第15話 初めての『いいねポイント』
(お、終わった……死ぬほど汗かいたけど、なんとか和やかに終わったぞ……)
小岩井さんとの恋愛授業が終わった後の中休み。
俺は汗をいっぱいかいてカラカラになった喉を潤すべく、校舎外の自販機へと足を運んでいた。
(けど、我ながらちょっと感動だ……。恋愛授業であんなにちゃんと会話できたのは初めてだよ)
あの後――俺は時間いっぱいまで女の子と話せた感動を胸に自席へと戻り、俊郎から『お、おわっ!? 錬士、お前何涙ぐんでんだ!? なんか悪口でも言われたのか!?』と気味悪がられてしまった。
(まあ、小岩井さんの性格にも助けられたな。元々明るいノリだから、こっちがちゃんと声さえ出せばむしろ会話を引っ張ってくれるタイプだし――)
「さっきの授業はメッチャウケたよ久我! アンタって結構面白い奴じゃん!」
「ぶっ!?」
自販機に小銭を投入しようとしていた俺は、突如背後からかけられた声に飛び上がるほど驚いてしまった。
「こ、小岩井さん!? な、なんで!?」
「んー? いや、トイレの帰りに久我が一人で歩いてるのが見えたからだけど?」
ただ単に話しかけたかったから声をかけた――その生粋の陽キャしか許されない動機をさらりと口にし、小岩井さんはやたらと気安い雰囲気を出していた。
咄嗟のことで硬直する俺とは対象的に、その表情は実に上機嫌だ。
「ってかさー、前は緊張してたって言ってたけど、何で今日は平気だったの? もしかして特訓とかした?」
授業外で話しかけられるという思わぬ事態に驚いたが、俺はなんとか呼吸を整えて小岩井さんへと向き合った。
「あ、ああ……うん、実は特訓したんだ」
「は!?」
「女の子と話すたびにカチコチになる自分がいい加減嫌になって、女の子との喋り方を真面目に練習したんだ。早速成果が出たみたいで良かった」
「ぶふっ……! あはははは! ちょ、まって、ウケすぎてお腹が……!」
俺がごく真面目にそう返すと、小岩井さんは盛大に噴き出してそのままお腹を抱えて大爆笑する。
校舎外にある人気のない自販機前だからよかったものの、これが廊下だったら大勢から注目されてしまっただろう。
「はー……はー……、いや、ごめんごめん、一人で面接の練習みたいなことをしてる久我を想像したらつい……。でもメッチャウケはしたけど、馬鹿にしたワケじゃないからさ!」
ひとしきり笑った小岩井さんは、まるで元から友達だったような様子で言葉を紡ぐ。その距離間の詰め方は、流石ギャル女子と言うべきか。
「まさか本当に特訓したとは思わなかったけど、自分の苦手なことを克服しようとしてるのはマジ偉いし! 同じ恋活してる身としては超応援するから!」
「あ、ありがとう……」
どうやら小岩井さんから見て『恋活を始めた恋愛ダメダメ男』である俺はかなりの珍獣だったらしく、妙に気に入られてしまった感がある。
しかし何はともあれ、女の子から俺の努力を肯定されるのはとにかく嬉しい。
「ほんじゃま! また何かの実習でペアになったらよろしくー!」
最後にそう言い残して、小岩井さんは去っていった。
その様子は間違いなく上機嫌であり……俺の目標だった『ペア相手の女子と楽しくお喋りして、お互い満足して終わること』は達成できたと言えるだろう。
(やれたんだな俺……ずっとできなかったことが……)
これは小さな一歩かもしれないが、俺としては革命的なことだ。
全てここから変えていけると、そんな希望が今俺の胸に満ちている。
それもこれも、全て星ノ瀬さんのおかげで――
「あ、やっと見つけたわ! お疲れ様、久我君!」
「!? ほ、星ノ瀬さん!?」
背後からの声に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた星ノ瀬さんがいた。
実に嬉しそうな様子で、ちょっとはしゃいでる感すらある。
その口ぶりからするに、どうやら俺を探してくれていたらしい。
「いやー、なんでもズバッと言う小岩井さん相手じゃハードル高いかなって思ったけど、本当によくやったわね! 私も自分のことのように嬉しいわ!」
星ノ瀬さんは言葉の通り、この不出来な生徒の目標達成を我がことのように喜んでくれていた。
(本当に面倒見がいいな星ノ瀬さんは……何だか胸がいっぱいになる)
「それで、例の緊張症はどうだったの? もしかして早くも克服できていたり?」
「いや、そっちは全然だよ。特に慣れてない女子だと自分でも驚くほどカチンコチンで、身体が凍りついたみたいに動かなくなる」
そう、俺の女子緊張症は依然として消えてくれていないし、これを克服するにはもっと時間がかかるだろう。
だけど――
「え、じゃあ、あの気の毒なレベルの緊張はそのままで、気合いだけで話していたの? よく見たらシャツが汗でぐっしょりだけど……」
「ああ、うん。きっと俺一人だとどんなに気合いを入れても無理だった。けど……星ノ瀬さんがいてくれたからさ」
「え……」
そう、生来の情けない性質を精神力でねじ伏せることができたのは、俺の意思の力じゃない。
「尊敬できる先生である星ノ瀬さんにあれだけしてもらって、何も成果が得られないなんて絶対嫌だ……そう思ったら、固まっていた身体がなんとか動き出したよ」
「そ、そう……」
俺が素直にそう述べると、何故か星ノ瀬さんは照れくさそうに顔を逸らした。
「その、久我君って、ド真面目というか天然というか……割と真顔で相手を褒めるわね」
「ん? 相手の美点を言うのって、なんかダメなのか? ……って、おお!?」
会話の最中に、俺のスマホが軽く振動する。
ふとそちらに目を向けると――俺にとって驚くべき表示がそこにあった。
「み、見てくれ星ノ瀬さん! これ! 『いいねポイントだ!』」
「あ、本当……え、小岩井さんから!? い、一度話したけだけで結構気に入られたわね……ちょっと予想外だわ」
いいねポイントとは、コイカツアプリで月に決められた回数だけ異性に送ることができる好意のポイントであり、このポイントをどれだけもらったかが恋愛ランキングの順位に大きく影響する。
なお、恋愛的好意でももちろん送れるが、ちょっと一緒に掃除をして微かな好感を持ったとか、たまたま部活で頑張っているところを見たとかの軽い感謝や好感によって送られることも多い。
「お、おおおおおぉぉぉぉ……! じ、人生初のいいねポイントだ! い、いかん感動して涙が出てきた……!」
「あ、凄い。コメントも付いている……『メチャクチャウケた! また話するっしょ!』……。う、うーん、目標設定したのは私だけど、いきなりでここまで上手くいくとは思わなかったわ」
「それもこれも星ノ瀬さんのおかげだよ! たった数日で俺をここまでしてくれるなんて、凄すぎるって!」
正直、俺は興奮していた。
それほどまでの今日の一歩は大きい。
今まで望んでいてもどうしても手に入らなかったものが、この歩みの先には存在する――そう考えただけで、胸に希望が溢れて止まらない。
「本当にダメダメな生徒だけど、今後もよろしく頼む! 俺もきっちりと約束は果たすからさ」
「ええ、任されたわ」
俺が大げさなくらいに深く礼をして頼むと、星ノ瀬さんは柔らかく微笑んだ。
「こんなものはまさに最初の一歩よ。まだまだ教えていないことがたくさんあるから、ちゃんとついてきてね?」
こうして、星ノ瀬さんの恋愛レッスンにおける初めての実践はこうして終わりを告げた。
このささやかな成功体験は俺の意欲を大いに増進し――今後の特訓にもますます熱が入ることとなったのだ。
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