第13話 ギャル女子との会話実習(前編)
かつての日本の教育にはなかったという『恋愛』の授業。
男女交際が上手くいくための一般的な手法、交際トラブル、結婚、出産、育児のことも教えるという俺の苦手科目である。
「はい、それじゃあ今日もやっていくわよ!」
壇上に立つ二十代後半の女性教師――
我がクラスの担任にして恋愛授業担当であるこの先生は、なかなかに綺麗な顔立ちをしておりまさに恋愛を教えるのに相応しいように思う。
というのが、クラスにおける大多数の第一印象だったのだが――
「いい!? 君たちはほんっとに恵まれてるの! 先生が学生の時なんてこんな国を挙げたサポートなんてなくて、自分で呼び出して対面で告白して、フラれたら周囲で噂になりまくるっていうハードモードだったのよ!?」
なにやら青春に多大なしこりでもあるのか、魚住先生は恋活支援がいかに素晴らしいかをたびたび力説する。
なお、年齢や交際経験などを聞くと非常に怒るのでそこは皆触れないようにしている。
「気が滅入るぜ……先生の話を聞いてるだけならいいんだけど、実習の時はマジで地獄の時間すぎるだろ」
俺の席の後ろに座る友人――里原俊郎がウンザリした様子で話しかけてきた。
まあ、その気持ちはよくわかる。
「ああ、俺たちみたいなFランク男子と当たったらテンション下がる女子もいるだろうしな」
恋愛授業では、しばしばこういう男女ペアによる実習の時間が設けられる。
それは男女コミュニケーションの練習であると同時に、普段交流がない男女の接点を作るという意味も持っているらしい。
(まあ、つまるところ男子は可愛い女子に、女子はカッコいい男子に当たりたいよな。だからこそ誰がペアになるかはランダムなんだけど)
「……ん? 錬士、お前どうしたんだよ? いつもなら俺と一緒にゲッソリした顔をしてんのに、なんでそんなにメチャクチャ気合いの入った顔をしてるんだ?」
「まあ、ちょっとな……」
俊郎には言えないが、今日こそは俺が先週からやっていた恋愛レッスンの成果を見せる試験なのだ。
今日ペアになった女子と楽しく会話を終わらせる――非モテな俺基準で言えばエベレスト山脈のように高いハードルを見事突破しないといけない。
(ん……?)
ふと視線を感じて首を動かすと、星ノ瀬さんが俺に向かって小さく微笑みながらグッと握った拳を見せていた。
この不出来な生徒を気遣い、『頑張って!』と言ってくれているのがわかり、俺の心がじわりと温かくなる。
「それじゃペアを発表するわね! 例によって先生が事前にクジ引きアプリでザッと決めてるから! 文句は受け付けません!」
言って、魚住先生は黒板に組み合わせのペア表を印刷した紙を貼り付けた。
そしてその結果は――
(げっ……!?)
自分のペアが発表されてザワつくクラスの中で、俺は心中で悲鳴を上げた。
ちょ、よりによって……!
「はい、それじゃ張り出された席に移動して開始の準備をすること! ほら、いつまでもザワついてないでさっさとする!」
魚住先生に促されるままに、クラスの皆が所定の席に移動を始め――
恋愛レッスンの成果を試される時間は、始まりを告げた。
■■■
「げぇ、またアンタ?」
お互いに向かい合って席に着くと、俺のペア相手である女子――
彼女はいわゆるギャル女子であり、髪もばっちり染めていてメイクもしている。
しかしデコレーションしすぎな感はなく、元の美人さも相まって純粋に可愛いという印象を受ける。
恋愛ランキングは四五位(女子:四一五人中)のAランク。
学校のトップ層に位置しており、いわゆるクラスカーストにおいても最上位である。
(ぐぅぅ……まさか前回と同じ相手に当たるなんて……)
彼女とは先週の会話実習の時にもペアになり、散々な結果に終わった。
その原因は、もちろん俺の女子緊張症だ。
「この間のマジなんなの? こっちが話してるのに地蔵みたいに固まってさ。そりゃ相手の好き好きとかあるけどさー。人に対して失礼だって思わないワケ?」
小岩井さんの言うことは完全無欠に正しい。
前回の俺は、彼女に対してロクに口を開くこともできずに終わってしまったのだ。
失礼な奴だと言われても、言い訳のしようがない。
「あ、う……えと……」
「はー、何その喉にものが詰まったみたいな喋り方? ホントにありえないんですけど!」
(く、くそ、また俺は……!)
極めて情けないことに、俺はいつもの持病を発症して過度の緊張に支配されていた。
背中に大量の冷たい汗が流れる。
喉の奥が強ばって言葉を上手く紡げない。
全身に重い鉛がまとわりついたかのように、動くことができない。
(星ノ瀬さん相手には多少話せるようになったけど……やっぱりそれは星ノ瀬さんだからなんだよな)
星ノ瀬さんは、とにかく優しい。
異性に嫌われることを過度にビビる俺に優しい言葉をかけてくれて、俺が話しやすいように気遣ってくれていた。
彼女が付けてくれていた補助輪がなければ、やはり俺の実態はこんなものなのだろう。当然ながら、一朝一夕で完全克服なんてできていない。
その事実を踏まえた上で――俺は他ならぬ自分へとキレた。
(ふっざけんなよ俺……! あんなにも星ノ瀬さんに尽力してもらっておいて、『やっぱり無理でした』なんて言う気か!?)
萎縮してしまっている自意識に喝を入れたのは、自らの決意ではなく星ノ瀬さんへの申し訳なさだった。
すでにあれだけの時間を割いて指導してくれたばかりか、星ノ瀬さんは今後も俺という不出来な生徒の面倒を見てくれるつもりなのだ。
そこまでしてもらっているのに、ここでヘタレて前回通りなんて――
それだけは、絶対に許容できない……!
『いい? 固まったりパニックになったりしたらまず深呼吸よ! 一旦リセットしてクールになるのが肝心だから!』
師匠の教えに従い、まずは大きく息を吸い込む。
そして、萎縮した本能ではなく理性で自分を操ることを心がけ――俺は小岩井さんへと向き合った。
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