第2話 恋愛ランキング
「いくらなんでも地獄すぎだろ世の中……! 神も仏もねぇのか!?」
昼休みの教室で、俺の前の席に座る友人――
高一からずっと一緒にいるこいつは、背丈や容姿のランクは俺と同程度であるがノリは軽くてやたらとうるさい。
「やかましいぞ俊郎。メシの時間に叫びすぎだろ」
弁当箱から梅干しを口に含みつつ、俺は目の間で叫ぶ俊郎に文句を言う。
まあ、こいつがうるさいのはいつものことだが。
「これが荒れずにいられるかよ錬士! なんでこの世はこうも悲劇に満ち溢れてるんだ!? 持っている奴はどんどん富豪になって、持ってねぇ奴はいつまでたっても大貧民だ……! こんなんでいいのか世の中!?」
「なんか革命家みたいなことを言い出した……」
まあ、こいつがこんなにも荒れている原因については、大体心当たりがついているのだが。
「もしかして……また『交際申請』ダメだったのか?」
「その通りだよ! ほれ見ろ!」
友人の嘆きを痛ましげに眺める俺に、俊郎はスマホを突きつけてきた。
その画面内にはとあるアプリが開かれており――ウチの学校の女子の顔写真とプロフィールが並んでいた。
それはいわゆるマッチングアプリというものだった。
登録者同士がお互いのプロフィールを見て、気に入った異性にマッチング申請を行うという仕組みの恋愛アプリ。
今やすっかり世界中でポピュラーになったものだが、ほぼ全てのアプリが未成年の使用を禁止している。
では、俊郎のスマホに入っているこれは何か?
年齢を偽ってこっそりダウンロードしたアプリという訳ではない。
これこそが、現代の象徴とも言うべき学校専用のマッチングアプリ――
『コイカツアプリ』と国が名付けたものだった。
「って、おい……こんな高ランクの女子に申し込んだのかよ!? 俺らじゃ厳しすぎるって!」
アプリに表示されているのは、かなり可愛くて人気の高い女子生徒だった。
こんな子なら多くの交際申請が来るだろうし、『その他大勢』は弾かれて当然だ。
「どんなランクの女子を狙っても結果は等しく爆死なんだよ! どの子も即断即決でお断りだ! なら、いっそ高嶺の花を狙ったっていいだろ!」
半泣きでわめく俊郎の無謀な挑戦に呆れつつも、俺は密かに目の前の友人に敬意を覚えていた。
上位グループの女子にアプローチできるその気概は、ごく純粋に凄い。
恋愛において最も重要とされる積極性を、目の前の友人はしっかりと備えている。
(少なくとも、結局何もできていない俺よりもよっぽど――)
「あああああ! もう限界だよチクショウ! 何が大恋活時代だよ! 結局、恋愛弱者はどの時代でも泣いてるだけってオチじゃねーか! 『恋とか結婚とかのテンプレートのためじゃなくて、自分自身のために生きる』とか言ってたらしい多様性時代よカムバーック!」
「まあ、今の風潮の成り立ちは、授業で耳にタコができるほど聞かされたけどな」
俊郎の叫びをやかましいと思いながらもその嘆きには共感しつつ、俺はさんざん習ったこの大恋活時代に至る経緯を思い出す。
俺がまだ小さな頃……深刻化する少子化に歯止めをかけるべく、政府は異次元の少子化対策と銘打って一つの法案を打ち出した。
『男女交際推進法』――その内容は大人の恋愛サポートに留まらず、未成年である十代男女の恋愛支援を行うことを主眼としていた。
つまり、国のサポートの元に中学生や高校生を恋愛に励ませようというのだ。
(ウチの親が言ってたな。その内容があんまりにも異次元すぎて、当時は大勢の人がフェイクニュースかと思ったって)
だが、それは決して伊達や酔狂ではなかったのだ。
『入念な調査の結果、近年の若者は結婚や出産以前に、恋愛というものに触れる機会が著しく減少していることがわかりました。男女経験はおろか、交際経験がないまま青年期を終える若者はあまりにも多数です』
このとんでもない法案の概要説明を行った厚生労働省の大臣は、本気の危機感を滲ませた様子で、重苦しくそう切り出した。
その様子は、俺も授業の動画で見たことがある。
『そういった恋愛に接さずに大人になった者は、その後の人生も同様に恋愛や結婚と無縁となるケースが極めて多い。少年期から青春期にかけて一度も恋愛に触れてこなかったがために、そのやり方もわからず、自信もなく、怖がり、面倒に思い、自分には縁のないものと諦めてしまうのです』
法案発表時のネットの反応まとめなども見たことがあるが、今まで無視されていた者らの存在が公が認められたことに当時はかなりの衝撃があったようだ。
『俺らみたいな存在のこと認知してくれたのかよ……』
『エリート揃いの官僚にしちゃえらく的確な分析だな』
『調査チームに俺らがいる疑惑』
『恋愛とかやったことないからなんか面倒で怖いのはマジ』
『そもそも恋愛って人生の重要課題なのに、一切の指導とかサポートなしで独力でなんとかしろ! なんでできない!? って言われまくってきたよな』
『それな。全ての人類は普通にやってりゃ普通に恋愛できるはずっていう恋愛貴族どもの理屈が根底にある。できない奴用にサポートが要るってのは賛成だわ』
そんな感じで概ね当事者である十代には困惑はあれど概ね好意的に受け取られ、マスコミや学校関係者、各分野のコメンテーターなどは『人権侵害だ!』『子どもをなんだと思っている!?』と大反対した。
(まあ、結局その法案は政府がもの凄い熱量で可決させたらしいけど……)
最初は、あくまでお題目を掲げた形だけの政策と見る人も多かったらしい。
未成年への恋愛支援とは当時そう思われても仕方ないくらいに滑稽な話で、本気で捉えた人はほぼいなかったという。
だが、国はヤバいほどに本気だった。
『このままではいずれ国というもの自体が消滅します。その未来を回避するためなら必要なことは全て行う覚悟です』
その大臣の言葉に嘘はなく、その政策はあらゆる壁を越えて着々と進む。
法の成立からすぐ、未成年への恋愛推奨政策の要として政府は学生向けマッチングアプリ――『コイカツアプリ』を開発して配布した。
これは一つの学校内で生徒のみが使えるアプリで、在校生は全員登録されている。使い方は普通のそれと同じで、気に入った相手に交際申請を送って、相手がそれに承諾すればそれでカップル成立だ。
(昔の漫画とか読むと、告白とかってどこかに呼び出したりする一大イベントだけど……今はタップだけなんだからもの凄く簡単になったよなぁ)
システムが整備されて手間が少なくなることで、恋愛は『限られた人だけの特別なこと』から『誰もがやってるごく普通のこと』に近づいている。
まさしく、それこそが国の偉い人たちの思惑なんだろう。
そして、世界でも例を見ないこの政策が実施されて十年が経つ。
その結果がどうなったかというと――
驚くべきことに、凄まじい大成功としか言いようがない成果を上げているのだ。
この政策が施行されて以降、若者の結婚率・出産率は大幅に上昇した。
恋愛なんて知らないから怖い、自分には縁のないもの、こんな自分に恋愛はできない――そんな心理的障壁をある程度破壊することに成功したのだ。
だがそういう光の面があれば、闇の面もまたある。
「ねーねー聞いてよ! 昨日、部活の先輩から交際申請があったんだけどさー! アプリで調べたらその人、Fランクだったの!」
まるで俺の思考に応えたかのように、教室の一角で中位ランクの女子が友達に愚痴を言っているのが聞こえてきた。
Fランク――そのワードを敏感に耳で拾ってしまった俺と俊郎は、揃って苦虫を潰したような顔になる。
「えー、マジ? 流石にありえなくない?」
「でしょ!? 私は一応Cランクなんだし勘弁して欲しいよ! 別に悪い人じゃないんだけど、せめてDくらいになってから出直してって感じ!」
「「………………」」
その地獄のような会話を聞いてしまった俺たちは、通夜のような雰囲気で沈黙を余儀なくされた。
何が辛いかって、今の女子たちのような会話は特に珍しいことではないということだ。今更ではあるが、俺たちがこの大恋活時代における底辺なのだと強く意識してしまう。
「……コイカツアプリもだけど、恋愛ランキングこそ死ねって思う」
「多分、全国の俺らが思ってるぜ。もうこれ令和のカースト制度だろ」
恋愛ランキングとは、コイカツアプリに登録された生徒たちの人気順位のことだ。
この順位は、主に生徒から生徒に与える『いいねポイント』で決定される。
生徒は月に一定数チャージされるそのポイントを、期限内までに定められた人数へと必ず付与しないといけない。
元から好きだった異性に与えたり、委員会や部活でちょっと話していい奴だと思った時に与えたり……付与の仕方は人によって様々だが、やはり美人やイケメンは何もしてなくてもポイントが集まる。
そして、そのポイントによって『男子/女子に人気のある生徒』の順位及びS~Fのランクが決まり、アプリ内ではランクが上であるほど目に留まりやすくなる仕様になっている。
そんでもって、俺はどうなのかと言うと――
【二年四組 久我錬士】
【恋愛ランキング 三七一位(男子:四一五人中) Fランク】
「…………」
アプリで自分のプロフィールを確認するが、そこに表示されているのは自分が恋愛の最下層に属しているという悲しい事実だった。
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