなくて、誰であろと絶対にお断りしてるってことなのか?」
「…………うん、そんなところ」
星ノ瀬さんは力のない声で肯定する。
その表情にはいつもの快活さはなく、重苦しいものを抱えているかのように暗く沈んでしまっていた。
ふと、俺はその心に触れてみたいと思った。
いつも明るくて優しいこの女の子のことを、もっと知りたい。
今彼女の心に負荷をかけている悩みや痛みを知り、彼女の心を理解したい。
だけど――
「そっか、ところで次の家事指導だけどさ。次回も料理でいこうと思う」
「え?」
俺から唐突に別の話題を振られ、星ノ瀬さんは目を丸くした。
「包丁も練習が必要だけど、もっと一人暮らしで即使えるようなレンチン料理とかがいいかな。……ん、どうした?」
「え、いや……聞かれるかなって思ったから」
驚きを滲ませた表情で、星ノ瀬さんは続ける。
「その、この手の話になると、女子からも男子からも『どうして彼氏を作らないの』って、ほぼ確実に聞かれるの。だからちょっと意外で……」
「ああ、俺も気にならないって言えば嘘になるよ。けど――」
それを知りたいと思う気持ちは、交流が皆無だった以前よりも今の方が強い。
近しくなったからこそ、もっと相手の内面が知りたくなるものだ。
だがまあ、俺だっていつまでも異性との会話力がゼロの男じゃないのだ。
「星ノ瀬さんが恋愛レッスンで教えてくれただろ。色々と会話のテクはあっても、結局一番大事なのは、相手のことを考えて話すことだって」
それは当たり前のことなのだが、女子との会話という緊張状態の中では忘れがちになってしまう。
つい前のめりになって話してしまったり、相手のことをよく知ろうとして踏み込みすぎてしまうこともある。
「彼氏を作らない件については、星ノ瀬さんにとって気分がいい話じゃないんだろ? だったら、もっと楽しい話をした方がいいだろ」
「…………」
他ならぬ星ノ瀬さんの教えに基づいてそう言うと、星ノ瀬さんは虚を突かれたような顔でしばし沈黙する。
「……こんな感じでどうかな、星ノ瀬先生」
「ぶふっ……!」
出来の悪い生徒の回答としてどうかと俺がおどけて言うと、星ノ瀬さんは盛大に噴き出した。
「もう……本当に急成長してるわね久我君。ここで雰囲気を変えるジョークとか言えるのはなかなかポイント高いわ」
「先生がいいんだよ。もし俺が普通に彼女が作れるようになったら、本とか書かないか? 『Fランク男をモテモテにした現役JKの恋愛レッスン』みたいな」
「ぷっ……! あは、あはははは!! ちょ、やめてってばもう! お腹よじれちゃう!」
俺の物言いがそんなに面白かったのか、星ノ瀬さんは実に可笑しそうに笑う。
重苦しいもの呑んだような表情はなく、ただ笑いをこらえきれないという様子で。
(良かった。ちょっとは元気出たな)
その様に俺は密かに安堵する。
星ノ瀬さんは明るい太陽みたいな女の子には、陰りのある表情なんて似合わないと思うから。
(けど、ま……本当は知りたいんだよな)
この時代は恋愛が推奨され、恋愛強者が褒め称えられる。
そんな中で――こんなにも綺麗で愛らしく、どんな恋でも思うがままであるはずの星ノ瀬さんが恋愛を遠ざける理由。
それは一体――何なのだろう?
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