第16話 ゴミは綺麗に捨てよう
「うーん……」
俺こと久我錬士は、悩みながら夕方の帰路に着いていた。
「さて、どうするべきか……」
先日の恋愛授業の実習は大成功に終わった。
それもこれも全て星ノ瀬さんが『久我錬士の恋愛力を向上のための指導をする』という契約をこの上なく果たしてくれたからであり、感謝してもしきれない。
その気持ちを示す手段は、やはり俺も誠実に『契約』を履行するのが最善だろう。
俺が請け負った家事アドバイザーとしての約束は二つ。
一つ目は星ノ瀬さんの家事に係る相談を全面的に応じること。
二つ目は家事指導をして、星ノ瀬さんの家事スキルを向上させることだ。
(そんなわけで早速家事指導を始めたいんだけど、何からがいいかな……)
どうやら星ノ瀬さんは掃除・料理・洗濯など満遍なく家事が苦手らしい。
ならどれから教えていくべきか……。
(……って、考えごとしてたらもうマンション前か。さて今日は遅くなっちゃったからメシは簡単に済ませ……?)
自宅マンションのエントランスに入ろうとすると、そこから少し離れたゴミ捨て場に立つ見覚えのある人影に気付く。
(星ノ瀬さん……先にマンションに帰ってたんだな)
星ノ瀬さんが隣に越してきてからまだ日が浅いせいか、俺たちは先日までお互いが隣に住んでいることを知らなかった。
けどもしかしたら、今までこうやって視界の端に入ることはあっても、関係の薄さからお互いを認識出来ていなかったのかもしれない。
(けど今はこうして、少しでも視界に入ると星ノ瀬さんがいるってわかっちゃうな……。この間なんて、あの綺麗な顔を念入りに網膜へ焼き付けちゃったし)
しかし……星ノ瀬さんはゴミ捨て場に棒立ちして何をしてるんだ?
なんか途方に暮れたような顔をしてるけど……。
「あ、久我君! ナイスタイミング!」
星ノ瀬さんは俺を見つけるやいなや、沈んでいた表情を輝かせた。
「助けてぇ……! さっき大家さんから呼び出されて出してたゴミを突き返されちゃったのぉ!」
「えぇ……?」
咄嗟に状況が飲み込めず俺は困惑した声を出してしまうが、すぐに星ノ瀬さんが両手に持つゴミ袋に何か紙が貼られているに気付く。
そこには、『ちゃんと分別しなさい!』という大家さんからのお叱りの言葉が手書きで記されている。
そういえば、昨日は資源ゴミの日だったが……。
「……もしかして、色んなゴミをごっちゃにして包んじゃったか?」
「なんだか、そうらしいの! でもどういう風に分けたらいいのかわからなくて……! その辺のことをちょっと教えて欲しいんだけど!」
涙目で助けを請う星ノ瀬さんの頼みを断るなんて、契約的にも心情的にも出来ようはずがない。
こうして、俺の家事指導の第一回目のお題は自動的に決定してしまったのだった。
■■■
「? どうしたの久我君? なんだか固まってるけど……」
「あ、いや……その、お邪魔します……」
星ノ瀬さんは不思議そうに俺を見ているが、俺の反応はごく当然だと思う。
一人暮らししている女の子の家の敷居を跨ぐなんて、俺でなくても抵抗があるし躊躇するだろう。
(そりゃこの間も入った家だけど……あれは火事の消火のために踏み込んだんだから流石にノーカンだし)
大家さんにゴミを突き返された問題を解決すべく、俺は今星ノ瀬さんの自宅に足を踏み入れていた。
それは、他ならぬ星ノ瀬さんが自分の家での作業を提案したからだ。
当然ながら俺はその発言に動揺したが、『へ? でも、私のゴミいっぱいあるんだけど、そんなのをマンションの敷地内でぶわーって広げてたら大家さんに怒らない?』という意見は否定し辛かったのだ。
(しかし、火事の時は煙が濃くてキッチン以外の部屋は殆ど見ていなかったけど……)
通されたリビングの光景は、その……なんというか『星ノ瀬愛理の自宅』という甘いワードを反映されたものでは決してなかった。
あんまりストレートに言葉にすると星ノ瀬さんの悪口になるからアレだが……なんというか、整然としているとは言いがたい。
「さて、それじゃここでゴミを開けるわね」
問題となっているのは資源ゴミ……つまり不燃物だ。
分別がやや面倒なこともあり、大家さんは多少の間違いも許さずきっちりと住民に指導する傾向がある。
だから、教えてると言っても多少のアドバイスだけで済むと思っていたが……。
「……う、うぅぅぅん……。悪い、これは全然ダメだ」
「ええええええ!? なんでぇ!?」
広げられた数々の不燃ゴミを見て、流石に苦言を呈せざるを得なかった。
「まずペットボトルな。これはちゃんとキャップとラベルを外さないとダメだ。プラスチックはプラゴミ分類だよ」
「え……そうなの? コンビニとか自販機ではみんな普通にキャップごと捨ててるからてっきりこれでいいかなって……」
「うん、家庭から出す場合はそれじゃダメなんだ。あと、ビンも同じようにキャップを外さないといけない」
「え? これって外せるものなの?」
「ああ、こうやって――」
俺は手近にあった小さなシロップのビンを手に取り、そのキャップ蓋を引っ張ってキャップ全体を裂いて外す。
「そ、そんなふうに取れるものだったの? よ、よしじゃあ私も……あーっ!? ふ、蓋だけ千切れちゃったわ!? う、うう、こうなったらカッターで……」
「ま、待て待て! そういう時はスプーンを突っ込んでテコの原理で取ったり、どうしてもキツい時はちょっとお湯で温めたらいけるから!」
星ノ瀬さんにカッターを使わせるのはなんだか猛烈にヤバい気がして、俺はかなり焦りながらそれを止めた。
「おぉ! 確かにスプーン使ったら楽勝じゃない! 流石久我君、お婆ちゃんの知恵袋みたいね!」
「あんまり嬉しくない褒め言葉だな……」
まあ、自分が高校生にしては所帯じみてるのは自覚あるけど……。
「あとはスプレー缶だな。穴を空けてないのは本当にマズいから気をつけてくれ。下手したら爆発するし」
「それはわかったけど……どうやって缶に穴を空けるの? 世の中の主婦ってみんな指でアルミを貫通できたりするの?」
「主婦を何だと思ってるんだよ!? みんな普通に器具を使ってるよ!」
言いつつ、俺はこの家にお邪魔する前に自宅から取ってきた穴あき器を見せる。
リングの内側に鋭いトゲがついたもので、中央からペンチのように開閉する仕組みだ。
「そ、そんな拷問器具みたいなのが必要だったんだ……よ、よし、それじゃちょっと借りるわね」
「え? いや、ちょっと待……っ!」
「きゃあああああ!? めっちゃ中身が噴き出してきちゃったわぁぁ!?」
「中身使い切ってないからだよ! ガスが残ってるとそうなるって!」
俺の教えることなんてごく当たり前のことではあるが、一人暮らし初心者の星ノ瀬さんには初めて知ることばかりであるらしい。
ただ、星ノ瀬さんの学習意欲は高く、それは教える側である俺にとっても快いことだった。
まあ、そんな感じで――
たびたび騒然となりながらも、最初の家事指導は進んでいったのだ。
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