第3話 ランキング一位の少女
【二年四組 久我錬士】
【恋愛ランキング 三七一位(男子:四一五人中) Fランク】
「…………」
何度スマホを眺めても、表示された俺の恋愛的評価は変わらない。
恋愛ランキング向上に最も必要な『いいねポイント』が女子からの好意によって得るものである以上、女子緊張症でまともに異性と話ができない俺の順位が上がる訳もなく……中学から大体変わらない位置をキープしてしまっているのだ。
それでも最下位ではないのは、成績や普段の素行などの内申点的なものが順位に影響しているかららしい。
ちなみに、俊郎も同じくらいの順位である。
「国が恋愛を推奨しまくった弊害で、恋愛できない奴が下に見られる世の中になったのはホントに地獄だな……」
「マジそれだ……! モテないってだけで人生の落ちこぼれ扱いなんですけどぉ! 就職の面接でも恋愛経験聞かれるらしいの酷すぎないか!?」
この時代に乗り切れない俺たちは、今日もまた恨みごとを吐き出す。
こんなことをしても何か変わるという訳じゃないが、愚痴はどうしても出てきてしまうのだ。
「あああああああ! もういい! 俺はもう恋活なんてしない! こんなメンタルブレイクな行いに手を染めるくらいなら、山にこもって仙人にでもなったらぁ!」
疲れ果てたようにそう言い、俊郎は机の上に突っ伏した。
ヤケクソ気味な様子だったが、気持ちはよくわかる。
俊郎でなくても、恋活が上手くいかずに疲れ果てるケースは子どもにも大人にも非常に多いらしい。
結局、持たざる者が血反吐を吐くのは今も昔も変わらない。
「はぁ……そんで、錬士はどうすんだ?」
「え……?」
叫んで幾分か冷静になったらしい俊郎は、唐突にこちらへ視線を投げてきた。
「お前ってばいつも恋活の話になるとしんどそうだけど、結局どうするんだ? 高二になっても特に動きはないけど、恋活しねーの?」
「いや、それは……お前だって俺がメチャクチャ女子に緊張するアホみたいな持病があるのは知ってるだろ? 恋活なんて……」
「ああ、うん。悪いけどアレはちょっと笑う。で、だから諦めるのか? 俺と一緒に男の友情ルートで青春を終えちゃうか?」
俺は言葉に迷った。
理性的に考えるのなら、その言葉に頷くべきなんだろう。
俺は女子と話すとカチコチになる弱点があり、恋愛競争に参入しても辛さや痛み以外を得られるとは思えない。
なのに――俺は何も言えない。
何か強い引っかかりが、俺に諦めの言葉を紡がせることを阻んでいる。
「ま、別に無理に答えなくていいよ。ただまあ、なんかこいつモヤモヤしてるなーって思ってさ」
そう言うと、俊郎は「トイレ行ってくる」と言い残して席を立ち、後には微妙な顔になってしまった俺だけが残される。
(モヤモヤか……そんな顔になってたんだな)
ふと周囲を見渡すと、教室の中は昼休みの喧噪に包まれていた。
「ねーねー! あんた部活の後輩から交際申請あったってマジ!?」
「くっそ、またフラれた! 今月七人目も玉砕だ!」
「誰かれ構わず交際申請送ってるからだろ? そーいう数打ち戦法ってメッチャ評判が悪くなるんだぞ」
「隣のクラスのあいつ、自分をフッた女子にリアルで詰め寄って学校から警告食らったらしいな。熱くなりすぎだっての」
「この間のデート凄く楽しかったの! 正直最初はビビッとこなかったけど付き合ってみたら結構いいかなって!」
小学校や中学校に比べれば、クラスの話題は恋愛が圧倒的に多い。
中学校の頃は、みんなまだ恋愛の話をすることに気恥ずかしさを感じていた様子だったが、高校生ともなればかなり慣れてきた様子だ。
「――ふんふん、なるほど。彼氏が部活漬けで構ってくれないかー。それはちょっと寂しいわね」
「……っ」
そんな喧噪の中で、妙にはっきりとその女子の声は俺の耳に届いた。
ふと顔を向ければ、クラスの中心に彼女はいた。
星ノ瀬愛理。
その名が示す通り、星のように高いところで煌めく女の子。
昨日に偶然廊下でぶつかってしまい、少しだけ話をした女の子。
長い髪を頭の後ろでまとめた髪型――ハーフアップというらしい――がとても似合っており、窓から差す光によってまるで本当の天使であるかのように輝いている。
「でも、『部活と私のどっちが大事なの』みたいなのは言わない方がいいかな。男子って、女の子のことも部活みたいなチームでの自分の役割も同じくらい重要なの。食事と睡眠みたいに、優劣は付けられないから」
「そ、そうなの……?」
どうやらクラスの女子の恋愛相談に応じているらしく、星ノ瀬さんは慣れた様子でスラスラと言葉を紡いでいる。
それは、特に珍しくない光景ではあった。
星ノ瀬さんは男子の憧れの的であると同時に、女子からは何でもできる中心的存在として非常に頼りにされている。
特に恋愛の相談をよく持ちかけられているようだが、ああしていつだって快く対応しているのだ。
(恋愛ランキング一位だもんな……恋愛経験はメチャクチャ豊富だろうしアドバイスなんてお手のものなんだろう)
そう、星ノ瀬愛理はその順位から、校内でも僅かしかいない『Sランク』と認定されている。
けれど、だからと言ってそれを鼻にかけるような態度は一切なく、屈託のない笑顔を男女関係なく振りまいてくれている。
これで成績も優秀で、女子たちをまとめるコミュ力もあるというのだから、その超人ぶりにはただ感心するしかない。
(……それにしても可愛いな。こうして遠目で見るだけでため息が出そうだ)
二年生から同じクラスになった星ノ瀬さんを、俺は今まで特に注視していなかった。何故なら、住む世界が違いすぎるからだ。
俺は恋愛ランキングのFランクという底辺で、彼女はSランクという天上の星だ。恋愛力によって立ち位置が数値化された現代では、物乞いと王族の姫くらいの身分差がある。
そんな彼女に目が行くようになってしまったのは、昨日の放課後に廊下で少しだけ話した一件があったからだ。
間近で彼女の綺麗な顔を見てしまい、ほんの僅かな接触でもその眩しい輝きに触れてしまったから。
「それでね。できれば今は彼氏さんを部活に集中できるようにしてあげて? それで、試合が終わった後は労う感じで優しくしてあげたら嬉しいんじゃないかな。部活で頑張ってる彼が好きなのなら、これがベストだと思うの」
「な、なるほど! 確かにその通りだね! ホントにありがとう星ノ瀬さん! やっぱり頼りになるね!」
「いえいえ、お安いご用よ。何かあったらまた相談してね」
相談主である女子生徒からの感謝に、星ノ瀬さんは朗らかに応える。
その笑みはとても柔らかく、愛らしく、見るものを惹き付ける。
うっかり見惚れている自分に気付き、俺は慌てて視線を彼女から逸らした。
(一緒の学年で一緒のクラスにいるけど……星ノ瀬さんが見えている景色は俺とは全然違うんだろうな)
果たして彼女の目にこの世界はどんなふうに映っているのか――そんな益体もないことを考えながら、今日も俺は何一つ前に進まない日々を過ごす。
何も始まらない、何も進まないもどかしい停滞の時間を。
だが――この時の俺は知らなかった。
そんな昨日と変わりない日々が間もなく終焉を告げることを。
恋愛ランキングという恋愛力のカースト制度。
それに抗うことすら考えていなかった俺が、激しい情動とともにその険しい階段を駆け上がることになるなんて――
この時の俺はまだ、想像すらしていなかったのだ。
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