第20話 大恋活時代のありふれたクラスの光景


 いつもと同じ教室の、同じ光景。

 特に主だった変化はないはずなのに、以前とはちょっと違って見える。


 けどおそらく、変わったのは周りじゃなくて俺だ。

 恋愛レッスンを受けるようになって恋活に向き合うようになったからこそ、視点に変化が生じているのだ。


(なんというか……自分のことで悩む時間が減ったな。それと、今まで聞き流してた教室の恋愛話も、以前より興味を持つようになった)


 ふと昼休みの教室を見渡すと、今日もまたあちこちで恋愛の話題に花が咲いている。おそらく、どこの学校でもそうなのだろう。


「ねーさ、聞いてよ! サッカー部の先輩から交際申請が来たの! Dランクの私なんかでいいのかなーとか思ったけど、すぐにOKしちゃった!」


「え、あのBランクの!? ちょ、気を付けなよ。ランクに差があると見下されちゃうケースが多いらしいし、遊ばれるだけかもよ?」


「ひ、ひいいい! ら、ランキングの順位が下がってDランクからEランクになってる……! うわあああああ! もうお終いだあああああ!」


「はは、ご愁傷様だなオイ! その点俺なんか、なんとCランクに上がっちゃったんだよなこれが! いやー、モテすぎちゃって辛いわー!」


(やっぱり、どっちかと言うと女子より男子の方がガツガツしてるよな)


 恋人を作りたいという欲は、女子よりも男子が強いように思える。

 しかし、よほどのイケメンでもない限り、黙っていても女子が寄ってくるなんてことはあり得ない。


 なので、女子から好意を抱かれるための努力やアタックが必須となる。


(さらに恋愛ランキングのランク問題がな……低くなると女子に相手してもらえなくなるから、みんな順位とランクには敏感だ)


 女子の場合は、たとえFランクだろうと交際ができないわけじゃない。

 高嶺の花より低ランクの付き合いやすい子――そう考える男子はそれなりに多いからだ。


 ただFランク男子にそんな需要はなく、ただただ恋愛から隔絶されるための最下層と化してしまっている。俺がFランク脱出を目標としているのも、この辺の理由が大きい。


(ま、とはいえ大多数の男子はF~Cの範疇にいるけどな。いくら恋活アプリで交際が簡単になったと言っても、付き合いまくれる奴なんてBランク以上だろ)


 そういう人気の男子――星ノ瀬さん曰く『魅力がわかりやすい人』以外の男子の恋活は、やはり地道なコミュニケーションにある。


 異性からもらえる『いいねポイント』が順位に大きく影響するため、それを獲得するために普段から努力が必要だ。


 恋愛授業や学校行事などの交流チャンスで好感を得る、部活や委員会などのコミュニティ活動を頑張る、ちょっとした親切や善行を積み重ねる……とまあ、色々と頑張らないといけない。

 

(そういう活動を諦めたり、疲れ切ったりした奴がどんどんランクを落としてやがてFランクに落ちてくる。こうなると、這い上がるのは難しいんだよな)


 そんな感じで自然とランクはある程度固定化され、AランクはずっとAランクのまま、FランクはずっとFランクのままというように変動は小さくなる。


(だからこそ、Fランクの俺が大きく順位を登るなんて難しいことだけど……ま、決めたことだし頑張るしかないわな)


 そんなことをぼんやりと考えていると――


「星ノ瀬さん、この間は女子会の調整ありがとね! カラオケ屋も綺麗でスイーツのお店選びもすっごく良かったよ!」


「星ノ瀬さんって本当に頼りになるよね! あ、この間はノートを貸してくれてありがとう! おかげで助かったよ」


 俺の意識を引く名前が聞こえてきて、反射的に視線を向ける。

 するとそこには、何人もの女子が星ノ瀬さんを囲んでいるのが見えた。


「うんうん、みんなにそう言ってもらえたら良かったわ! まあスイーツ店は、私が食べたいお店を選んだだけだけどね!」


 笑顔でそう言う星ノ瀬さんに、周囲の女子が可笑しそうに笑う。


 その光景が語る通り、星ノ瀬さんは今日もクラスの中心にいた。

学級委員であることも手伝っているが、彼女は男子のみならず女子たちからも人気がある。


 それもランキング一位の威光でまとめているのではなく、あくまで皆の悩みを聞いたり助けとなったりすることによって皆から愛されている。

 リーダーやカリスマとはちょっと違う、アイドルのような存在として。


(でも……やっぱり家とは感じが違うな……)


 プライベートでの星ノ瀬さんは、もう少し砕けているというか……やや子どもっぽい感じで、背負う荷物を下ろして身を軽くしているような雰囲気だった。


 ちょっとそそっかしい面も含めて俺は家での星ノ瀬さんを好ましいと思うが、学校ではそこら辺を隠しているような印象を受ける。


(それに……あんなにいっぱい友達がいるのに、誰にも一人暮らしの悩みを相談しなかったのはどういう訳なんだ?)


 それは、協力契約を結んでからずっと不思議に思っていたことだった。

 星ノ瀬さんが言えば、助けてくれる人なんて俺以外にも数え切れないくらいいるだろうに……。


「錬士、なにぼーっとしてんだ?」


「あ、いや……」


 踏み入ったことを考えていると、席の後ろから俊郎が話しかけてきた。


「ああ、星ノ瀬さんか? いつ見ても凄い美人だよな。おまけに相手のランクを気にしないで接してくれるんだから、ファンが多いのもわかるよなー。貧民にも分け隔てなく優しい貴族令嬢って感じだわ」


「……ああ。男子だけじゃなくて、女子にも好かれるって凄いことだよな」 


「確かにな。女子って男子以上にランキングのマウントが凄くて、高ランクになると妙な逆恨みも多いっていうし、あんなに女子から好かれるランキング一位ってのは奇跡かもしれん」


 女子のマウント合戦は男子たる俺には想像するしかないが、確かになかなかエグい事態に発展することもあるという。

 友達同士でも、お互いのランク差によって仲違いするケースもよく聞く。


「でもその反面、身持ちは城塞みたいにカッチカチで、男のアタックは完全シャットアウトらしいな。ま、そもそも本人が彼氏作らない宣言してるんだから当然っちゃ当然だけど」


「…………」


 それは俺も知っている。というか、この学校では有名なことだった。

 どんな男子でも選び放題であろう星ノ瀬さんは、しかし彼氏は作らないと宣言して交際申請の全て断っている。


 その理由は、『今は彼氏を作りたいと思わない』かららしいが――


(…………あれ?)


 その誰でも知っている事実を再認識した瞬間、俺は奇妙な安堵を得ていた。

 何故そんな感情を覚えるのか自分でも理解できず、目を瞬かせてしまう。


「お、なんだ? もしかして錬士は星ノ瀬さん狙いか? いや、凄いなお前。竹槍で戦闘機落とす覚悟ってか」


「ち、違うっての! というか誰が竹槍だ!?」


 いや、恋愛的武力を換算するとそのくらいの戦力差があるのは事実だけど……!


「照れるなって、叶わなくても燃えちまうのが本当の恋ってもんだろ? いや漫画の台詞だから実際どうか知らんけど。ま、過激化ファンも多いからその辺は気をつけろよー」


 俊郎は好き勝手言ってケラケラと笑い、何か着信でもあったのか手元のスマホに目を落とした。


 まったくこいつは……俺を気にかけてくれているのか、からかいたいだけなのか。


(星ノ瀬さんに熱っぽい目で見ている男子が多いなんて、俺だってよく知っているっての)


 そう胸中で呟いたその時に、少し離れたところで固まっている男子たちの雑談が聞こえてきた。


「はー、やっぱ星ノ瀬さんはレベル違うわぁ。同じクラスになれてマジ目の保養」


「俺、記念に交際申請しとこうかな。というか、俺ならワンチャンあるかも」


「あるかよバカ。BランクやAランクが言い寄ってもダメなんだぞ」


「まあでも、難攻不落のランキング一位を落とせたらメチャクチャ気分いいだろうな。つーわけで、俺もダメ元で交際申請しとくわ」


(……っ)


 最後にとある男子が言った言葉により、俺の胸に突如として激しい苛立ちが溢れた。


(気分がいいって何だよ……っ! 大体、交際申請する時にはランキングの順位じゃなくてその人のことを見ろっての! ブランドもののバッグじゃないんだぞ!)


 自分でも予想外なほどに燃え盛った怒りが、強く胸を焦がす。

 ともすれば、その発言をした男子の胸ぐらを掴み上げたくなるほどに。


(くそ……星ノ瀬さん自身は相手の肩書きじゃなくて人となりを見ることができる人なのに、あんな恋愛ランキングしか見てない奴からも交際申請が来るのか)


 その事実が、何とも気分が悪くて暗澹となる。

 どんな動機で交際申請しても自由だとわかっていても、胸に渦巻く苛立ちは激しくなる一方だった。


(もし、星ノ瀬さんが彼氏を作るとしたら……)


 それは、彼女の表面的なことや肩書きのブランドに目が眩んだ奴じゃなくて、彼女の内面に惚れ込んだ人であってほしい。


 星ノ瀬さんの素晴らしい人となりを知る俺だからこそ――そう強く思わずにはいられなかった。

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