食事ルール:「今日のご飯はわたし」と歌うこと
ぴのこ
食事ルール:「今日のご飯はわたし」と歌うこと
「きょう~のご~は~んはわたしのま~る焼~き!!首~をし~めて~塩振って!チンッと焼いたら出来上がり~~!!」
導が幼稚園で歌っている童謡にも恐ろしげな歌詞の歌は多々あるが、子供の感性は歌詞よりも曲を優先して捉える。導は、母に教わったその歌も童謡と同じく純粋に明るい曲として捉えていた。
加覧家の家訓には、食事の際のルールに関して奇妙なものがある。
食事の前には「今日のご飯は私の丸焼き 首を絞めて塩振ってチンッと焼いたら出来上がり」という歌を歌うこと。
奇妙としか言いようのないものだ。一般的な家庭はこのような歌詞の歌を子供に歌わせることさえ忌避するだろう。しかし導の母親は、食事前にはこの歌を歌うことを導に強いた。
それに留まらず、母親はたびたび導に言い聞かせた。
「いい?導が食べてるのは、導自身なの。自分自身なの。人はみんな、他の命を食べて生きてる。みんな罪を背負ってる。だけど自分自身を食べる限り、その罪から逃れられるの。罪人じゃなくなるの」
「お父さんは理解しなかった。だけど導。あなたには罪人の血が流れてる。だから必ず理解できる。いい?言葉には力が宿るの。歌えば、あなたが食べるものはあなた自身になるの。だから毎日歌うのよ。お母さんみたいになっちゃダメ」
母親は一日に一度は声に出してこの歌を歌うことと、幼稚園での昼食の時間でも必ず頭の中で歌を歌うことを導に強く命じた。導は母の言葉を理解していたわけではなかったが、母親とともに歌を歌うひと時は導にとって楽しい時間であったため素直に応じていた。
幼稚園で弁当を食べる際にも、頭の中で歌を歌うことは母親から離れる寂しさを紛らわせることに繋がった。こうして導は物心ついてから5歳の間まで、食事の前には家訓の歌を歌うことを一度たりとも欠かすことはなかった。
転機が訪れたのは5歳の年の12月。母親がインフルエンザに罹り、高熱で朦朧としながら臥せっていた夜だった。元々は導が罹っていたインフルエンザが、母親に伝染したのだ。
母親の症状は重く、その日の夕飯を作ることは不可能だった。母親は横になったまま、昼食の残りを電子レンジで温めて食べるよう導に伝えると、体力の限界がやってきたのか眠りに落ちた。
導はつい最近、電子レンジの使い方を覚えた頃だった。導は昼に食べた親子丼の残りがテーブルに置いてあるのを見つけると、それを手に取り、電子レンジに入れてスタートボタンを押した。加熱はすぐに済み、電子レンジから甲高い電子音が響いた。導はそれが加熱終了の合図だと正しく認識し、電子レンジの扉を開けて温まった親子丼を取り出した。
「いただきまーす!」
導は湯気を立てる親子丼に手を合わせると、「いただきます」とだけ言って食べ始めた。幼稚園の他の子供たちと同じように。
導にとって、家訓の歌とは「母親と一緒に歌う楽しいもの」であり「幼稚園での寂しさを紛らわすためのもの」だった。それ以上の認識は無かった。だから導には、母親が病気で臥せっいる今、家訓の歌を歌う理由は無かった。
なにかが、導の周囲に立った。
導は“それら”を目に入れると、激しく咳き込んで口に入れていた親子丼を吐き出した。導の口からは食渣しか飛び出さず、食卓に叫び声は響かなかった。声が出なかった。人は極限の恐怖を抱くと身動きが取れなくなり、声さえ出せなくなるのだと、導は5歳にして知った。
“それら”は人の足に見えた。ただし、太腿の肉が食い千切られたように欠損し、骨が露出した足。元々の肉付きが悪いのか足全体が細かったが、肉の欠損が激しいため骨の付属品として肉が付いているように見えた。
人の足に続き、犬や猫のようなものまで現れた。ようなもの、と付け加えざるを得ないほどに身を削がれていた。僅かに肉を残した骨は、足音も無く導のイスの周囲を歩き回り始めた。ほどなくして、導の足に触れた。それは冷たく硬い骨の感触と、僅かに残った肉のぐちゃりと柔らかい感触を導に与えた。
導の意識は、それきり手放された。
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