第17話 異性にモテる人が、家事ができる人より偉いだなんて思わない
「まあ、こんな感じかな。これで大家さんから怒られることはないと思う」
「あ、ありがとう……思ったよりも全然複雑だったわ……」
ようやく全てのゴミを分別し終わり、星ノ瀬さんは疲れ果てた表情で言った。
まあ、確かに指導すべきところは多かった。
電池は燃えないゴミじゃなくて、自治体か家電店の回収ボックスに捨てるとか。
カッターの替え刃は、固い紙などに包んで刃物と明記するとか。
透明プラ容器はペットボトルの中に混ぜずにプラゴミへとか。
その他いくつかのルール違反を正して、ようやくゴミ問題は終わりを迎えたのだ。
「まあ、あんまり分別がアレだとゴミ回収の人も持って行ってくれないからな……」
「ふ、ふふ……実はちょっと『大家さんの意地悪!』とか思っちゃったけど、ちゃんと分別してみると、何も考えずにゴチャゴチャに混ぜていた私が明らかに悪いわねこれ……」
自嘲気味に言う星ノ瀬さんを見て、俺はつい口元に笑みを浮かべてしまった。
星ノ瀬さんはため息が出るような美貌を持ち、神に愛された存在と言える。
だが、そういった恵まれた人にありがちな傲慢さは微塵もない。
大家さんに怒られたからというのもあるが、きっちりとメモを取ってまで今後のゴミ分別をちゃんとしようとする真面目さは、俺にとって大変好ましい。
「わっ、もうすっかり暗いわね。こんなに遅くまで付き合わせちゃって悪かったわ」
「いや、これも契約の内だって。それにむしろ……俺としても少し心が軽くなったしさ」
「?」
俺の意図がわからなかったようで、星ノ瀬さんは不思議そうな顔を見せた。
「恋愛レッスン、あんなにしっかりやってくれたろ? 正直びっくりしたんだよ。星ノ瀬さんが俺のためにあそこまでしてくれるなんてさ」
アドバイス程度でも御の字だったのに、予想に反して星ノ瀬さんはガッツリとマンツーマンで指導してくれた。
あれは俺にとって、かなりの衝撃だったのだ。
「あまりにもありがたすぎて、俺もきっちりと家事指導をしなきゃって思ってたとこなんだ。星ノ瀬さんのレッスンの価値に比べたら、俺が教えられることなんて本当にたかが知れてるけど……それでも少しはお返しができたかなってさ」
そもそも、俺のために時間を割き、俺と顔を突き合わせながら恋愛指導を行ってくれること自体が聖人のような行いである。
他の女子に同じことをやってもらおうと思ったら金でも積まないと無理だろうし、家事指導程度では交換条件として安すぎる。
「ふぅん、そんなふうに考えてくれてたんだ? でも、私の考えはちょっと違うかな」
分別したいくつものゴミ袋を部屋の片隅に置き、星ノ瀬さんは苦笑するように言った。
「こんな恋愛至上主義な時代になる以前から、恋愛は『偉い』こととして扱われていたんだって。恋愛をしてる人、恋愛経験が豊富な人は強くて凄いって感じでね」
それは俺も知っている。
今の時代は特に加熱傾向があるが、それ以前の時代でも恋愛が『偉い』という意識は普通にあったらしい。
「でも、私は異性にモテる人が、家事ができる人より偉いだなんて思わない」
その言葉に、俺は少なからず息を飲んだ。
恋愛ランキングSランクである星ノ瀬さんは、多少家事ができるくらいである俺よりも明らかに『偉い』のだと――他ならぬ俺自身がそう思っていたからだ。
「だから、私の教えていることの方が価値があるなんて思わないで久我君。私は君が教えてくれること、君が助けてくれたことを、この上なくありがたいと思っているんだから」
「――――」
朗らかな笑みとともに紡がれる言葉に、俺は言葉を失ってしまった。
何故か目の前の美しい少女から目が離せなくなり、脳の活動が停滞する。
(ああ、本当に――)
星ノ瀬さんは素敵な女の子なんだなと、深く思う。
そして同時に、おそらくかなりの変わり者だ。
恋愛ランキングFクラスである俺なんかの助けをそんなにもありがたがってくれる女子なんて、学校中探しても彼女だけだろう。
「あ、そうだ! このあいだは夕食をご馳走になっちゃったし、今日は私がご馳走するわ!」
「え!?」
予想だにしなかった提案に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
夕飯って……星ノ瀬さんの手料理ってことか!?
「ふふ、遠慮しないでいいから待ってて! すぐに準備を――あっ!?」
リビングの隣にあるキッチンへ足を運んだ星ノ瀬さんは、突如何かマズいことを思い出したように固まった。
その視線の先にあるのは……先日の肉まんファイヤーの一件で焦げた電子レンジだった。どう見ても使っちゃマズい状態のままである。
「し、しまったわぁぁ!? ネットで頼んだ新しい電子レンジはまだ届いていないんだった! ど、どうしよう、これじゃとっておきの高級冷食が食べられない!」
星ノ瀬さんは困り果てた様子で頭を抱える。
そっか……まだ買い替えが完了してなかったんだな電子レンジ……。
「う、うう……今日はお弁当を買いに行ってないし、冷食が封じられちゃうと食べるもの自体がほとんどないわ……」
星ノ瀬さんはかなり困った様子で冷蔵庫の中や戸棚を確認するが……中に入っている食材は確かに少ない。
だけどまあ、これならなんとか……。
「なあ、そこにある食材って全部使っていいか?」
「え? いや、それは全然構わないけど……って、まさか久我君、何か作れるの!? 恥ずかしながらロクなものがないんだけど……」
「まあ、もちろんそんなキッチリしたものは無理だけど……もしよかったら任せてくれ」
どうやらこのままだと、星ノ瀬さん自身の夕食すらないらしい。
そうと聞いては黙って見ていることもできず、俺はそう申し出る。
(ただ、それにしても……妙にやる気だな俺)
ここ最近で星ノ瀬さんと急速に交流を深め、彼女のポンコツな面を多々見たせいで彼女への緊張はかなり薄れている。
ただそうであっても、自分に女の子の家で料理を買って出る度胸があったとは驚きだった。普段の俺なら『出しゃばりだと思われないかな』などと考えて黙っていそうなもんだが……。
(そうだな、もしかして……)
あるいは、俺は浮かれているのかもしれない。
星ノ瀬さんがさっき、家事を教える俺のことをありがたいと言ってくれたから。
Fランクで特に誰にも必要とされない俺を、必要としてくれていたから。
だから、もっと彼女の役に立ちたくて、自分の得意なことで彼女に喜んで欲しい。
そんな想いから自分の積極性が増しているのだと気づき――俺は星ノ瀬さん家の食材を漁りながら、現金な己に苦笑した。
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