第42話

妖怪の長脚の横まで来て元気よく発声したら怒られた。


「チッ」


舌打ち!?


「俺様はてめぇと違って耳が良いんだよ…ふざけやがって」


目が据わっている。


何もそこまで言わなくてもいいじゃあないか悪かったよごめんよと思いつつ、口端からは「ああ…地獄耳…お似合いです…ね…?」と漏れており、突き刺すような視線を向けられた。


「座れよ」


「はワッ」


はい。と返事して、ならってしゃがもうとしたら腕を引かれ、倒れ込むように妖怪の膝の上に崩れ落ちる。


「えっ、えぇ」


何故に!


訳が分からずうごうごすると、押し切るように「質問は」と美しい顔が目前に迫ってきて息を呑んだ。



そう。聞きたいことはあった。でも、このような体勢でとは誰が予想できたであろうか。

胡座の上に向かい合って座らされた私の腰には手が回って、しっかり逃れられないように対策されていた。


それにしても、



「いーにおい…」



何度でも口にしてしまう。どうしてだろう。



「聞きたいことはそれか」



「ハッ違くて、その」



「家なら買い取った」




買い取った???


冒頭から平々凡々人の自分にはすぐさま理解不能な突拍子もない答えが返ってきて、そうですそれが訊きたかったのですと相槌を打つ前より早く背景に宇宙が広がった。


花山院さんは相も変わらず淡々と、何なら「後何だっけ」ともう次の答えに進もうとしている。ちょ、待てよ。



「あー、『産業医』はあの場のノリだな」



「のり…? え、冗談って事ですか?」



続いて意識は持っていかれ、瞬きを繰り返しながら反射的に問うた。

あの話が冗談。冗談にしてはこのお方も天野さんも演技が上手すぎて、騙されたー!という悔しさより「え演技上手…」という感嘆の方が勝利。



「前坂クン」



呆気に取られていると、花山院さんがこてん、と首を傾げて微笑った。



これが俗にいうあざといか。


物凄い破壊力だな。



「それ、冗談 じゃなくて『嘘』吐かれたって云うんだぜ。


知らねーの?」



大人はなー嘘だらけだぞーと揶揄うように。



でも何処かで、私の反応を試しているように聞こえた。



「花山院さん」



「んー?」



「どうして私、なんですか」




先ず、聞きたかったこと。

このマンションの主が花山院さんに関係があるだとか、

花山院さんが産業医だったとか、

そういうことよりも前から、最初からずっと気になっていたことをやっと口に出せた。



彼は一瞬、ほんの一瞬だけその眼を丸くしたように見えて



「15年前、永遠を誓った仲だから。覚えてねーの?」



やっぱり、揶揄うように笑うのだ。




「……それだと私、まだ7歳とかですが」



「クソガキだな」



ここに来て嘘!?

嘘下手か!? と突っ込んでいると「あぁ、今もか」と要らぬ言葉が飛んできた。



絶妙に答えにもなってないしヒントとも思えない。


これは…はぐらかされたかな。



「…脚痺れませんか」



「自惚れんな」


「自惚れんな?」


どういう返しだそれ、と鸚鵡おうむ返しすると、目下の七割ドヤ顔妖怪はふ、と甘い顔を歪めた。


その表情が、何だか目が離せなくて。


思わずいつもなら凝視など大変困難な顔面をお持ちの花山院さんをじっと見つめてしまった。


が。



「クソガキキリチャン、騎乗位なら知ってる?」



グ、と腰を持って押さえつけられた私は咄嗟に胡座の上から逃れようと全力を出した。



心配? して、損した。







——————


———


—…

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