第18話 あり合わせの夕餉と恋愛の話


「……嘘でしょ……」


 テーブルに並べられた俺の料理を見るなり、星ノ瀬さんは驚愕の面持ちを浮かべた。


 ベーコンレタストマトのパスタ、簡単グラタンパン、なんちゃってポテトサラダ。

 本当に簡単ではあるが、なんとか夕飯っぽい形にはなった。 


「ウチにあった食材だけでこれを……? 料理スキル高すぎない??」


「いや、本当にありあわせで作った間に合わせメシだけど……」


 星ノ瀬さんは食生活がレトルト主体であること気にしてか、パックのレタスサラダとミニトマトを買い置きしており、後は朝食用なのか少量のベーコンがあった。

 そのなけなしの食材のおかげで、なんとかパスタは格好がついた形だ。


 副菜は、カップスープの素・裂けるチーズ・食パンで作ったグラタンパン。

 それとジャガイモスナックをお湯でも戻して作ったなんちゃってポテトサラダのレタス添えだ。

 

「お、美味しい……! パスタはトロっとなったトマトがソースみたいだし、グラタンパンもポテサラも、普通にちゃんとした味がする……!」


「良かった。まあ、とにかくパスタがあったのが一番助かったな。米もあったけど、ちょっと時間がかかっちゃうし」


「えと……実はパスタは一回チャレンジした時の余りなの。お洒落なインフルエンサーとかがよく作ってるから真似したんだけど、茹でてみたらドロドロになっちゃってからまだ再挑戦できてなくて……」


 あははー、と恥ずかしそうに星ノ瀬さんは照れ笑いを見せる。

 まあ、パスタって結構茹で方が難しいからな。


「それにしても……小さい頃から家事をしてたっていうけど、久我君って本当に凄いわね。歴戦の主婦みたい」

 

 あり合わせで作った料理を感心した様子で眺め、星ノ瀬さんは言った。


「今の時代は料理男子も珍しくはないけど、高校生でよくここまでできるなって感心するわ」


 大恋活時代――つまり結婚・出産が盛んな時代でもある今は、男子も家事ができてしかるべしという風潮は強くなっている。


 だが確かに、高校生で俺ほどやっている奴は珍しいと思う。


「単純に家庭の事情だよ。母さんは大きい会社の偉い人で、父さんはその部下なんだ。どっちも凄まじく忙しい上に揃って家事が苦手だから、小さい頃から俺が家事を手伝っていたんだよ」


 この情報だけだとなんだかひどい親のようにも聞こえるので、家族仲はいいことと、俺の高校合格後に母さんの栄転が決まってしまったので、俺の意思で一人暮らしを選択したことを付け加える。


「え、偉すぎない……? なんかもう、レトルト生活を送ってる自分が恥ずかしくてたまらないんだけど……」


「まあ、家事に慣れていても全然恋愛力と結びつかないのが困りごとだけどな。高校生じゃ特に目立つ特技じゃないし」


 大人の恋活は結婚を視野に入れるため、家事力は大きなポイントとなるらしい。しかし高校生である俺たちの間では、家事ができることはあんまりアピールポイントにはならない。


「まあ、そういう面はあるわね。でも魚住先生の恋愛授業でもあったでしょ?」


 空になった皿の上にフォークを置き、星ノ瀬さんは続けた。


「恋愛の行き着くところは結婚で、他人同士が一緒に暮らすためには家庭的な要素や気遣いが最後には一番必要だって。実際、大人の恋活だと家庭的な男の人は人気らしいわよ?」


「それって今イチ信じられないんだよな。だって現に、ウチの学校の恋愛ランキングで人気の男子って、スポーツが出来たり誰とでも仲良く話せたり……なんというか『強い』奴ばっかだろ?」


 穏やかで優しいタイプの男子などよりは、やはり肉体派でクラス内でも発言権が強いタイプがモテる現状を見ると、大人の世界でその傾向が変化するとはどうにも信じられない。


「ああ、それは『わかりやすい』からよ」


 男子の恋愛ランキングを見ていつも思っていたことを言うと、星ノ瀬さんは苦笑した。


「みんなね、相手がどういう魅力を持っているかわからないの。だから、運動ができるとか顔がいいとか、外からパッと見てわかる魅力がある人に集まっちゃう」


「それは……確かに。男子もそういう感じで女子を選んでるな」


 相手がどういう人かわからないので、まずは見た目や明るさなどのわかりやすいところを見る。それは確かに、男女関係なくやっていることだ。


「でも、交際するとわかりやすい魅力より中身が重要になるのは、大人じゃない高校生の私たちでも一緒よ。恋愛ランキングの人気なんかより……一緒いる相手のことを思いやれる人こそが、本当の意味で価値のある恋愛ができるんだと私は思う」


 わかりやすい魅力と、本当に必要な魅力。

 それらを語る星ノ瀬さんの表情は、何故か儚げだった。


 瞳もどこか遠くを見ているようで、もの悲しそうな色を映していた。


「……ふう、今日は本当にありがとう久我君」


 俺が星ノ瀬さんの表情に妙なものを感じていると、当の本人はすぐにいつもの調子に戻っていた。


「ゴミ捨てさえよく知らない私に丁寧に指導してくれて、おまけに夕飯まで作らせちゃって……本当によくしてくれるわね」


「いや、そんな……俺がしてあげられることなんて本当に大したことじゃないし」


 実際、俺ができることなんてそこらの男子の多くができるだろう。

 星ノ瀬さんが俺にしてくれることとは、価値が比較にならない。


「……私は、久我君に自信を持って欲しいな」


「え……」


 穏やかな表情のままポツリと、星ノ瀬さんはそう口から漏らした。


「久我君は、真面目で世話焼きで、自分をよくしようっていう向上心も、いざという時に他人のために動ける行動力もあるって私は知ってる。それが多くの人に知ってもらえたら、君はきっとたくさんの人から想われるようになる」


 お世辞ではなく、そうなっていないのがもったいないと言うかのような様子で星ノ瀬さんは続けた。


「恋愛ランキングなんて、人のごく表面的な部分しか見えないものなの。だから、自分をダメだなんて思わないで久我君。少なくとも、私は君とこうして一緒にいる時間は、とても安らいでいて楽しいって思えるから」


「――――」


 恋愛ランキング一位のSランク。

 あらゆる男子の心を奪う『恋咲きの天使』。


 そんな肩書きを冠する少女は、驚くべきことに恋愛ランキングを否定するようなことを口にしながら、ごく純粋な笑顔を俺へと向けてくれた。


 そうして、俺は彼女の本質の一端を理解する。


(ああ、そうか……)


 恋愛力で人を量ることが当たり前になったこの世界で、恋愛ランキングトップである星ノ瀬さんは、恋愛の底辺である俺を色眼鏡で見ることがない。

 

 彼女は、人そのものを見ることが出来る人なんだ。


「? どうしたの久我君? なんだかボーッとしてるけど」


「あ、いや……」


 なんだか、不思議な感覚が俺の胸を満たしていた。

 星ノ瀬さんが美人なのはずっとそうなのだが、なんだか彼女が数秒前よりもさらに魅力的に見えてしまう。


 何かよくわからないものが俺の胸に萌芽したような、そんな感覚があった。


 まあ、ともあれ――


「……ありがとう、星ノ瀬さん。そんなことを言ってもらったのは初めてだ」


 自分の性質に悩み自信を失っていた俺の心に、星ノ瀬さんの言葉は春の日に降る温かい雨のように染み入っていく。


 他ならぬ星ノ瀬さんに俺を肯定してもらったことが、涙が出るほどに嬉しい。


「星ノ瀬さんは……本当に素敵な人だな」


「へっ!?」


 胸に溢れてた気持ちのまま、俺はごく素直な想いを口にした。

 想いが飽和していて、口に出さずにはいられなかった。


「星ノ瀬さんの人気は恋愛ランキングにも現れているけど……すごく正当な評価だなって思う。こんな素晴らしい人に恋愛レッスンしてもらって、俺は本当に幸運だなって何度も思ってる」


「ちょ、ちょっ! 真顔で何言ってるの!? 女子に緊張するタチなのに、なんでそんな恥ずかしいことは平気で言えるのー!?」


 褒め言葉なんて聞き慣れているはずの星ノ瀬さんは、意外にもちょっと顔を赤らめていた。


 そんな純粋な心に、俺の中で芽吹いた何かがまた少し大きくなったような気がするが――


 ともあれ、こうして俺の最初の家事指導はこうして幕を閉じたのである。

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