第7話 唐揚げの夕餉を天使と一緒に

 

 今日は帰宅してから色んなことがありすぎた。

 『恋咲きの天使』である星ノ瀬愛理が実は隣に住んでいることが判明したり、彼女が起こしたボヤを消し止めたり、俺の家に彼女を招くことになったり――


 そして、とどめとばかりに俺と星ノ瀬さんは一緒に夕飯を食べることになり、現在俺は台所でその支度をしているところだ。

 非現実的なこともここまで続くと、もはや一周回って妙に心が開き直ってくる。


(星ノ瀬さんが俺の料理を食べる……なんか作るのは俺なのに恐れ多く感じちゃうな)


 ともすれば緊張して失敗してしまいそうだが、小学生から何度も繰り返した料理工程はしっかり染みついているらしく、料理はどんどん出来上がっていく。


 副菜はすでに完成済みだし、メインの唐揚げもそろそろ揚がる頃だ。


(よしよし……いい感じの色だ。ドカ食いしようと思ってたくさん買っててよかったな)


 ショウガ、ニンニク、醤油で漬け込んだ鶏肉は二度揚げでカラリとキツネ色に仕上がった。


 俺はそれに満足しつつ、出来上がった熱々の唐揚げを皿に盛り――


「お待たせ。口に合うかわかんないけど、良ければ食べてくれ」


「…………」


 テーブルに二人分の料理を乗せると、星ノ瀬さんは何故か目を丸くし、並んだ料理と俺を交互に見比べた。

 そういえば、俺が料理している時も衝撃を受けたような顔で見ていたような……?


「……これ、全部久我君が作ったの?」


「ああ、そうだけど……嫌いなものあったか?」


 本日のメニューは、メインの唐揚げ、レタスとトマトのサラダ、ワカメと豆腐の味噌汁、切り干し大根と人参の煮物という構成だった。


 俺としてはそこそこバランスが取れている内容だと思うけど……。


「あ、ううん、立派すぎてちょっとショックを受けているだけだから気にしなくていいわ。それじゃ……いただきます」


「あ、ああ。いただきます」


 ショックというのがよくわからなかったが、礼儀正しく手を合わせる星ノ瀬さんを見習い、俺も普段唱えていない『いただきます』を口にする。


(まさか、星ノ瀬さんと同じテーブルを囲む日が来るなんてな……)


 この家に俺以外の誰かがいることさえほぼないのに、こうして学校一の美少女に夕飯を振る舞っている今が信じられない。


 箸を伸ばして唐揚げをつまむなどの彼女の動作一つ一つに、まるで映画を見ているような非現実性を感じてしまう。


「っ!? お、美味しい!? 何これ、こんな美味しい唐揚げ初めて食べたんですけど!?」


「そ、そうか……?」


 どうやらお世辞ではなく本当に美味しいと思ってくれているらしく、星ノ瀬さんは熱々の唐揚げを頬張って興奮気味に褒めてくれた。


 正直そう言ってくれるのはかなり嬉しかった。

 料理は幼い頃から続けている俺の数少ない特技で、味のアップデートはいつも絶えずに行っている。


 そこを女の子に――それも学校で一番可愛い少女に褒めてもらえるのは、なんとも心が浮き立ってしまう。


「あ、あの……ご馳走になっていて厚かましいにも程があるんだけど、ごはんをもうちょっともらってもいいかしら。本当に唐揚げが美味しすぎて……」


「ああ、もちろん。米はいっぱい炊いているし」


 厚かましいどころか、俺のごはんを美味しそうに食べてくれるのは喜びしかない。

 女の子と二人っきりで夕食を食べているというありえないシチュエーションなのに、俺の緊張はかなり和らいで自然に笑みが浮かんでいた。


「ふふ、それにしても……久我君って料理が好きなのね」


「え……」


 心を軽くしている俺を見て、星ノ瀬さんは何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。

 多くの人を魅了してしまう笑顔を、惜しげもなく俺に向けてくれている。 


「さっきまでずっと緊張気味だったけど、料理をしたらようやく自然に笑ってくれたでしょ。ようやく君のリラックスした顔を見れて、なんだかホっとしたわ」


「――――」


 どれだけポンコツな面を見せようとも、恋咲きの天使は健在だった。

 こっちが緊張を緩めたところへの眩しい笑顔。それは恋愛経験が絶無である俺のハートなんてたやすく打ち抜いてしまう。


(本当に……これはモテるよなぁ)


 思わず顔が赤くなったことに気付かれまいと表情を引き締めるが、果たしてどれだけごまかせただろうか。なんとなく無駄な努力である気もする。


 そうして――夕食の時間は過ぎていった。


 星ノ瀬さんは実に美味しそうに俺の作った夕食を味わってくれて、俺はやや気恥ずかしさを感じながらもそこに幸せを感じていた。


 家族以外の女の子と一緒にごはんを食べるなんてこれが初めてだったが……それがトラウマでなく笑顔だけがある時間になったことは、俺にとって喜ばしいことだった。


■■■


「本当に美味しかったわ……久しぶりに凄く上等な食事ができたって感じ」


「いや、そんな大げさな」


 食事が終わった後……食後のお茶を飲んでいる中で星ノ瀬さんは感動すら滲ませてそう言った。


「全然大げさじゃないわ……私ってば三週間前にお隣に引っ越してきて以来、レトルトばっかりで……」


「そ、そうなのか……?」


 恋愛ランキング一位であり、男女問わず皆から好かれる輝かしき恋咲きの天使。

 成績優秀でコミュ力も抜群な、『デキる女子』がレトルト生活とは、なんだかイメージにそぐわない。


「私もね、引っ越してくる前は一人暮らしに対する理想があったの。部屋もきっちり掃除して栄養バランスに気をつけた食事を作る……そういうつもりだったの。でも、いざ生活を始めてみると……」


 ひどく重苦しい顔で、星ノ瀬さんは続けた。


「私は……信じられないくらいに家事がダメだったことがわかったの……!」


「…………」


 一瞬ここは笑うところなのかと訝しんだが、星ノ瀬さんの表情は真剣そのものであり、声には悲痛さが滲んでいた。

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