第14話 ギャル女子との会話実習(後編)


「……悪い小岩井さん。ちょっとボケっとしてた」


「ん……?」


 ずっとビビって視線を逸らしてばかりだった俺が明確な言葉を発すると、小岩井さんは怪訝な顔を見せた。


「さっきの黒岡先生の数学がとにかく眠くてさ……。小岩井さんは起きてられた?」


「へ? あーうん、確かにクロ先の授業ってばマジ眠たい。てか結構寝てた」


 小岩井さんは見た目の通りノリがいいタイプのようで、俺の軽い会話のジャブにやや驚きつつも乗ってくれた。 


「あの間延びした『ちゃぁんと聞かないとダメだよぉ~』って声を聞いてると、どんなに頑張って瞼が落ちそうになるんだよ」


「あー言う言う! あれマジで気ぃ抜けて眠たくなるっしょ!」


(よし……!)


 さっきの黒岡先生の授業の際、小岩井さんがかなりウトウトしていた光景から思いついた掴みだったが、ひとまずOKのようだ。


 会話序盤の話題こそ最も重要かつ選択が難しいが、内輪ネタは食いつきがよい上に共感が得やすい。

 せっかく同じクラスという共通項があるのに、それを利用しない手はない。


(まあ、もちろん星ノ瀬さんの教えだけどな……)


 実を言えば、俺の方に余裕はまったくない。

 俺は女子緊張症を克服した訳ではなく、それを発症しながらも気合いで耐えているだけなのだ。


 今この時も汗ダラダラのままで、精神力だけで会話しているのだ。


「……前回は緊張して態度が悪くなってごめんな。本当はこんなふうにちゃんと話したかったけど、口が硬直してたんだ」


 最初の接触に成功した俺は、まず前回のことを謝罪した。

 まずそこをすっきりさせておかないと、この後気持ちよく会話できない。 


「へ? 緊張? あれって会話サボってたんじゃないの? クラスメイトと話すだけであんな地蔵みたいになるわけないっしょ?」


「え……小岩井さんって誰と話す時でも緊張とかしないのか?」


「するわけないっしょ?? 同じ学年のクラスメイトじゃん。誰だってタイトーだしビビったりする必要ないし」


(こ、コミュ力お化け……!)


 同年代の誰かと話す時に緊張する意味がわからない――そう不思議そうに言う小岩井さんは俺とは対極の存在だった。


 誰とでも気さくに話せるその気質こそ、彼女を恋愛ランキングA級たらしめているのだろう。


「ま、それはいいけど、久我ってば今日はちゃんとアタシと話す気なんだ?」


「あ、ああ。前回話せなかったから改め小岩井さんのことを教えて欲しい。ええと、放課後とか休みに何してるんだ?」


 これはド定番の質問だが、星ノ瀬さん曰くお互いのことをよく知らない場合は必須と言ってらしい。


 学校外の過ごし方などを見れば、その人が何を好みどういう考えなのかがある程度わかってくるから、とのことだ。


「そりゃもう、ヒマさえあればデートっしょ! こんな恋活時代なんだから、むしろそれしかないっていうか!」


(おぉ……流石恋愛ランキング上位のAランクだ)


 口調からするに、小岩井さんにとってデートとは非日常的なイベントではなく、生活の一部であるように当たり前のことなのだろう。


「そっか、彼氏と仲がいいんだな」


「あーいや、カレシとはこの間交際一週間で別れたし。その前のカレシは十日くらい続いたけど」


「え!? こ、交際期間短いな!?」


 頻繁にデートに行くくらい好きな彼氏がいるのかと思ったが、どうやらかなり入れ替わりが激しいらしい。

 まるで賞味期限のようなスパンの短さである。


「だって、なんか違うなーってなっちゃうから仕方ないじゃん」


 俺が反射的にツッコむと、小岩井さんはやや憮然とした表情を見せた。


「別に、遊んで捨ててるとかじゃなくてアタシは全部マジメのつもり。おごりとかは全部断ってるし」


 少し固くなったトーンで、小岩井さんはそう語る。


「誰と付き合っても、『大好き!』って気持ちにならないから、次に行ってるだけだし。まー、おかげでビッチみたいに言う奴もいるけど」


 なるほど、確かに恋愛ランキング高位はただでさえ同性から妬まれやすい。

 特にギャルっぽいスタイルの小岩井さんがよく彼氏を変えていたら、そういう風にも見えるだろう。


 だがこうして顔を合わせて話した俺からすれば、まるでそうは思わない。


「そっか、小岩井さんって真剣なんだな」


「え……?」


「小岩井さんはモテればそれでいいって訳じゃなくて、心から好きな人に出会いたいってことだろ。それって、軽いどころかメチャクチャ恋愛に真剣だ」


「…………」


 俺が素直な感想を述べると、小岩井さんは驚いた顔で目を丸くしていた。

 こっちの台詞が、まるで予想外だったとでもいうように。


「それと、俺としては参考になった」


「へ?」


「交際申請がいっぱい来るようなモテ状態でも、そこから波長の合う人を探すのも大変なんだな。交際経験ゼロの俺にはまだまだ縁遠い話だけど、勉強になる」


「…………へ、交際経験ゼロ!? ちょ、どうやったらそんなことになるの!? 彼女なんてフツーにしてたらフツーにできるっしょ!?」


「一番傷つく言い方やめてくれよ!? ずっとモテない人生で、それを今どうにかしようとしている真っ最中なんだからさ!」


「え、ちょ、メッチャウケる……! どんだけ下手な恋活してきたのか、誰にも言わないからちょっと聞かせて欲しいんですけど!」


 話の中でお互いの共通項を見つけると、ぐっと心の距離が近づく――

 星ノ瀬さんの教えの通り、お互い最も関心のある『恋愛』をとっかかりにして、意外なほどに俺と小岩井さんの話は弾んでいった。


 いつしか俺の緊張も最初の頃よりかなり薄れ、ごく純粋に会話が楽しんでいた。

 

 それは、他の大勢から見たらささいなことかもしれないが――今までの俺がずっと到達できなかった未知の領域だった。

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