第5話 肉まん爆発と涙目の天使

 

 俺――久我錬士は、混乱の最中にいた。


 つい五分前の俺は、自宅で夕食の準備をしていたはずだ。


 それなのに、俺は今お隣さんの家にあがりこみ、白煙で霞むキッチンで学校一の美少女と向き合っているのだ。急展開すぎて脳がとても追いつかない。


「え、え……? ど、どういうこと? 久我君ってウチのお隣さんだったの?」


「俺も今日初めて知ったけど……どうもそうだったらしい……」


 目を白黒させる星ノ瀬さんに、俺は思考力が足りない言葉しか返せない。

 

 ただ幸い、いつも同年代の女の子に近づくと発症する女子緊張症は、この時は鳴りを潜めていた。

 

 あまりにも想像外すぎるこの状況に脳が飽和しており、女の子を意識して緊張する余裕すら失っていたのだ。


「じゃ、じゃあ、つまり……ウチの火を消してくれたのは久我君ってこと?」


「ああ、うん……そうなる」


 必死に現状を理解すべく交わす言葉はどうもぎこちなく、お互い困惑から抜けきっていないことがわかる。


 だがそれも仕方ないだろう。


 ただでさえ、火事という非常事態に直面したのに、助けた/助けられた人物が実はお隣に住んでいたクラスメイトだと判明したのだ。

 情報が過多で、なかなか頭の整理が追いつかない。


「…………」


「ええと、星ノ瀬さん……?」


 星ノ瀬さんが急に黙ってしまい、俺は一抹の不安を覚えた。


 俺としては火事を食い止めて人の道的に正しいことができたと思っているが、(冷静に考えれば突入ではなく消防署に連絡すべきだったとは思うけど)星ノ瀬さんの自宅に上がり込んでいるという事実は変わらない。


 生理的な不快感があったのなら申し訳ない――そう思った時だった。


「ありがとおおおおおおおおお!! 本当に助かったわ……! 久我君こそ今日のヒーローよぉ!」


 涙目になって感謝を告げてきた星ノ瀬さんに、俺は目を丸くしてしまった。


 彼女は確かに元々クールなキャラではなく、いつも笑顔で皆を魅了するタイプの朗らかな少女だった。。

 先日に俺とぶつかった時も、こんなFランクの男子相手に気さくに話してくれた。


 だが、いつも明るくにこやかなものでありながら、常に丁寧かつ余裕のある振る舞いをしており、優等生的な雰囲気はいつも纏っていた。

 

 しかし、今はなんだがイメージが異なる様子だ。

 

(なんというか……少し子どもっぽくなってる……?)


「あ、あぁ……もぉ、本当にどうしようって……! 久我君がいなかったら、私ってばまだ玄関前でアワアワしてて、とんでもないことになってたわ……! 本当に、本当にありがとぉ……!」


「あ、いや……どういたしまして……」


 予想外に命の恩人レベルの熱烈な感謝を向けられ、俺はそう返すことしかできない。


 まあ、確かに火のことはシャレにならない。

 下手をすれば大惨事になっていた可能性を正しく認識しているからこそ、星ノ瀬さんはこうまで感謝してくれているのだろう。


「その……そういえば、何で電子レンジから火が?」


 ふとずぶ濡れになった電子レンジに視界を向けると、中にはほぼ炭と化した丸い何かが見えた。一体、何をすればあそこまで食べ物が燃えて……?


「ああそうそう! それなのよ! 帰って小腹がすいたから冷蔵庫の肉まんを温めて食べようとしたんだけど!」


 ねえ聞いてよ! とばかりに星ノ瀬さんはビシッと電子レンジを指さす。

 

「十五分でセットして電子レンジにかけたら何故か途中で肉まんが爆発して、すっごい勢いで煙を吹き出し始めたの! 訳がわからないわ!」


「当たり前だろ!? 十五分も加熱したら発火するって!!」


 あんまりな出火の真相に、俺は相手が恋愛ランキング一位のSランクという貴族的な立ち位置の少女だということも忘れて反射的にツッコんだ。


「肉まんみたいに脂の多い食べ物は、電子レンジにかけすぎると火がついて爆発するんだよ! というか加熱時間が長すぎだろ!」


「え、え……? で、でもパッケージには確かに……あ、あ!? よ、よく見たら電子レンジにかける時間は十五分じゃなくて一分十五秒だったわ……!」


 キッチンの流し付近にあった肉まんのパッケージを手に取り、星ノ瀬さんは驚愕の表情を見せる。


 な、なんか、どんどん星ノ瀬さんに対するイメージが変わっていく……。


「星ノ瀬さん! この煙はどういうことなの星ノ瀬さん!」


「はぅぁ!?」


 ズカズカと家に踏み込んでくるおばさんの声に、星ノ瀬さんがびくっと身をすくませる。この声は……大家さんだ。


 まあ、これだけ火災報知器が鳴ったら気付くわな……。


「あーもう! この有様は何なの!? もう火は収まってるみたいだけど、事情を説明して頂戴! 一体全体、どうしてこんなことになったの!?」


「え、えっとぉ……それは……」


 大家さんの勢いに、星ノ瀬さんは青い顔で冷や汗を流す。

 まあ確かに、部屋の貸主に『電子レンジで肉まんを爆発させて火事になりかけました』と説明するのはなかなかにしんどい。


 ちょっぴり泣きそうになっている星ノ瀬さんの表情は、いつも学校で余裕に溢れる彼女を知る身として非常に新鮮で……気の毒ながらちょっと得をした気分になってしまった。

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