第10話 愛理の恋愛レッスン:初級会話
「うんうん、見るからに限界だったのによく頑張ったわ。ま、一日ですぐどうにかなるわけじゃないし、これからの積み重ねが大切ね」
「あ、ああ……こんな面倒な奴ですまん……」
レッスンに一区切りがつき、精神力を多大に消費した俺は満身創痍といった状態でなんとか言葉を返す。
結局……俺は休みなしで二十分ほど星ノ瀬さんを間近で見つめ続けたのだ。
その過程で彼女がいかに並外れた美貌を持っているかをこれ以上ないほど思い知り……だからこそ赤面しまくってかなり疲労した。
「それじゃ、基礎トレは終わったから、ようやく今日の本番に入れるわね」
「えっ!? 基礎トレ!?」
あの、俺の精神キャパの限界を試すみたいな、可愛さの暴力に耐える特訓が!?
「そう、あんなのは練習前の準備体操みたいなものよ。これからずっと続けていくつもりだけど、それとは別に実戦の訓練もしなきゃね」
「実戦……」
「そう。基本だけど一番重要な、女の子とのコミュニケーションの取り方ね。まずは普通に世間話の練習からかな」
確かにそれは基本にして最重要だろう。
俺みたいな奴でも授業や学校の行事で女子と話す機会は少なくないし、そこで誰とも円滑なコミュニケーションができていなかったからこそ、俺は万年Fランクなのだ。
「じゃあ、さっそく練習に入るわね。久我君、私がペア相手だと思って喋ってみて」
星ノ瀬さんの言葉に頷き、とうとうレッスンの本番が開始される。
これから先はまさに実戦の知識となるのだろう。
「久我君は天気のいい日のお休みとかは、どこか出かけているの?」
「いや、あんまり」
星ノ瀬さんのような美少女から話しかけられて狼狽なく返事ができたことは、俺としてはかなりの進歩だった。
やはり俺は、確実にこの特異な少女に慣れていっている。
「……そっか! それじゃお休みの日はお家で何してるの? やっぱり料理?」
「うん、そんな感じだ」
「……そっかー。やっぱりよく作ってるのね。ちなみに得意料理って何?」
「うーん、どうかな。好きな料理は何個もあるけど得意っていうとあんまり思いつかないな」
と、そこで俺は星ノ瀬さんの顔が沈痛なものになっているのに気付く。
ん? どうしたんだ? まだ練習は始まったばかりだけど……。
「久我君……悪いけどさっそく赤点ね。ダメな会話のテンプレよ」
「えええええええ!?」
眉間を指で押さえた星ノ瀬さんが痛ましそうに口にする言葉に、俺は少なからずショックを受けた。
こ、こんな短い時間だけでそこまで言い切れてしまうのか!?
「あのね久我君。会話っていうのはキャッチボールなの。基本は質問の応酬よ! それなのに、こっちが投げたボールをバシバシと地面に叩き落としてどうするの!」
落第生たる俺をビシッと指さし、恋愛教師の星ノ瀬さんは続ける。
「休日何しているのって聞かれたら、自分のことを話すのとセットで『そっちは休日に何してるの?』とかの質問を返すのが鉄則よ。そうやって質問をラリーさせてリズムよくお互いの情報を明かしあっていくの」
「そ、そうなのか……」
そんなことはおそらく大多数にとっては常識なのだろうが、俺にとってはまるで身についていないものだった。
「さて、それを踏まえてもう一回! 久我君って休日に何してるの?」
「え、ええと、メシを作るのが趣味みたいなもんだから、新しい料理レシピを試したりしてるよ。その、星ノ瀬さんはどうなんだ?」
教えられたことを付け加えてぎこちない言葉を返すと、星ノ瀬さんは『よしよし』とばかりに満足そうな笑みを浮かべた。
「そうね、結構色々としてるけど……やっぱり出かけるのが好きかもね。先週だと駅前のカフェに新作フラッペドリンクを飲みに行ったんだけど、久我君はそういうの好き?」
「あ、ああ。甘いものも好きだよ。けどあれって高校生の小遣いにはちょっと高かくないか?」
「いやもう、ホントそれなの! 季節限定のやつは押さえたいんだけど、私もあんまりお金なくて……! ああもう、みんながどうやってお小遣いを貯めているのか教えて欲しいくらいよ!」
「まあ、他の奴らはどうかわかんないけど、俺たちみたいな一人暮らしはやっぱ節約しかないんじゃないか? あんまり外食多すぎるとあっという間に金欠だぞ」
「み、耳の痛いことを言ってくれるわね……! あ、そういえば、久我君ってば生活費以外だと何にお金を使ってるの?」
「ああ、それは――」
気付けば、特に思考を巡らせなくても会話は自然に続いていた。
まず実感したのは、お互いに質問し合うということの重要性だ。
お互いが問いかけることで話が途切れなくなるので、リラックスできていない会話の序盤こそ重要なテクと言えるだろう。
(それと……多分星ノ瀬さんが上手いんだ)
星ノ瀬さんはしばしば相手が反応しやすい話題を振り、にこやかな表情や大きな反応で安心感を与えるようにしている。
つまり、相手の気持ちをよく考えて話しているのだ。
(素でやってる部分も大きいんだろうけど、やっぱり星ノ瀬さんは心配りが細やかだよな……)
学校の最上位のポジションにいる女子であれば、多少の上位意識くらいはあってもおかしくないと思うが、どうして彼女はこんなにも他人を想う性格なのだろう。
そんなことを考えながら、俺はなおも星ノ瀬さんと会話の特訓を続けた。
言葉を交わすごとに俺の緊張も徐々にほぐれていき、いつしか彼女と声と交わし合う時間には、ただ楽しさだけが満ちていった。
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