第11話 久我君は絶対上手くいくよ
「うん、まあ大体こんな感じね。会話っていうのは自分が喋って気持ちよくなるだけじゃなくて、相手と一緒にリズムを作るのが肝心よ」
「ああ……かなり勉強になった……」
記念すべき恋愛レッスン一日目を終えて、俺は多大な精神的疲労を覚えつつも星ノ瀬さんへと頭を下げた。
これでもまだおそらく、異性との会話術においては初歩の初歩なんだろう。
いかに自分が何も知らないのかを今更ながらに思い知る。
「ま、色々とうるさく言っちゃったけど、要するに基本は相手を思いやってコミュニケーションをとることよ。そこは家族や友達と話す時と何も変わりないから」
それこそが基本にして極意であると、星ノ瀬さんは自信たっぷりに断言する。
細かい会話テクニックなども、全てはそのためにあるのだと。
「久我君は、相手のことをしっかり気遣える人でしょ? だから、後はたくさん話し方を練習して、相手にそれが伝わるようになればいいの。そんなに難しく考えなくていいからね!」
それは星ノ瀬さんの素なのか話術なのかわからないが、俺の内面を肯定しつつ今後のモチベーションも向上させるそのコミュニケーションこそ、まさに相手の気持ちを考えた見事なものだった。
何より、星ノ瀬さんが見せてくれる満面の笑みこそが無条件で俺の気持ちを晴れやかなものにしてくれる。
「……その、本当にありがとうな」
「え?」
意識するより先に、俺は星ノ瀬さんへの感謝を口にしていた。
「レッスンって言っても、アドバイスくらいを想定してた。ここまで時間を使って特訓してくれるなんて……感謝しかない」
俺が恋愛できるようにコーチすると言った星ノ瀬さんの言葉に、嘘はなかった。
彼女は本気だ。
このFランク男子を急速レベルアップさせるべく、大真面目に動いてくれている。
「けど、その……平気なのか? いくら協力関係を結んだって言っても、男子にこんな間近からジロジロと見られたりずっと会話に付き合ってくれたり……もし無理してるんだったら――」
迷惑をかけたくないという俺の言葉より先に、星ノ瀬さんは首を横に振った。
その口元に、薄い笑みを湛えて。
「久我君はさ、女の子に嫌われるのが怖いのよね」
「え――」
唐突にそう言われて目を白黒させる俺に、星ノ瀬さんはさらに続けた。
「緊張しちゃうってことは、否定されちゃうのが怖いってこと。女の子に嫌われると心のダメージが大きいからつい逃げ腰になって、だからこそいつまで経っても慣れない。そういうことだと思う」
「……ああ、その通りだよ」
その悪循環は自分でもよく理解している。
否定されることが怖いから、接触できない。
接触できないから、経験値が溜まらずに克服できない。
中学時代から、ずっとそうだった。
特に『あの時』に心を痛めつけてられてからは、より悪化して――
「でも安心して! 私は絶対に久我君を嫌いになったりしないから!」
「――――」
俺は、自分に向けられたその言葉に一瞬思考が真っ白になってしまった。
そこに込められた優しさに、言葉を失ってしまう。
「だって、久我君ってば凄く真面目だもん。今日だって今にも頭が爆発しそうな顔になっても、必死に頑張ってた。本気で恋愛できるようになりたいんだって気持ちが伝わってきた」
こんな高校生としては幼いとすら言えるような面倒な男子に、星ノ瀬さんは本気でそう言ってくれていた。
「そんな人を私は嫌ったりしないし、あんな必死な久我君と向き合っていて全然嫌な気持ちにはならないから! だからいくら失敗してもいいし、恥ずかしい姿を見せてもいいからね!」
言って、星ノ瀬さんは光輝くような笑みを浮かべた。
一点の曇りもなく純粋で、優しさに溢れた温かい笑顔。
そんな彼女の姿が、何か光り輝く神聖なものにすら思えて――俺は星ノ瀬さんから視線が外せなくなってしまった。
あらゆる思考が消し飛んでしまい、この綺麗な人をもっと見ていたいとう欲求だけが俺の中を満たしていたのだ。
「……って、あれ、久我君? ぼーっとしてどうしたの? なんか、さっきよりもさらに顔が赤くなってるけど……」
「あ、いや……そんなことを言ってもらえるなんて、思ってなくて……」
星ノ瀬さんの声で我に返った俺は、何故か早まった心臓の鼓動をうるさく感じつつ、ようやくそう答えた。
なんだか顔が妙に熱いけど……いつもの緊張からくる赤面の熱さとはちょっと違うような気がする。
「ありがとう、星ノ瀬さん。本当に……感謝する」
「ふふ、どういたしまして」
本気で告げた感謝の言葉に、星ノ瀬さんは微笑みながら応える。
ああ本当に……言葉を交わせば交わすほどに、この少女がどうしてあんなに人気があるのかよくわかる。
「さて、それじゃ練習の成果を実践する話をしましょうか」
「え……実践?」
「そう、明後日に恋愛の授業があるでしょ? 異性ペアでやる会話実習」
昔はなかったという、学校における『恋愛』の授業。
その会話実習と聞いて、先日の苦い思い出が蘇る。
俺はクラスのギャル女子とくじ引きでペアになり、女子緊張症を発症して相手を不愉快にさせてしまい、散々な結果で終わったのだ。
「最初の目標は、そこでペア相手の女子と楽しくお喋りして、お互い満足して終わること」
「…………」
それは、俺からすればかなり高難易度なことだった。
何せ、俺は今までの会話実習ではことごとく女子緊張症を発症してしまっており、常にペア相手を呆れさせてばかりだったのだから。
おかげで俺の恋愛科目の成績は、目も当てられない状態になっているのだが――
「わかった。その目標でいこう」
俺がそうきっぱりと返答すると、星ノ瀬さんはやや驚いた表情を見せた。
「まだ習い始めだけど、絶対に成功させる気でやる」
「おお……? かなりやる気じゃない」
「まあな。内心ずっと望んでたことだし――」
苦笑を漏らしつつ、俺は続けた。
「これが自分を変えるラストチャンスだって、そう思ってるから」
中学時代から今に至るまで、周囲がどんどん恋愛を経験していく中で俺は取り残されていくばかりだった。
それも、ただモテないだけならまだいい。
女子とまともに話せないビビりな俺は、このまま一生恋愛のスタートラインにすら立てないのではとずっと悩んできた。
だけど結局自分を変える突破口を見つけられないままで――そんな時に現れてくれたのが星ノ瀬さんだった。
「俺は普通に恋愛できる奴になりたい。そのためなら、今まで無理だったハードルだって飛び越さないといけないんだと思う」
星ノ瀬さんの助力という、信じられないほどの奇跡。
これ以上の幸運なんてこの先絶対になく、これを活かさなければ俺の人生において恋愛の二文字は永遠に封じられてしまうという確信があるのだ。
「おぉー……うん、いいわね! そのやる気はとってもナイスよ久我君! 人間は前向きな方が絶対にモテるしね!」
生徒たる俺の決意表明を聞き、星ノ瀬さんは本当に先生であるかのように喜んでくれた。
「うんうん、保証してあげる! 久我君は絶対上手くいく! とってもやる気があるし、真面目で頑張り屋だし! それに――」
そこで言葉を切り、星ノ瀬さんは少し照れくさそうに続けた。
「さっきの会話の練習ね。実は途中から練習だって忘れてた。久我君との話が楽しかったから」
「え――」
やや気恥ずかしそうに言う星ノ瀬さんのその言葉に、俺は自分の心にほのかな熱が生まれたのを感じた。
驚きと幸福感がはじけるような、そんな気持ちだった。
「だからね、久我君はちゃんと女の子を楽しませる力を持っているってこと! あとは練習あるのみよ! 大丈夫、人間本気でやれば大体のことは並以上になれるから!」
それは果たして星ノ瀬さんの素なのか、俺を気遣っての言葉なのかはわからない。 だが、その紡ぐ声の一つ一つが俺の心中に喜びと自信を湧き出させる。
「……ありがとう、星ノ瀬さん」
この少女の想いに報いるためにも、俺はどうしても目標を達成したい。
俺でも男子として進歩できるのだと、証明したい。
そう、だから――まずは最初の目標だ。
恋愛カースト最下位の俺が上に向かって歩き出すために、努力は惜しんでいられない。
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